時計愛好家の生活 K.Kaoruさん「ウブロとオーデマ ピゲは両極にあるから面白いですね」

FEATURE本誌記事
2024.04.02

最近、とみに聞くようになった「マーケター」という耳慣れない職種。単にマーケティングをするだけではなく、商品やサービスを売るための仕組みそのものを創る仕事だ。そんなマーケターにあって、今回紹介するK.Kaoruさんは、ずば抜けたひとりである。大手のクライアントを持つだけでなく、自身のプロスポーツチームも運営する若手マーケターは、おそらく彼ぐらいではないか。そんなKさんの腕上に輝くのは、綺羅星のような腕時計ばかり。しかしながら、彼が高級時計を買えるようになったのはごく最近のことだった。ブライトリングを夢見た高校生は、いかにして腕時計と人生を充実させていったのか?

K.Kaoruさん
大阪府在住のKさんは、マーケティングを専門とする気鋭のマーケターだ。27歳で独立後、さまざまなクライアントに対してサービスを提供。今や数多くの優良顧客を抱えるに至った。30歳の時には、3人制のプロバスケットチームを創設。多忙を極める彼の趣味は、学生時代に魅せられた、ウイスキーと腕時計である。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]


「時計を売るって、自分のキャリアを売ること。頑張ったから今がある。そんな自分を捨てたくないんですよ」

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ

Kさんが8年前から通っているバーが、大阪・北新地にある「ル テアトル」だ。学生時代は収入をお酒に費やした彼が選ぶだけあって、ウイスキーの品揃えはかなりユニーク。ちなみにKさんは、バーではちょっとした“顔”である。さまざまな店に顔を出しては、ウイスキーを飲んでいる。Kさんが着用するのは、2021年に入手したオーデマ ピゲの「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」である。

 スタイリッシュな出で立ちで現れたKさんは、さまざまなメディアにも顔を出す、気鋭のマーケターだ。なるほど、流れるような話しぶりを聞くと、彼のクライアントが一流揃いなのも納得できる。人前に出る仕事と考えれば、彼が良い服装や腕時計をまとうのは当然だろう。しかし、Kさんは収入が増えてからではなく、昔からの時計好きであるらしい。筆者はこの十数年、多くの時計好きに会ってきたが、「時計以外の物欲はない」と言い切った人は本当に少ない。

「高校2年の時、地元の時計店にG-SHOCKのバッテリーを換えに行ったんです。その店が、何とブライトリングマスターの所属する店で、ブライトリングの話をいろいろと教えてくれました。それが時計を知るきっかけでしたね」

ロイヤルハウスホールド300周年限定、メーカーズマークのVIP、1990年のブラントン、メーカーズマークのメーカーズ

Kさんがル テアトルでボトルを入れているウイスキー。左からロイヤルハウスホールド300周年限定、メーカーズマークのVIP、1990年のブラントン、そしてメーカーズマークのメーカーズ。

ウイスキーのラベル

過去に収集したウイスキーのラベル。時計に同じく、彼はお酒も収集するのではなく、実際に楽しんでいるのだ。

 大学を卒業した彼は、大手インターネット広告代理店に入社。すぐに26万円を払ってオメガ「スピードマスター」を購入した。

「頭金の2万円をまず払い、その後はローンで返そうと思いました。営業をすればインセンティブをもらえるから維持はできるだろうと」。彼の会社には、いわゆる「時計持ち」が多かったとKさんは語る。「先輩はパネライを、私の育成担当はナビタイマーを着けていました。みんな格好よかったですよ」。高校時代にブライトリングに憧れた彼は、入社2年目の年に、当時、転勤で住んでいた福岡で、ついにブライトリングの「ナビタイマー ワールド」を手にした。もっとも、ここまでのKさんの時計人生は、決して特別なものではないし、仕事も同様だった。「広告代理店時代は、まったく結果を残せなかったし、自信もまったくなかったですね」とKさんは過去を振り返る。

 しかし、21歳の時に漠然とではあるが、社長になるという目標を立てていた彼は、思い切って27歳で独立を決めた。たまたま選んだのが、インターネット広告代理店時代に親しんでいたマーケティングというジャンルだった。「確かに独立はして会社を興しましたよ。でも当時は、生活できる程度に稼げれば良い、と思っていましたね。あくまで40万から50万稼げる独立で良かったんです。職業にマーケティングを選んだのも、たまたまでしたね」

