ヴァシュロン・コンスタンタン ブランドゆかりの地を讃える、メティエダールと機械芸術の共演

FEATURE本誌記事
2024.02.10

レ・キャビノティエの最新作は、テーマに「旅の見聞録」を掲げる。それは、メゾンの歴史と縁ある地と文化にオマージュを捧げるとともに、継承と研鑽を重ねる独自の時計技術と装飾技法の“現在地”である。

レ・キャビノティエ・アーミラリ トゥールビヨン ─アールデコ様式への賛辞─

レ・キャビノティエ・アーミラリ トゥールビヨン ─アールデコ様式への賛辞─
アーミラリ(=環状の)は、19世紀の時計師アンティード・ジャンヴィエが発明した天球儀に由来し、2軸トゥールビヨンとの共通性から名付けられた。2016年初出のグレートーンに対し、黒と18KYGのコントラストがメカニズムを際立たせる。手巻き(Cal.1990)。45石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約58時間。18KYGケース(直径45mm、厚さ20.1mm)。ユニークピース。
Text by Mitsuru Shibata
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]


「レシ・ドゥ・ヴォヤージュ(旅の見聞録)」をテーマに掲げたユニークピース

レ・キャビノティエ・アーミラリ トゥールビヨン ─アールデコ様式への賛辞─

前面を覆う風防は、2軸トゥールビヨンに合わせて一部がドーム状に盛り上がる。またケースプロフィールにはその機構やダイナミックな動きも楽しめるように小窓を設けた。立体的に構築したダイアルは、キャリバー表面にブラックDLCを施し、アールデコから着想を得た幾何学的な放射状パターンのギヨシェが手作業で全面に施されている。

 レ・キャビノティエは、ヴァシュロン・コンスタンタンが社内に設けた専門部署アトリエ・キャビノティエの手掛けるユニークピースである。この部署はレギュラーモデルとは異なる、特別な顧客のオーダーメイドを主に担当する。その全てが1点製作であり、その7割がプライベートピースのため公開されることはない。残り3割のタイムピースを公開し、用いられた独創的な技術や伝統的な装飾技法の一部を明らかにすることで、次世代につなげるとともに新たな創作へのショーケースとして提案するのだ。

レ・キャビノティエ・アーミラリ トゥールビヨン ─アールデコ様式への賛辞─

3分割されたブリッジには、アールデコ装飾をモチーフにバ・ルリエフ(浅浮き彫り)を施し、その縁飾りをベルサージュ(点刻)で仕上げる。さらに周囲の地の部分はグレイン仕上げで削り取り、彫金に立体感を演出している。分割ブリッジにパターンの連なる細密彫金の組み合わせはレ・キャビノティエでも初の試みであり、彫金師は3つのブリッジを正確に位置付けるための専用ジグから開発し、完成までに1カ月がかかった。

 新作はなんと9本という、かつてないヴィンテージイヤーとなった。その背景には、開発期間を設けないコレクションの特異性と、世界的なパンデミックの影響で発表のタイミングが重なったのかもしれない。だがそれ以上に、「レシ・ドゥ・ヴォヤージュ(旅の見聞録)」という、19世紀初頭、新たな販路を求めて世界を巡ったメゾンの冒険と挑戦の旅を辿るという壮大なテーマとストーリーがあったからだろう。その中でも特に注目した3本を紹介する。

 右ページの「アーミラリ・トゥールビヨン―アールデコ様式への賛辞―」はそのサブネームが示す通り、20世紀初頭ヨーロッパからアメリカへと渡り、独自に発展したアールデコをテーマに、ニューヨークの摩天楼を彩ったデザインをモチーフにする。ニューヨークは、1832年に最初の拠点を構え、全米からブラジル、メキシコ市場への足がかりとなった要所である。そしてそれだけでなく、繁栄と豊かさを享受した狂騒の1920年代には、伝統的な高級時計の世界に自由な発想と創造性をもたらしたのである。

Cal.1990

Cal.1990では、瞬時レトログラード機構、ヒゲゼンマイの固定方法、ダイヤモンドカットされた爪石、トゥールビヨンの複数キャリッジシステムについての4件の特許を取得。昨年ロールス・ロイスが発表した新型ロードスターのドロップテイルのダッシュボードクロック採用でも話題を呼んだ。生産台数わずか4台というプレミアムカーの1台であり、もう1台はオーデマ ピゲを搭載した。

