シチズン「カンパノラ」閑雅な情景描写と音の調べで感じる、新たなる時間

FEATURE本誌記事
2022.12.08

「カンパノラ」を代表するモデルのひとつ「グランドコンプリケーション」が、誕生から20周年の節目を迎えた。これを記念して製作されたのが、「皨雨(ほしのあめ)」と「蒼波(そうは)」の2モデル。“宙空の美”をデザインコンセプトとするカンパノラらしい、ダイアルの幻想的な情景描写と優しい音の響きは、ブランドの次章の始まりにもふさわしい、閑雅な雰囲気に満ちあふれている。

グランドコンプリケーション20周年記念限定モデル 皨雨

皨雨(ほしのあめ)
遥か彼方まで広がる宇宙を彷彿とさせる、黒漆をダイアルに塗布。その上に金色粉をちりばめることで、まさに“星の雨”が降り注いでいるかのようなロマンティックな表情に。12時位置に輝くムーンフェイズも、夜空を構成する一要素として機能するなど、“宙空の美”のコンセプトにふさわしい、壮大な天体ショーを表現している。
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
竹石祐三:取材・文 Edited & Text by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]


CAMPANOLA “GRAND COMPLICATION”
20th Anniversary

 カンパノラ「グランドコンプリケーション」の誕生20周年を記念し、シチズン時計は「皨雨(ほしのあめ)」「蒼波(そうは)」と名付けた2種類の限定モデルを発表した。歴代モデルと同様、ダイアルのわずかなスペースに無限の宇宙を表現する“宙空の美”のデザインコンセプトは今作でも健在。漆塗りのダイアルをベースに、壮大な宇宙や自然の姿を想起させる模様が描かれており、まさにカンパノラが誕生以来掲げてきた〝時を愉しむための時計〞を体現したモデルとなっている。

グランドコンプリケーション20周年記念限定モデル 蒼波

蒼波(そうは)
金属粉を練り込んだ青漆をダイアルに用いて表現したのは、月明かりが照らす大海原の海面。奥行きを感じさせるダイアルが、遠くまで続く海を想起させるとともに、その周囲にセットされた金色の五徳リングは、月明かりが反射する海面を思わせる。自然の現象が紡ぎ出す幻想的な姿が、伝統の技を駆使しながら巧みに表されている。

 1990年代、シチズン時計はパーペチュアルカレンダーやミニッツリピーターなど、機械式時計で言うところの複雑機構を搭載したクォーツ時計の開発を進めており、こうしたシチズンらしい先端技術を駆使しながら、“時を愉しむ”ための腕時計を実現すべく、2000年に立ち上げたのがカンパノラだ。

 カンパノラは、パーペチュアルカレンダーで自社の技術力をアピールし、華々しくデビュー。翌年には「コスモサイン」を発表し、これに続く第3弾モデルとして企画されたのが「グランドコンプリケーション」だ。すでに1996年の時点でグランドコンプリケーションのクォーツムーブメントは完成していたものの、一方で課題となったのが、カンパノラとしての新しい表現。これを確立すべく、デザイン開発は技術担当も含めた複数部門のメンバーが連携して進められた。

 だが、開発は想像以上に難航。2002年春の新作発表は社内の決定事項であったものの、グランドコンプリケーションのダイアルは要素が多いため、製造上のハードルをクリアしながら最良の表現ができる決定的なアイデアが、なかなか見つからないーー。そんな、焦燥感に駆られるなかで迎えた2001年の年の瀬、ひとりの技術者に紹介されたのが、その後も長く親交が続くことになる国内のある工房だった。ここで目に留まったのが、ネクタイピンに施されていた、金属粉を混ぜ合わせた漆の装飾。これがダイアルデザインのヒントとなり、すぐさまサンプルの作製を依頼。当時はまだ、漆塗りのダイアルを製作しているメーカーはなく、そうした点でも、日本のブランドらしい新たな表現を手に入れたわけだ。

 こうして完成したカンパノラ初の「グランドコンプリケーション」は、金属粉末が深みのある青色ダイアルの中で煌めく様子から「紺瑠璃(こんるり)」と命名された。先端技術と伝統工芸が融合した腕時計として注目を集めた本作をデザイナーとして手掛けたのが、20周年記念限定モデルのデザインを担当した、シチズン時計の榎本信一だった。

