剛健なる”エルゴノミッククロノ” ハイゼック「アビス」

FEATURE本誌記事
2020.06.03

ウォッチデザイナーとして、ジェラルド・ジェンタに肩を並べる存在がドイツ出身の奇才、ヨルグ・イゼックである。そのイゼックが、「ヨルグ・イゼック」(現ハイゼック)時代に最後に手掛けたコレクションがアビスだ。その存在感は、初出から15年経った今なお、色あせることはない。

ハイゼック アビス クロノグラフ デュアルタイム

ハイゼック アビス クロノグラフ デュアルタイム
アビスのデザインをより強調したのが、2017年発表のデュアルタイムだ。文字盤はより立体的になっている。直径は47mmに拡大されたが、厚さは15mmに抑えられたほか、軽いチタンの採用により、装着感はいっそう軽快になった。自動巻き。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ti(直径47mm)。30m防水。220万円。
吉江正倫:写真 Photographs by Masanori Yoshie
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)

剛健なる〝エルゴノミッククロノグラフ〟を再考する

ハイゼック アビス 44mm ディスカバラー

ハイゼック アビス 44mm ディスカバラー
アビスの定番モデルが、ディスカバラーである。ユニークなロック式の回転ベゼルが、金属的な造形にマッチする。異形ケースを数多く手掛けてきたハイゼックだけあって、ケースの完成度は非常に高い。自動巻き。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径44mm)。300m防水。185万円。

 薄く、ソフトに向かいつつある今のウォッチデザイントレンド。そこから超然とし続けているのが、ハイゼックである。削り出したマッシブなケースは、そもそもハイゼックに唯一無二の個性を与えていたが、トレンドが大きく変わる現在、いっそう際立つようになった。

 ハイゼックがこういった路線を取り続ける理由は、同社がエルゴノミックデザインの先駆者だったからである。創業者のヨルグ・イゼックは、ハイゼックを設立する以前、フリーランスのデザイナーとして、さまざまな時計のデザインを手掛けた。代表作は、ヴァシュロン・コンスタンタン「222」、タグ・ホイヤー「キリウム」、ブレゲ「マリーン」、セイコー「アークチュラ」などだ。これらは明確な個性と優れた装着感を両立させた傑作だった。そして自らの名を冠した会社を興してからは、このふたつの要素をいっそう押し出したモデルを作るようになった。その集大成が、2005年に発表した「アビス」コレクションである。後に彼がベーシックなデザインを手掛けなくなったことを考えれば、これは奇才、ヨルグ・イゼックの完成形といって良い。

 アビスのケース径はレディースモデルを除いてどれも44㎜以上ある上、尖ったシェイプを持っている。しかし、これらウルトラモダンなクロノグラフは、時計自体の重心を下げ、ラグを大きく曲げることで、見た目からは想像できない優れた装着感を得た。また、切り立ったように見えるエッジも、肌を傷めないよう、微妙に角を落としてある。正直、このエッジの効いたクロノグラフは万人向けとは言いがたい。しかし、その独創性と着け心地は、なるほど、奇才の目指したゴールである、と納得できるはずだ。

1997年の創業時から、ケース製造に切削を用いてきたハイゼック。当時はまだ珍しかった手法をいち早く採用することで、ヨルグ・イゼックは自らの考える、複雑な造形の具現化に成功した。そのひとつが、ケースと一体化された大きく折れ曲がるラグ。そこに固定されたラバーに“H”をかたどったステンレススティール製の枠を埋め込むことで、ヘッド部分を強固に支える(上部写真)。ベゼルを押さえるJHのロゴを刻んだプレートも、加工精度の高さを反映して、極めて滑らかなタッチを持つ。

Contact info: ミスズ Tel.03-3247-5585