時計愛好家の生活 レベルソ好きさん「ジャガー・ルクルトを知ることはジュウ渓谷の時計産業を知ることだと思っています」

2024.03.18

昔のジャガー・ルクルト好きならば、彼の名前を聞いたことがあるに違いない。レベルソ好きさんは、2002年以降、時計の中でも、とりわけジャガー・ルクルトの蒐集と研究を続けてきた愛好家である。しかし、そんな彼は、実のところ他の時計にも目線を向けてきた。そんなレベルソ好きさんに、20年に及ぶ趣味の歴史を語ってもらおう。

レベルソ好きさん
大手企業に勤めるビジネスパーソン。結納返しで手にしたチューダーをきっかけに時計にのめり込むようになる。20年変わらぬハンドルネームが示す通り、日本を代表するジャガー・ルクルトコレクターのひとり。その情熱は、かつてのジャガー・ルクルト日本代表のアレクシ・ドゥ・ラポルトにも会い、親交を深めるほどだ。
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年3月号掲載記事]


「ジャガー・ルクルトはスイスの源流。同社を知ることは、ジュウ渓谷の時計産業を知ることだと思います」

初代「ロイヤル オーク」とキクチナカガワの「ムラクモ」

20年以上にわたって時計を集めてきたレベルソ好きさん。彼の“上がり時計”として見せてくれたのは、オーデマ ピゲ初代「ロイヤル オーク」と、キクチナカガワの「ムラクモ」である。前者は某店から入手したC番、後者は2020年に購入したもの。「この2本は時計としての完成形だと思っています。これ以上、どこに手を入れてもおかしくなる。それに才能がほとばしっている」。この2本を手にした彼は、それ以降「バカをできるようになった」と言う。

 今回の時計愛好家特集には旧友のひとりにもご登場願おう。ジャガー・ルクルトのコレクターおよび研究者としては、日本屈指のひとりであるレベルソ好きさんだ。彼と会ったのは約20年前のこと。以降の彼がどんな時計を手にしてきたのかは断片的に聞いて来たし、見もした。しかし、その豊かなコレクションの全貌は、よく分からなかった。であれば、彼のコレクションを眺めつつ、「私たち」の時計人生を回顧してもいいだろう。

「大学の時は機械工学を、修士課程でも精密加工を学んでいました。だから機械物には昔から親しんでいたんです。ちゃんとした機械式時計を買ったのは1996年です。社会人になった後、結婚して、結納返しでチューダーのサブマリーナーを手にしたのが始まり」。ロレックスではなく、いきなりチューダーというのが渋い。「その次に買ったのは、いわゆる『バラチュー』ですね。これでいいと思ったけど、その後、大沢商会の展示会でビデオを見たんです」。彼が見たのは当時、大沢商会が輸入してたゼニス「エル・プリメロ」のビデオだった。毎秒10振動を強調したビデオを見た彼は、エル・プリメロを手にすることになる。

フューチャーマティック、ジオフィジック、デュオプラン、ジオマティック

「一時期は、ジャガー・ルクルトの全ムーブメントを集めようと思った」レベルソ好きさん。手元にあるコレクションはさすがである。右からCal.497を載せた「フューチャーマティック」。友人からの寄贈品。「さすがに申し訳ないのでいくらかはお金を払いました」とのこと。そして伝説的な手巻きクロノメーターの「ジオフィジック」。18Kゴールドケースの珍しい個体である。その隣は、自動巻きクロノメーターの「ジオマティック」。スクールウォッチという極めて珍しい個体だ。ちなみに売り主にレベルソ好きさんを会わせたのは筆者である。そしてCal.104を載せた「デュオプラン」。「吉祥寺の店でたまたま見かけた個体です。これは救出しなきゃいけないと思って買いました」。そしてノーマルの「ジオマティック」。一番左は、2003年頃に入手したステンレススティールの「ジオフィジック」である。レベルソ好きさんが所有するすべての時計は、完全にオーバーホールされている。

「変わった時計に目が行くのは、自分の性格だと思うんですよ。それにロレックスを買ったら趣味はおしまいだ、と昔からなんとなく思っていました」

 その後、ノモスの「ラドヴィック」を買った彼は当然、百貨店の担当者に顔と名前を覚えられる。レベルソ好きさんが次に勧められたのは、その百貨店担当者が愛用していたジャガー・ルクルトの「レベルソ・サン&ムーン」だった。

「サン&ムーンの載せている823はヤバいでしょう。(ベースとなった)822はテンプに意味のないチラネジが付いていた。あれで悩殺されましたね」。ちなみに彼は、ジャガー・ルクルトの中でも手巻きのレベルソに載っている822の大ファンだ。

