F.P.ジュルヌ 帰ってきたヴァガボンダージュ

2016.10.03

VAGABONDAGE I

ヴァガボンダージュ Ⅰ
初出2004年(製品版は05年〜06年)。時ディスクをスライドさせて時分を表示するデジタル時計。55分になると時ディスクは止まり、白い枠が進んで次の時に移動する。アンティコルムの30周年記念として3本作られたモデルの製品版。手巻き。19石。2万1600振動/時。Pt。限定69本(他にバゲットダイヤモンド入りが10本)。参考商品。

「表示機構を押さえるバネが多いほど、メカニズムの抵抗は増える。ヴァガボンダージュⅡを例に挙げると、規制バネは分の1の位を表示するディスクの押さえにのみ使っている。加えて、分と時表示用のディスクは軽いチタン製だ。Ⅲのディスクはチタンよりもさらに軽くなる」

 ルモントワールでデジタル表示の瞬時切替を実現したヴァガボンダージュⅡ。対して初代は、まったく別のアプローチから生まれた。

「ヴァガボンダージュを最初に作ったのは、確か1995年だったと思う。原型は、ある顧客(フランスのジャン・オーブとアンティコルムは記す)に依頼されて作ったユニークピースだった。彼は、これは良い時計だ、いっそ量産したらとアドバイスをくれた。私は企画をカルティエに持ち込み、彼らは乗り気になった。しかし、企画は中止になった」

 企画が復活したのは2003年のこと。ジュルヌは、当時アンティコルムのCEOを務めていたオズワルド・パトリッツィに、創業30周年の記念モデルを作ってほしいと依頼された。彼は机の中に眠っていたヴァガボンダージュのプロトタイプを引っ張り出し、結局3本のヴァガボンダージュを製作した。こちらも、機構はかなりユニークだ。

 文字盤上に見えるのは、60分かけて1回転する時のディスクとその上に重なった白い枠のみ。例えば、2時になると、白い枠が2の数字の上に重なり、時表示ディスクと重なったまま55分まで回る。しかし、55分になると下のディスクの回転は止まり、上の白い枠だけが同じように動いて、12時位置の3の数字に重なる。3に重なると、再び白い枠と時ディスクは同期し、次の55分まで同調して回る。枠も時ディスクも1時間に1回転するが、時ディスクのみ、55分から60分の間だけ止まるというのが、この機構の重要な部分だ。

(左)裏側から見たムーブメント。2004年の3本は、ムーブメントが真鍮製。しかし合計79本製造された製品版は、18Kゴールドに変更された。あえてフリースプラングを載せていない理由は、「テンプが真ん中にあるため、フリースプラングだと調整が難しい」(ジュルヌ)ため。仕上げは現行ほど優れてはいないが、この時代固有の味がある。 (右)時分を表示するのは、時表示ディスクと白い枠のみ。0分から55分まで同期して動くが、55分になるとディスクが止まり、白い枠だけが60分の位置に移動する。55分から60分の間、レバーがディスクに噛み合い、その回転を止める。中心に見える一部が突起したカムが、レバーを動かすためのサプライズカム。仕組みは極めて簡潔だ。

フランソワ-ポール・ジュルヌ
数々の機構を生み出してきた天才ジュルヌ。現在、ヴァガボンダージュⅢのリリースに集中する彼だが、同時に外装でも新しい試みを始めている。詳しくは語ってくれなかったが、ハードストーンをケースに埋め込むとのこと。メカニズムにとどまらず、その才能を外装にも反映させようとするジュルヌ。さて、2017年はどんな新作を見せてくれるのだろうか?

「仕組みは難しくない」。ジュルヌはペンを取って再び図を描き出した。1時間に1回転する歯車に、上面をフラットにしたハートカム(ジュルヌはサプライズカムと述べた)が付いている。55分になるとカムが、そこに噛みあったレバーを押し上げ、テコの原理でレバー軸の反対側を押し下げる。押し下げられたレバーの先端は1時間に1回転する時表示ディスクを5分間だけ止める。ジュルヌがサプライズカムと呼ぶはずだ。

「ディスクを止めるこの仕組みを、昔はアワーヴァガボンドと言っていた。ヴァガボンダージュ(放浪者)の名前もそこから取った」

 機械式時計という枠の中で、高精度と実用性を追求してきた天才フランソワ-ポール・ジュルヌ。彼の時計の魅力は語り尽くせないが、筆者が思うに、最たるものは、彼しかなしえない簡潔な設計にある。そのジュルヌが、表示の可能性を求めて設計を研ぎ澄ませた歴代ヴァガボンダージュ。熱心なジュルヌコレクターの多くが、風変わりな「放浪者」に熱中したのも合点がいく。

 その新作ヴァガボンダージュⅢが、史上初の瞬時切替デジタル秒表示を伴ってお披露目となる。まだ筆者はプロトタイプすら見ていない。しかし、これは掛け値なしに、歴史に残る1本となるだろう。果たしてジュルヌ以外の誰が、ルモントワールを使って、デジタル式の秒表示を瞬時に切り替えようと思うだろうか?

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