ついに発売を開始するライカWatch、そのユニークなコンセプトとは

FEATURE本誌記事
2022.02.17

2018年6月14日、ドイツのウェッツラーに、世界の時計ジャーナリストが招聘された。その理由は「ライカの時計をお披露目するため」。
わざわざ呼ぶのだから期待感を持って出向いたが、発表された新作は想像通りだった。見るべきは、時計のデザインよりも、自社製ムーブメントよりも、その卓越した感触にある。

ライカ本社

ドイツ・ヘッセン州のウェッツラーにある本社「ライツパーク」。その拡張された一角に設けられたのが、時計製造部門の「エルンスト・ライツ・ヴェルクシュタッテン」である。もとも、建物が完成したのは、ライカWatch発表の翌日の6月15日だった。1階には組み立て工房、ストア、そしてコンサルティングスタジオがある。
藤井智弘:写真 Photographs by Tomohiro Fujii
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2018年9月号掲載記事]

シュヴァルツヴァルトの時計作りの伝統を復活させたい

 ライカカメラは、創業家の手を離れた後、エルメスの資本を経て、2006年にはオーストリアにある投資銀行、ACMの傘下に収まった(現在はアメリカの投資ファンドも資本を持っている)。ACMの下で、ライカカメラの売上高は07/08年度の約1億5800万ユーロから、16/17年度は約4億ユーロまで急伸した(売上高はいずれも推測値)が、関係者曰く「ライカビジネスは、投資というより社主であるカウフマン家のファミリービジネス」とのこと。

 ライカカメラの立て直しに成功した社主のアンドレアス・カウフマン氏は、続いて時計部門への進出を考えた。もっとも理由は、ビジネスとして有望だからというより、彼が時計好きであるためらしい。氏曰く「時計ビジネスに取り組もうと思ったのは2012年のことだ」。

 以降ライカは、いくつかの時計をリリースしたが、カウフマン氏は納得いかなかった。
「ハンハルトやクロノスイス、グラスヒュッテ・オリジナルと組もうと思ったがうまくいかなかった。ETAやミヨタを載せるというアイデアもあったが、やはりライカらしい時計を作りたかった」

ライカWatchのプロジェクトをリードしたふたり。左は、レーマン・プレシジョンウーレン社長のマルクス・レーマン氏。右はライカのビヨン・ディーツラー氏。特注部門のプロダクトマネージャーだったが、ライカWatchのプロジェクトも兼任するようになった。「ライカのM型同様、時計でもパーソナルサービスを提供したい」。

 彼は新規でコレクションを起こそうと考え、ドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森地方)にある時計メーカー、レーマン・プレシジョンウーレンをパートナーに選んだ。カウフマン氏はこう語る。「風防を除いて、100%ドイツ製だ。シュヴァルツヴァルトの時計作りの伝統を復活させたかった」

 かつてA.ランゲ&ゾーネに在籍していたマルクス・レーマン氏は、退社後、南ドイツのシュランベルクで精密な工作機器メーカーを興し、たちまち成功を収めた。その顧客には、有名なスイスの時計メーカーや、もちろんライカカメラも含まれている。そもそもレーマン・プレシジョンウーレンはライカと取引があったうえ、11年に同社がオリジナルウォッチを作ったのだから、パートナーに選んだのは当然かもしれない。「自社製ムーブメントを載せた時計の計画は、2年前に始まった」(カウフマン氏)

2018年6月15日の社屋お披露目時には、ふたりの時計師が組み立てを行っていた。いずれもレーマン・プレシジョンウーレンからの派遣だが、年内には社内で時計師を用意する予定だ。彼女が組み立てているのはムーブメント。


お披露目された「ライカL1」と「ライカL2」

 お披露目された時計はふたつ。ベーシックなライカL1と、第2時間帯表示を加えたライカL2である。共通するのは、巻き上げと針合わせを、リュウズを押し込んで切り替えるメカニズム。つまり、時間を合わせるためにリュウズを引き出す必要がない。なぜこんな仕組みなのか不思議に思ったが、リュウズを押して納得した。押し込む際のストロークは適度に長く、最後に軽い抵抗を感じてカチリと切り替わる。その感触はまるでライカM型のレリーズではないか。

