セイコー アストロン「ネクスター」。高精度と向き合い続けた半世紀の結実

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2023.03.09

高精度時計を長年にわたって追い求めてきたセイコー。さまざまなアプローチでその最適解を探ってきた同社にとって、GPSウォッチの「セイコー アストロン」はそのひとつの最適解だ。ここではセイコーの高精度時計への向き合い方を軸に、なぜセイコー アストロンが誕生したのか。そして、セイコー アストロンの最新シリーズである「ネクスター」の魅力について取り上げる。

岡村昌宏:写真 Photographs by Masahiro Okamura
篠田哲生:文 Text by Tetsuo Shinoda
2023年3月9日掲載記事

アストロン ネクスター SBXC117


高精度時計への挑戦が生んだ、1969年のふたつの快挙

 機械式時計のルーツは教会の塔時計にあり、神への祈りをささげる時間を住民に伝えることが目的だった。つまり時計とは、社会のルールために存在していると言えるだろう。

 特に社会が高度化し、ありとあらゆるテクノロジーがシームレスにつながるようになると、正確に時を刻む時計なしでは生きていけない。だからセイコーは、創業以来、高精度ウォッチへの挑戦を続けてきた。

1.「天文台クロノメーター検定合格モデル」発売

 1964年からヌーシャテル天文台コンクールの「腕クロノメーター部門」に参加し、優れた成績を収めてきたのはその一例。さらに実用時計としての精度追求を推進するために、あえて量産機でヌーシャテル天文台のクロノメーター検定を受け、合格したムーブメントを用いて69年に「天文台クロノメーター検定合格モデル」を発売する。

 ケースは18Kゴールド製で価格は18万円。当時のグランドセイコーが3~4万円だったことを考えると、相当高価な時計であった。

天文台クロノメーター検定合格モデル

セイコー「天文台クロノメーター検定合格モデル」
通常のクロノメーター検定よりも厳しい基準をクリアしたCal.4520を搭載。この偉業は世界中の時計関係者を驚かせた。写真は“世界初”の自動巻きクロノグラフ「キャリバー11」の設計者であり、元ビューレンの開発者だったHans Kocherが所有していた個体である。

 この時計は、携帯精度で日差±1~2秒という驚異的な高精度を誇った。しかし世界を取り巻く“精度”に対する要求は、さらにレベルが上がっていく。

 67年に開催された国際度量衡総会にてセシウム原子を使った原子周波数標準器(原子時計)で標準時を定めることが決定し、“1秒の精度”が非常に高くなってしまったのだ。

2.「クオーツ アストロン 35SQ」誕生

 そこでセイコーは次なる一手を繰り出した。それが69年に発表された世界初のクォーツウォッチ「クオーツ アストロン 35SQ」である。

 ギリシャ語で宇宙や星を意味する「ASTRO」から命名され、まさに人類が地球を飛び出し未知なる星へと向かっていた60年代後半のムードにピッタリな名称だった。搭載するCal.3500の振動数は8192Hzで、精度は月差±5秒。

 まさに腕時計の精度のレベルを大きく引き上げる存在であり、当時の広告のコピーである「Someday all watches will be made this way(いつの日か、すべての腕時計はこの機構によって作られるであろう)」には、セイコーの自信とチャレンジスピリットがみなぎっていた。

クオーツ アストロン 35SQ

セイコー「クオーツ アストロン 35SQ」
1969年12月25日に発表された「クオーツ アストロン 35SQ」は、標準的な機械式時計の約100倍の精度を誇った。しかもセイコーでは根幹技術を公開することで時計技術を広め、誰もが正確な時計を所有できる時代を作った。クォーツ(Cal.35SQ)。18KYGケース(直径36mm、厚さ11mm)。

「クオーツ アストロン 35SQ」の誕生は、メカニクス時代の終焉を強く印象付けた。事実、70年代以降、社会はエレクトロニクスの時代へと突入し、分刻み、秒刻みでモーレツに働く時代へと突入する。