セイコー「アストロン」、オメガ「スピードマスター プロフェッショナル」、ウブロ「ビッグ・バン」、ブライトリング「ナビタイマー」

一度手にした時計は絶対に手放さない、と語るKさん。この4本は、彼の黎明期を共に歩んできた戦友たちだ。右から、独立時に購入したセイコー「アストロン」(第1世代)。大学卒業後、すぐに入手したオメガ「スピードマスター プロフェッショナル」。事業がうまくいくようになって、思い切って購入したウブロ「ビッグ・バン」。そして創業2年目に買い直したブライトリングの「ナビタイマー」。Kさんは「どれを買ってもうれしかったし、それぞれの時計に思い出があります。この4本を見るだけで十分幸せです」と語る。どの時計も適度に使い込まれているが、彼の愛着を示すかのように、それぞれの程度は大変に良い。

 会社を興してまず買ったのが、やはり腕時計だった。手にしたのはセイコーの電波ソーラー時計の「アストロン」である。

「(FORZA STYLE編集長の)干場義雅さんから影響を受けて、彼のラジオ番組のスポンサーをしていたセイコーのアストロンがいいと思ったんです」

 もっとも、マーケティングの仕事に面白さを見いだした彼は、会社の業績を倍々ゲームで伸ばしていった。そんな彼が惹かれたのは、ジャン-クロード・ビバーの下で、急速に台頭するウブロだった。人の意志に向き合いたいと語るKさんは、時計の選び方が実にストイックだ。

「マーケターとして、興味があるのはブランドではなく、意図や企業理念なんです。ビッグ・バン以降のウブロが好きになった理由ですね。ビッグ・バン、セラミック、そしてゴールドケースにラバーのモデルを買いました。300万も時計に払うのはどうかと思ったけれど、似合うと言われて思い切って手にしました」

スピリット オブ ビッグ・バン、ビッグ・バン ウニコ、ビッグ・バン ウニコ セラミック、スピリット オブ ビッグ・バン メカ-10

マーケターとして、ウブロという会社と、そのマーケティング施策に関心があると語るKさん。右からウブロ「スピリット オブ ビッグ・バン」「ビッグ・バン ウニコ」「ビッグ・バン ウニコ セラミック」、そして「スピリット オブ ビッグ・バン メカ-10」。「ビッグ・バン」でウブロに魅せられたKさんは、たちまちさまざまなモデルを手にするようになった。しかし、彼は流行りに乗ったわけではない。ウブロを買うためにファッション誌を読む人はいても、ジャン-クロード・ビバーの本を手に取る人は、そうそういないだろう。なお、若い経営者たちが好むロレックスについては「いい時計だと思うが、まったく縁がないし、今は惹かれていない」とのこと。

 1年ごとに決算が出たら時計を買い足すと明言するKさんは明らかに恵まれたコレクターと言える。しかし、収入が多いから買える、というのとは違うようだ。「お金って黙っていても入って来ないんですよね。どこかで理由を作らないと」。とはいえ、そんな彼を突き動かしているのは、お金ではなく、自らの成長だ。彼はお金の話をしているようで、実はそれ以外を語っている。

「服に限らず、いわゆるブランド物って買った記憶がないんです。普段から持つものは決まっていて、5年前から、服も決まったセレクトショップのスタッフからしか買いません。でも中学校2年で欲しくなってから、クルマはレンジローバーしか乗りませんね」。イギリス製の4輪駆動車を選んだ理由は、多くのNBA選手がこのクルマに乗っていたから。「世の中にいいクルマはたくさんありますが、僕は一生レンジローバーに乗りますよ」。

 彼の話を聞いていると、バスケットの話題がよく出てくる。

「昔はバスケのプロになりたかったんです。でも僕は一番好きなバスケの選手になることを諦めてしまった人間なんですよ」

 そんなKさんが尊敬するのは、NBAのスター選手、コービー・ブライアントだ。「コービーは本当に好きなものを仕事にして報酬に換金している。しかも怪我してからがカッコいいんです。年齢を重ねると体力は落ちるが、それをスキルで補っている。彼は今の価値を最大化していますね」

 愛情をもって語っても、マーケターの視点が入るのはKさんらしい。

 バスケの世界を諦め、マーケターとして身を立てるようになったKさんは、その強みを生かして、何とプロバスケットボールのチームを立ち上げてしまった。

「3人バスケって、まだあまり知られていないんですよね。だから応援しようと思ったんです」

ティソの限定モデル、テンデンスの限定モデル

マーケターのKさんは、同時に3×3プロバスケットボールチームのオーナーでもある。「飲み屋で社長とか会長とか言われる人は多いけど、オーナーと言われる人はそういないでしょう? だからチームを作った」と冗談めかして語るが、Kさんはマーケティングを持ち込むことで、3×3バスケットボールというマイナースポーツをメジャーに育てるという壮大な目標を持っている。右は、3×3バスケットボールの世界大会でMIP(Most Improved Player)を獲得した選手からプレゼントされたティソの限定モデル。「2019年の韓国大会の記念品です。実は貴重な時計ですね」。左は、分かる人には分かる、テンデンスの限定モデル。