 記念モデルのひとつである「皨雨」は、黒漆を塗布したダイアルを雄大な夜空に見立て、そこにちりばめられた金色粉で星の輝きを表現。ダイアルの2時から8時にかけて金色粉が連なる様子は、ミルキーウェイを想起させるロマンティックな仕上がり。一方の「蒼波」は、金属粉を混ぜ合わせた青漆を採用。奥行きを感じさせるダイアルの意匠によって、月明かりが大海原を照らしているかのような、神秘的な表情を生み出している。

「20年にわたる技術の蓄積があるので、以前に比べれば製作上のハードルは高くなく、むしろ今は、カンパノラ特有のデザインテーマを探し出すことに注力している」と榎本は話すが、それも20年前に出会った工房や、その結果として生み出された漆塗りダイアルが基礎となり、今に結実しているのは確かだという。


感性に響くカンパノラの音色

 カンパノラ「グランドコンプリケーション」は、日本的な情緒を感じさせる端正なダイアルデザインのみならず、ミニッツリピーターの奏でる音色もまた、愛好家からの支持を得ている。

皨雨、蒼波

(右)グランドコンプリケーション20周年記念限定モデル 皨雨(ほしのあめ) AH4086-05E
漆黒の宇宙に広がる星々をイメージしてデザイン。ミニッツリピーター、ムーンフェイズ、パーペチュアルカレンダー、クロノグラフの4大複雑機構をクォーツムーブメントで実現するのみならず、ケースには独自の表面硬化技術デュラテクトプラチナを施し、素材の輝きをキープする。クォーツ(Cal.6772)。月差±20秒。SS(直径43mm、厚さ16.5mm)。日常生活防水。特定店限定120本。51万7000円(税込み)。
(左)グランドコンプリケーション20周年記念限定モデル 蒼波(そうは) AH4086-13L
ダイアルが表現しているのは、はるかに広がる大海原。こちらは金属粉を練り込んだ青漆を塗布しており、奥行きを感じさせるようなダイアルデザインに仕上げられた。ストラップもダイアルと色調を揃えており、月明かりが海面に煌めく様子がステッチでも表現されている。クォーツ(Cal.6772)。月差±20秒。SS(直径43mm、厚さ16.5mm)。日常生活防水。特定店限定120本。50万6000円(税込み)。

 そもそも、シチズン時計がクォーツムーブメント用のミニッツリピーターを製作するきっかけとなったのは「良い音を出す時計を作りたい」という、ムーブメント設計者の純粋な思いから。1990年代にも、クォーツ時計のひとつの機能としてアラームは存在したが、発せられる音の大半はブザー音であった。そこで当時進められたリピーター機能の開発では、そうではない、心地よい音を目指した。

 指標としたのは、鐘を叩いたときに聞かれるような余韻が感じられる音。これをクォーツムーブメントで再現するため、当時の開発陣は「音色」「エンベロープ」「打音」の3要素が重要であると考え、これらをいかに実現させるかに注力した。

 まず開発陣が着目したのは、全体の調子を決定する基音と、それに付随して発生するさまざまな音(倍音)の存在。これをいかに再現し、自然に聞こえるようにするかが、心地よい音色を実現するためのポイントになると考えた。

グランドコンプリケーション初代モデル

2002年に発表されたカンパノラ「グランドコンプリケーション」の初代モデル。「紺瑠璃」と名付けられたダイアルは、電気鋳造処理で境界線を付けた金属板の凹部分に、金属粉末を混ぜ合わせた漆を塗布して製作したもの。このモデルで初採用された漆塗りのダイアルは、その後、カンパノラのアイコンとも呼べるエレメントになった。生産終了。

 カンパノラには、時を表現する高い音と、分を表現する低い音の2種類が用意されているが、高い音については4100㎐と3300㎐、低い音では3300㎐と2730㎐というふたつの基音をそれぞれ組み合わせている。これを鳴らすと倍音も同時に発生するため、いわゆる電子音ではない、自然な音色が聞こえるのだが、こうした倍音を発生させるためには、発音体の素材はもちろん、ケースの素材や内側の空間といった音響的要素が複雑に絡み合うため、その実現には相当な試行錯誤があったという。

 次に重視したのが、音が発生した後、どのように減衰していくかという変化曲線ーー すなわち、エンベロープである。実際の鐘の音は、叩いた直後に大きな音を発し、急激に音が小さくなった後、徐々に減衰していくようなエンベロープを描いているのだが、カンパノラではこの自然な減衰曲線を再現するために、時計内部の電圧を調整。基本的にクォーツ時計は1.5Vの電池を使用するが、それでは強い出音が再現できないため、内部電圧を6Vに昇圧した。そればかりか、2種類の基音の減衰に違いを持たせて組み合わせ、音色の変化をも生み出している。