「もともとのムーブメントは818。60周年の『レベルソ・ソワサンティエム』の機械が6振動となって822に変化した。息の長いムーブメントだと思いませんか?」

カラトラバ Ref.3429、クロノメーター・ロワイヤル、パーペチュアルカレンダー、ゴールデン・エリプス

こちらも傑作揃い。右から、パテック フィリップ「カラトラバ Ref.3429」。裏蓋に当時のシールが残るNOS品である。「長年、パテック フィリップを買わなきゃと思っていましたが、これを手にして落ち着きました」。以前、この時計愛好家特集にご登場いただいた某コレクターの元収蔵品。その隣はヴァシュロン・コンスタンタンの「クロノメーター・ロワイヤル」(Ref.6111)と1990年頃の「パーペチュアルカレンダー」(Ref.43031)。当然ながら、この2本もベースムーブメントはジャガー・ルクルトだ。そしてオーデマ ピゲの「Cal.VZSS」搭載機。かつて時計掲示板で盛り上がった際に、彼も筆者もこの時計を入手した。バルジューのエボーシュをベースにした超高精度機。一番左は、パテック フィリップの「ゴールデン・エリプス」。Cal.215を搭載したモデルである。いずれも程度は極めて良い。

 レベルソに魅せられた彼は、立て続けに「レベルソ・メモリー」「レベルソ・グランスポール」を手にした。彼の凝り性は、時計という趣味を加速させただけでなく、彼の社会的立場も高めていった。

「時計趣味が加速したのは2ちゃんねると、そこから分離した時計掲示板の@Unitas以降でしょうね。あの時代はいわゆる『賢人』(時計に詳しい人たちをそう呼んでいた)たちと絡んだし、面白い時計もいろいろ話題に上った」。話題の中心は国産やスポーツウォッチではなく、いわゆるムーブメントの良い時計。「あの時代にはジャガー・ルクルトのジオマティックやオーデマ ピゲのVZSS等を譲ってもらいましたね」。その後、彼がハマったのは多くの時計仲間と同じで、ヘンチェルやベンツィンガーといった「地に足のついた独立系」の時計だった。確かに凄い時計は持っているが、彼の時計選びのスタンスは昔から一貫している。安定感があり良質で、でもちょっとひねくれた時計だ。

「50歳を過ぎて思うんですよ。パテックフィリップのグランドコンプリケーションが良いのは分かっている。F.P. ジュルヌもそうですね。でも俺の時計じゃないなって。だったらジャガー・ルクルトを使っているほうが楽しい」。ジャガー・ルクルトへの愛情を深めた彼は、一時期すべてのジャガー・ルクルト製ムーブメントを集めようと思ったそうだ。それは断念したものの、以降の彼は、ジャガー・ルクルトの蒐集に没頭するようになる。

「ジャガー・ルクルトってメインストリームではないけど、スイスの源流でしょう。ジャガー・ルクルトを知ることはジュウ渓谷の時計産業を知ることだと思っています」

ロードマーベル、初代「グランドセイコー」

実用品として買ったセイコーのダイバーズウォッチに魅力を感じたレベルソ好きさん。2015年以降は国産時計にも目を向けるようになった。といっても、その選択は変わっている。最初に買ったのはセイコー「ロードマーベル」。12時位置にSマークの入った初期型の通称「Sロード」だ。2本ともロゴが凹んだいわゆる「彫り」であり、SSとGPケースの2本を所有する。「Sロード以降、日本の時計産業は海外の水準に肩を並べていたと思います」。その後、手にしたのが初代「グランドセイコー」。ロゴが凹んだ「彫り」と盛り上がった「浮き」の2種類を手に入れた。いずれも、本誌でお馴染みのBQ氏から購入したものである

 手巻きクロノメーターの「ジオフィジック」のステンレススティールモデルを買った後は18KゴールドモデルをeBayで落札。続いてヴァシュロン・コンスタンタンの「クロノメーター・ロワイヤル」を購入。

 そんな彼は当然、ジャガー・ルクルト製ムーブメントの入った傑作も手にするようになる。まずは直径35mmのオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」。そしてオーデマ ピゲの2120こと、ジャガー・ルクルト920を載せた初代「ロイヤル オーク」。今でこそ値は上がったが、当時はオリジナルのロイヤル オークは、そんなに値の張るものではなかった。選んだ理由が振るっている。