 文字盤の左右に、広角180度の瞬時ダブル・レトログラードの時分表示と、シリンダー型ヒゲゼンマイを採用した2軸トゥールビヨンを配する。搭載するのは4件の特許を取得したCal.1990だ。これは2015年に発表された、57種のコンプリケーションを備え、世界で最も複雑な時計と称されるRef.57260に載せられたCal.3750から派生し、その技術を取り入れる。レ・キャビノティエのみに使用されるエクスクルーシブなムーブメントである。

レ・キャビノティエ ミニットリピーター トゥールビヨン ─アールデコ様式への賛辞─

レ・キャビノティエ ミニットリピーター トゥールビヨン ─アールデコ様式への賛辞─
クォーターと分を打刻するミニッツリピーターとトゥールビヨンを一体化。ダイアルは、木工マルケトリーとシャンルベの技法をブランドでは初めて組み合わせ、ミニッツトラックにはジェムセッティングを用いる。手巻き(Cal.2755 TMR)。40石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約58時間。18KPGケース(直径44mm、厚さ13.5mm)。ユニークピース。
レ・キャビノティエ ミニットリピーター トゥールビヨン ─アラベスク様式への賛辞─

レ・キャビノティエ ミニットリピーター トゥールビヨン ─アラベスク様式への賛辞─
グレイン仕上げのマットブラック文字盤全面を、格子細工状の透かし彫りをした18KWGのカバーで覆う。この彫金細工には1カ月を要した。さらにベゼル、ケース、ラグもアラビック様式の手彫り彫金で統一する。手巻き(Cal.2755 TMR)。40石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約58時間。18KWGケース(直径44mm、厚さ13.5mm)。ユニークピース。

「ミニットリピーター・トゥールビヨン」は、共通機構に異なる2種類の装飾美術を凝らす。前述のアールデコ様式と共通するモチーフに木工マルケトリーとシャンルべ技法を組み合わせる一方、絢爛たるイスラム教モスクのアラベスク装飾と花模様には彫金を駆使した対照的な個性だ。メゾンは1817年にトルコと商業関係を築き、オスマン帝国の文化に触れ、65年にはエジプトとの交流が始まり、歴史的な逸品が生まれた。後者はそこで培ったアラブ文化への精通と中東との強い絆を象徴する。

レ・キャビノティエ ミニットリピーター トゥールビヨン ─アラベスク様式への賛辞─

アブダビにあるアラブ首長国連邦最大のモスクから着想し、ケースの細部までドームやミナレットにあしらわれる花模様の有機的な曲線をインタリオ彫金で描く。0.1mmにも満たない精細な作業は3カ月にも及んだ。フランジにはモスクを思わせる幾何学パターンを刻む。

レ・キャビノティエ ミニットリピーター トゥールビヨン ─アールデコ様式への賛辞─

梨の木とユリノキをブラックとブルーで染色し仕上げた後、110枚の小さなパネルにカットする。さらに地金を削り、凹部に象嵌するシャンルベの技法を用いて、木片をモザイクのようにはめ込んでいく。このゴールドの縁取りによって放射状の剣型の幾何学パターンが際立つ。

 内蔵するCal.2755 TMRは、2005年に創業250周年を記念し、16種のコンプリケーションを備えて製作されたトゥール・ド・リルから派生した技術を採用する。2大複雑機構に加え、発展性にも優れ、これまでもパーペチュアルカレンダー他、スカイチャート(天空図)などを組み合わせ、精緻と信頼性を併せ持つ自社ムーブメントだ。

 先人の旅とそれぞれの地での出会いと発見、そしてメゾンの繁栄の軌跡を、いまも進化を続けるメティエダールと卓越した時計技術で表現する。それは、時空を超越した時計芸術と呼ぶにふさわしい。

Cal.2755 TMR

Cal.2755 TMR
モジュール搭載を想定した超薄型設計により、多くのコンプリケーションのベースにもなる。コート・ド・ジュネーブ仕上げのブリッジには手作業による面取り、メインプレートをはじめ、トゥールビヨンのキャリッジ・ブリッジにはべルサージュ仕上げを施す。ジュネーブ・シール取得。



Contact info: ヴァシュロン・コンスタンタン Tel.0120-63-1755


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