カンパノラでは、より自然な鐘の音を表現すべく、音の特性を細かく分析。そのひとつがエンベロープで、強烈な打音を感じた後に音が徐々に小さくなり、最後に余韻を残す、鐘の音の減衰特性を再現した(上図)。また2種類の基音は、減衰特性にそれぞれ違いを持たせて組み合わせる(下図)のみならず、時計の駆動に必要な電圧も1.5Vから6Vに昇圧。これにより、打音をよりはっきりと鳴らすことができ、減衰中の音色に変化をつけられるようになった。

 もうひとつポイントになったのが、打音。これは発音してからしばらく後に聞き取れる、音程の定まらない音ーー 噪音とも呼ばれるもの。カンパノラでは2種類の基音以外にも、約20種類にも及ぶ、多様な周波数の噪音が確認できるのだが、リアルに近い鐘の音を表現するうえでは、こうした自然発生的な音を取り入れることも重要であったという。

「さまざまな技術を組み合わせてはいるが、最終的に大切なのは『人間の感性にどう響くか?』」と語るのは、グランドコンプリケーションのムーブメント開発に携わった、時計開発センターの樋口晴彦と鈴木紀寿。

「昔からある引き打ち時計などの音を目指して開発しましたが、模写したわけではありません。良い音をクォーツで再現するために試行錯誤を重ね、最終的には理屈ではなく、開発に携わった全員で『これがいい』と決定した音なのです」

 そもそもカンパノラは、南イタリア・カンパニア地方の街、ノラに鳴り響いていた鐘の音にオマージュを捧げて命名されたブランドであり、「グランドコンプリケーション」が奏でるのは、まさにカンパノラを象徴する音。もし未体験であるならば、この20周年記念限定モデルを手に取って、ぜひ一聴してほしい。

グランドコンプリケーション20周年記念限定モデル

音を響きわたらせるための孔を設けたケースバック。「皨雨」と「蒼波」には、シリアルナンバーに加え、グランドコンプリケーション20周年の刻印も施されている。
グランドコンプリケーション20周年記念限定モデル

ストラップに使用しているのは、LWG(レザーワーキンググループ)の認証を受けたクロコダイル。LWGはレザーに関わるブランドやタンナー、薬剤メーカーで構成される国際環境保護団体。環境配慮はもちろん、製造時の安全性、トレーサビリティーなど、250もの項目をクリアしたタンナーのみが認証を与えられ、シチズン時計では現在、こうしたタンナーから素材を調達する取り組みを進めている。


優美な音色を堪能できるグランドコンプリケーション レギュラーモデル

「皨雨」と「蒼波」は、いずれも特定店舗のみで各120本が販売される限定モデルだが、カンパノラ「グランドコンプリケーション」にはレギュラーモデルもラインナップされている。独自の優美な音色を堪能するのであれば、こちらの2モデルを選択肢に加えるのもいいだろう。

グランドコンプリケーション AH4080-52A

グランドコンプリケーション AH4080-52A
ケース、ダイアルともにシルバー色で統一し、着用しやすいデザインに仕上げたスタンダードモデル。ダイアルには電気鋳造技法によってストライプパターンが描かれ、クラシカルな中にモダンなアクセントを添えている。クォーツ(Cal.6772)。月差±20秒。SS(直径43mm、厚さ16.5mm)。日常生活防水。46万2000円(税込み)。
グランドコンプリケーション 深緋 AH4080-01Z

グランドコンプリケーション 深緋(こきあけ) AH4080-01Z
漆塗りダイアルに用いたのは、茜と紫を組み合わせた日本の伝統色のひとつ「深緋(こきあけ)」。高貴な雰囲気を漂わせる深みのある赤色によって、夜が明け始める東の空の厳かな表情をダイアル上に見事に描き出している。クォーツ(Cal.6772)。月差±20秒。SS(直径43mm、厚さ16.5mm)。日常生活防水。46万2000円(税込み)。


【カンパノラ ブランドサイト】
https://campanola.jp/

Contact info: シチズンお客様時計相談室 Tel.0120-78-4807


シチズン「カンパノラ」の名前の由来をひもとく

https://www.webchronos.net/features/63786/
シチズン「カンパノラ」、トゥールビヨンが広げる〝宙空の美〟の表現

https://www.webchronos.net/features/81011/
太陽がくれた時を月星と愉しむ シチズン「カンパノラ」

https://www.webchronos.net/features/68275/