「ジャガー・ルクルトの920は何が何でも欲しかったんですよ。となると、920改(28-255)を載せたパテック フィリップの『ジャンボ エリプス』か初代ロイヤル オークしかなかった」。本誌でも再三書いてきた通り、彼が言う920は、自動巻きムーブメントを代表する傑作だ。ロイヤルオークだからではなく、920だから欲しいというのは、いかにも彼らしい。

エル・プリメロ、ラドヴィック、レベルソ・ムーン、レベルソ・メモリー、サブマリーナー、オイスター・プリンス

1996年に時計趣味をスタートさせたレベルソ好きさん。右から、2001年頃に買ったゼニス「エル・プリメロ」。時計趣味は終わりでいいかなと思っていた彼は、このモデルとノモスの「ラドヴィック」をきっかけに、時計趣味にのめり込むことになった。その隣2本が、02年から03年にかけて購入した「レベルソ・ムーン」と「レベルソ・メモリー」。普通の「ビッグ・レベルソ」ではなく、あえてひねりが入っているのは彼らしい。彼のハンドルネームの由来となった時計たちである。彼はジャガー・ルクルトの中でも、「レベルソ・サン&ムーン」のベースとなった手巻きのCal.822を好む。そして左2本が、時計趣味に入るきっかけとなったチューダー2本。上は最初に手にした「サブマリーナー」、下は「オイスター・プリンス」である。2本目にして「バラチュー」を選んだのは趣深い。

 ジャガー・ルクルト(とそのムーブメント)の蒐集と研究が深まるにつれて、彼は他の時計にも目を向けるようになる。しかし、いわゆる3大メーカーに向かうのではなく、より自由になったのは面白い。

 まず手を出したのは国産時計。セイコーのダイバーズウォッチに感心したレベルソ好きさんは、ロードマーベルや初代グランドセイコーを買うようになった。長年にわたって時計を見てきた彼の国産アンティーク時計に対する評価は極めて的確だ。「この時代の日本の時計って、基本的に海外製品の模倣じゃないですか。でも持てる技術をすべて投じて、徹底してやっている。よくまとまっているのは、海外の時計をちゃんと見ていたからでしょう」。

 続いて彼は、変わった時計にも魅せられつつある。「1970年代以降の、出来が悪くなる時代の時計も好きなんですよ。またこの時代の『アホデザイン』も好きですね。エリプスの出来は悪くないけど、今エリプスを買いたい自分が面白い」。

デント製の懐中クロノメーター、ヘンチェル「H1」、ベンツィンガー

レベルソ好きさんの多様なコレクション。左から時計回りに、彼が常用する1880年頃のイギリス製懐中時計。無銘だが出来はかなり良い。「ベストに入れて普通に使っている」とのこと。一番上はデント製の懐中クロノメーター。「高精度を求めていた時期に、一番良いものを買おうと思って手にした」もの。以降、高精度熱は落ち着いたという。確かに、これを手にしたら普通の機械式時計は不要になるだろう。19世紀後半製。右上2本はヘンチェル「H1」とベンツィンガー。前者はお子さんの誕生記念に作ったユニークピース。偶然にも製作者のアンドレアス・ヘンチェルとお子さんの誕生日が同じだったというから驚く。下ふたつはSORNAの機械式デジタルと改造したセイコーのダイバーズウォッチ。「SORNAのデジタルにソニーのwena 3を合わせたら面白いと思いませんか?」と笑う。

 彼はジャガー・ルクルトのファンであるが、精度はあまり気にしていない。また、定番の「マスター・コントロール」や「ビッグ・レベルソ」はもちろん、アラーム付きの「メモボックス」も所有していない。彼は正真のジャガー・ルクルト蒐集家だが、自分が本当に好きなモノにのみ忠実であり続けたのである。一見まとまりがなさそうなコレクションに共通するのは、彼の変わらぬ「好き」である。そして、時計の多くは、人とのつながりの中で集まってきた。

 レベルソ好きさんは語る。「時計って、モノよりもそれを取り巻く人との付き合いが面白いんですよ。趣味の世界であれば、どんな人とも対等に話せるでしょう。そういう機会って滅多にないことだと思っています。大事なのは楽しくやることとプロセスを楽しむこと。楽しんでいれば時計は勝手に集まってくると思います」。

 かつて、フランスの著名な美食家であるブリア=サヴァランは「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言い当ててみせよう」と記した。時計も同じである。どんな時計を持っているかで、その人の歩みは分かる、と筆者は感じている。20年をかけて、自分の好きを突き詰めてきたレベルソ好きさん。そのコレクションが語る彼の時計人生は、途方もなく深遠だ。


ジャガー・ルクルト「レベルソ」の名前の由来をひもとく

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