ティソの限定モデルの裏蓋

ティソの限定モデルの裏蓋。

 しかし、Kさんは、ひょっとしたら、バスケットボール以上にウイスキーを愛しているのかもしれない。彼のなじみのバー「ルテアトル」で見せてもらったのは、驚くような銘酒のラベルコレクションだった。

「学生時代は稼ぎをお酒に全部使ったほどですね。ウイスキーのラベルは29歳から集め始めました。ある時、少し業績が傾いた時期があり、サントリーの『角』でいいからキープさせてくれとバーのマスターに言ったところ、私の心意気を知るマスターに『あなたには一般的な角瓶を出すわけにはいかない』と言われ、高価な50年前の角を安価で出してもらいました。その時、ウイスキーも時計も、時が経たないと良くならないと思いましたね」

ロレックスの懐中時計

ロレックスに惹かれていないと語ったKさんだが、唯一懐中時計は所有している。「高校生の時に棚の中で見つけた祖父の懐中時計です。これだけはもらうと祖母に言って引き取った」とのこと。きちんとメンテナンスを受けていたのか、程度はかなり良い。組み紐も当時のオリジナル。「年を取ったらこの時計を使うのも良さそうですね」。

 順風満帆のKさんは、ここ数年で、さらに時計のコレクションを増やした。彼が今注力するのはオーデマ ピゲである。

「ウブロとオーデマ ピゲは両極にあるから面白いですね。ウブロは昔売れなかったけど、ビッグ・バンのヒットで復活した。新しいから個人的には応援したいんですね。一方のオーデマ ピゲは歴史のあるブランドで時計の出来も良い」。もっともKさんには多少の悔悟があるようだ。「大人になったらブライトリングを買えるようになりたかった。そして、収入が増えたらウブロが買えるようになりたかった。でも今は一通りのものが手に入るようになってしまった。お金が出来ると、とりあえず買っておこう、という気分になり、惰性で買っていたのではないかな、と。だから今は買う理由を作りたいんです」。そういう場合、持っている時計を手放して、新しい時計を買うコレクターもいるだろう。しかし、彼は絶対に時計を売らないと強調する。

「私の感覚では、時計を売るというのは、身の丈にあった生活ができていないという証しでしょう。それに時計を売るって、自分のキャリアを売ることですよね。頑張った自分がいるから今がある。そんな自分を捨てたくないんですよ。売るのは、自分に対して失礼だろう、と。お金は頑張ればどうにかなるから売らない」。事実、彼はある事情で手放した2本以外は、すべての時計を持ち続けている。

ロイヤル オーク 15500、ロイヤル オーク オフショア ダイバー、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー

Kさんが最近気に入っているのが、オーデマピゲである。所有するのは、冒頭で紹介したCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲのほか、このページで取り上げた3本である。もっとも、彼は人気モデルというよりも、「欲しいモデルを持っているだけ」という。右から「ロイヤル オーク 15500」「ロイヤル オーク オフショア ダイバー」、そして日本限定の「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」だ。「どの時計も使っていますね。外に出るときは必ず着けています。何を選ぶのかは服に合わせて決めますね。時計がないとソワソワするんですよ」。

「ゲームもしないし、大枚を投じる趣味もほかにないし、お金がなくなったら、サントリーの普通の『角』を飲めばいい」と語るKさん。では、仮に本当にお金がなくなったらどうするのか?

「お金がなくても時計は着けるでしょう。究極的には将来、時計が買えなくてもいいと思うんですよ。今ある時計だけでも十分幸せだと思えるから」。しかし一方で、彼はこうも述べた。「仕事をしていて、売り上げが下がるというのは、自分の価値が下がることと同じなんです。時計を買えたとしても、自分の価値がどれぐらい上がったかを自覚した上で手にしたい。僕は物足りないし、ますますそうなっていきたいんです」。

 そんな彼が今続けているのが、後輩たちへの時計の「布教」だ。「Apple Watchは確かに便利です。でも時計って、知らないだけで、嫌いな人はいないと思うんですよ。若い人であってもね。最近よく行く焼き鳥店の若いスタッフが、中古で売っているブライトリングに惹かれたんです。それは買っておくべきだと言いましたよ。モーリス・ラクロアの『アイコン』も後輩たちに薦めました。思えば、若い人たちには結構いろんな時計を買わせているかな」。

 高校時代、ブライトリングに憧れたKさんは、その夢を果たしただけでなく、今やさまざまな時計を手にし、彼に憧れる若い人たちにも時計を勧めるようになった。

 彼は言う。「時計って、時を刻むものでしかないんですよ。でも、それにとどまらない価値がある。僕は、定期的に自分の時計を見て、人生を見直して楽しんでいます。だからみんなも、自分の持っている時計に自信を持って欲しいですね」。


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