 この腕時計は、市民生活と時間との関わり方さえも変えてしまったのかも知れない。それくらいエポックメイキングな存在だったのだ。


高精度時計のひとつの完成形。セイコーアストロン

 正確な時間によって社会システムが高精度化し、昼夜を問わず働くビジネスパーソンが活躍するようになった。セイコーはこういった時代のために、新たな高精度腕時計を作り続けてきた。スプリングドライブや年差±10秒、もしくはそれ以上の高精度というクォーツ式の9Fキャリバーなどは、まさにその代表格だろう。

アストロン SBXA003

セイコー「アストロン SBXA003」
世界初のフルタイムGPSソーラーウォッチとして登場した「セイコー アストロン」。漆黒の宇宙空間の深みを表現するために、立体的なダイアルを採用した。ちなみに当時の広告キャラクターはダルビッシュ有で、現在は大谷翔平。GPSソーラー(Cal.7X52)。セラミックス×Ti(直径47mm、厚さ16.5mm)。10気圧防水。

 そもそも時間は社会を円滑に動かしていくためのルールであるのだから、正確な時計を作ることは、時計メーカーの社会的な義務でもある。だからセイコーは、次なる時代をリードする高精度技術として、宇宙を飛ぶ人工衛星が発する電波に着目した。

「クオーツ アストロン 35SQ」が生まれた1969年と比べると、2000年代以降はあらゆる場所に交通網が広がり、人々の交流が世界規模となった。さらには日本を飛び出し、世界で活躍する人たちも増えた。

 基地局が発信する標準電波をキャッチする電波時計技術もあるが、この技術は使用できないエリアがある。“世界のどこでも正確な時計”を目指したいという思いが、GPS衛星電波を利用するという結論に達したのだ。

アストロン SBXB003

セイコー「アストロン SBXB003」
省エネ化と技術革新によって、約30%の小型化(ケース径44.6mm、ケース厚は13.3mm)に成功した第2世代モデル。さらにクロノグラフを搭載するなど、時計としてのレベルを高めた。GPSソーラー(Cal.8X82)。セラミックス×Ti(直径44.6mm、厚さ13.3mm)。10気圧防水。

 しかしもちろん技術開発は困難だった。上空約2万kmにある人工衛星の電波をキャッチするためには、高性能のアンテナが必要になり、しかも電波と干渉する金属パーツはなるべく減らしたい。そこでリング状のアンテナをセラミックス製ベゼルの下に配置した。

 また電波時計の約200倍にも及ぶ消費電力を可能な限り抑えるために、低消費電力のGPSモジュールの開発を進めた。しかも“どこでも使用できる”ために、これを電池交換不要の光発電で駆動させることにも注力した。

アストロン GPSアンテナ

GPS衛星電波をキャッチするためのアンテナを見ると、セイコーの開発の歴史が見えてくる。左上が2012年発表の7Xキャリバー用で、直径38mmというかなり大きなサイズだった。その右側が2014年発表のキャリバー8Xで、直径35.5mmとやや小型化に成功。これによってケース径の小径化も進んだ。左下が2018年発表のキャリバー5Xで、10×10mmのパッチアンテナとなったため、ベゼルデザインの自由度が増している。その右が2019年発表のキャリバー3Xでアンテナと受けが一体化し、さらなる薄型化・小型化が可能になった。

 クォーツ腕時計以来の腕時計史における第2の革命と位置付けた世界初のソーラーGPSウォッチは、着想から約10年をかけて開発され、偉大な名跡である“アストロン”の名を継承した「セイコー アストロン」として2012年9月27日に発表された。

 世界中を移動し、仕事し、レジャーを楽しむ時代には、世界中のどこでも正確な時刻を示す時計が必要となるだろう。「セイコー アストロン」もまた、時代が必要としたものだった。