大阪から東京・二子玉川に移転を果たした「前芝料理店」。名店で培った技術と独自の感性によって生み出される珠玉のフランス料理で、ゲストを心地よくもてなす。

淡路島産の玉ねぎを4~5時間かけて甘味を引き出し、ブロックの生ハム、パルミジャーノ・レッジャーノ、卵、牛乳などとともになめらかなキッシュに仕立てる。大阪ではアラカルトで提供していたメニューで、生ハムはキッシュの生地に刻んで入れていたが、東京に移転する際にコース料理として上にのせるスタイルへと昇華させたシグネチャー。
Text by Yui Togawa
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]
神髄あるゆえの潔さと心地よさ

1978年、大阪市生まれ。大学卒業後、北島素幸氏の料理に魅了され、東京の「レストラン七條」「北島亭」で3年ずつ研鑽を積む。大阪に戻り「ラ・トォルトゥーガ」で4年半、「ル・ヌー・パピヨン」で料理長を1年半経験。2015年2月に大阪・谷町六丁目に「前芝料理店」を独立開業。2021年12月に東京へ移転。
最初の一皿は、よく“名刺代わり”と称される。そこでグッと心をつかまれると、その後に続く料理への期待が高まることはもちろん、好奇心を刺激され、食べ手としてより真摯に料理と向き合いたくなってしまう。
「前芝料理店」ですべてのコースの最初に供される一皿がこちら。シェフ・前芝 平氏自らが、存在感を放つベルケル社のスライサーの前に立ち、厳選した生ハムを1枚ずつふわりと皿に盛り付けると、ゲストのもとへと運ぶ。「カウンターキッチンではないので、少しでもライブ感を楽しんでいただけたら」と話す。
まずは生ハムだけを口へ運び、0.15mmという究極の薄さをご堪能いただきたい。その後は、生ハムの山に隠れた優しいブリュレのような玉ねぎのキッシュを包むようにして食べるなどお好みで。キッシュの熱によって生ハムの脂が溶け出した部分を口にすれば、うっとりと思わずため息が出てしまう。食べたいのに食べ終えたくない、そんな愛おしく思える一皿だ。
最初の一皿で得た期待は、裏切られることなく、むしろ上回るような数々が続いていく。すべての料理に陶家・大谷哲也氏による真っ白な皿が使われ、無駄のない潔い盛り付けが印象的。物足りなさなどなく、凛とした佇まいで、口へと運べば十分過ぎるほどに満たされていく。華やかさや量ではなく、本質的に食べ応えを感じることができるものばかり。
「分かりやすい美味しさを背骨としつつ、前菜では驚きや遊び心を織り交ぜながら、魚料理や肉料理では安定したこれぞフランス料理という、自分らしい料理を作りたいですね」と語る前芝氏。そんな料理への信条は、エントランスの扉に掲げられた縦書きの「前芝料理店」というフランス料理店らしからぬ店名にも込められている。
店を構えるのは、昔ながらの商店街で、小学校が近く、神社の参道でもある。そんな場所にミシュランに掲載されるような洗練されたフランス料理店が、違和感なくなじんでいる。それは「前芝料理店」に一歩入った瞬間から感じる不思議なほどの居心地のよさにも通じるのかもしれない。
前芝料理店
東京都世田谷区玉川4-7-5 ルミナス二子玉川 B1F
Tel.03-5797-9830
水曜定休+不定休
12:00~15:00(土日月火祝のみ)、18:00~23:00
ランチ8250円、1万3200円、ディナー1万6500円