ライカ L1

ライカL1
ベーシックなモデルがライカL1。日付表示とパワーリザーブ表示に加えて、巻き上げと針合わせを切り替える機構を持つ。切り替えを表示するのが、3時位置の小さなドット。リュウズを押し込むと赤色に変わり、針合わせが可能になる。また、同時に秒針が帰零する。手巻き。SSケース(直径41mm、厚さ14mm)。5気圧防水。129万8000円(税込み)。
(右)レーマン・プレシジョンウーレンと共同開発したムーブメント。リュウズ近くに見えるコラムホイールが、針合わせと巻き上げを切り替える。輪列の配置はかなり面白く、センターセコンド輪列に追加輪列を加えて、スモールセコンドにしている。拡張性は高いだろう。2万8800振動/時。26石。パワーリザーブ約60時間。

 ムーブメントの受けからのぞく針合わせ機構は、かなり凝っている。リュウズを押し込むと長い作動レバーがコラムホイールを回し、それが針合わせ機構を動かして、時間合わせが可能になる。加えて、リュウズを押すとスモールセコンドは帰零する。似たようなメカニズムにはA.ランゲ&ゾーネのゼロリセット機構があるが、それよりも出来はいい。

 設計と部品製造を担当するマルクス・レーマン氏が説明してくれた。「ライカL1とL2の針合わせ機構は本当に大変だった。設計当初はエラー続きで、完成させるのは無理だと思ったね」。しかし、針合わせのメカニズムは、初作とは思えないほど洗練されている。「設計に際しては、独立時計師であるアンドレアス・ストレーラーのアドバイスを仰いだ。それが理由だ」。

 H.モーザーに卓越したムーブメントを設計し、クロノスイスに魅力的なクロノグラフモジュールを作り上げた奇才、アンドレアス・ストレーラー氏。彼が関わったのであれば、凝った針合わせ機構と、そのゾクゾクするような感触には納得だ。ライカは、触って楽しめる時計を作ろうと考えたに違いなく、実際触った印象を言うと、その意図は間違いなく成功を収めた。

ライカ L2

ライカL2
ライカL1に第2時間帯表示と昼夜表示を加えたのがライカL2。小さなドットの右側に見える点が昼夜を表示する。なお、第2時間帯は見返しで表示。4時位置のリュウズを回すと調整可能だ。日付を替える2時位置のプッシュボタン同様、感触はかなり良い。それ以外のスペックはライカL1に同じ。181万5000円(税込み)。
(右)第2時間帯と昼夜表示を加えたライカL2のムーブメント。しかし、見た目はライカL1にまったく同じだ。受けの仕上げは、ダイヤモンドカットとサンドブラストの併用。マネージャーのディーツラー氏曰く「デザイナーであるアーキム・ハイネ氏の好みでモダンな仕上げになった」。基本スペックはライカL1に同じ。ただし、細部が変わる可能性はある。


約9カ月で完成させたプロジェクト

 たまたま居合わせた『アームバントウーレン』編集長のペーター・ブラウン氏に感想を聞いた。「ドイツ製であるのも素晴らしいし、ライカL1で1万ユーロという価格も妥当だ。加えて、ライカは正味9カ月でこのプロジェクトを完成させた。それも素晴らしいと思わないか?」。なるほど合点がいった。発表されたライカL1とL2は、驚くべき設計と感触を持つが、ケースと針には切削痕が残っていた。プロトタイプそのものの仕上がりは、このプロジェクトが急ぎであったことを思わせる。もっとも、プロダクトマネージャーは今後改善すると述べており、商品版では細部が改善されるだろう。

 驚くほどの短期間で自社製ムーブメントを完成させ、しかも新しいライツパークの一角には、時計専門の工房「エルンスト・ライツ・ヴェルクシュタッテン」を落成させた(時計発表の翌日にどうにか完成した)のだから、ライカは本気で時計の世界に乗り出すようだ。

 ユニークなコンセプトを前面に打ち出したライカL1とL2。お目にかかる機会はまだまだ少なそうだが、その感触は、ライカファンのみならず、時計の愛好家にも好まれるに違いない。


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