時計経済観測所/トランプ関税で世界消費の不透明感が強まる

2025.05.24

2025年1月、第47代米国大統領に就任したドナルド・トランプ。2期目となるこの政権は、早くも物議を醸している。中でもメキシコとカナダの全品目に対して25%の関税引き上げを行った“トランプ関税”は、世界経済への影響が大きく懸念されている。関税施策をはじめ、トランプ政権は高級時計市場にどのような影響を与えていくのか? 気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析する。

磯山友幸

磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
【磯山友幸 公式ウェブサイト】http://www.isoyamatomoyuki.com/
磯山友幸:取材・文
Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト
Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]


トランプ関税で世界消費の不透明感が強まる

 米国でドナルド・トランプ大統領が就任して2カ月あまり。次々に打ち出す政策に世界は振り回されているが、中でも経済に最も影響が大きいのが「関税」問題だ。2025年3月4日には、不法移民と薬物の流入を理由に、メキシコとカナダに対して、全品目に25%の関税をかけたほか、3月12日には輸入する鉄鋼製品とアルミニウムにも25%の関税を発動した。

 こうした関税率の引き上げは、米国のみならず、世界経済を減速させるという見方が広がり、米国や欧州、日本の株式市場は大幅に下落するなど、市場は大きく混乱している。トランプ大統領の政策や発言に市場は一喜一憂している。

 彼は関税率の引き上げで米国政府の収入が増え、深刻化している財政赤字を減らすことで、減税を継続することができるとプラス面を強調している。

トランプ大統領の施策は功を奏すのか

 トランプ大統領は選挙戦を通じて掲げてきた「MAGA(Make America Great Again=アメリカを再び偉大な国にする)」を実現する、ひとつの象徴を米国政府の財政赤字の削減に置いている。2024年度(2023年10月から2024年9月)の米国の財政赤字は1兆8330億ドル(約271兆円)に達し、新型コロナウイルス禍の時期を除いて最大の赤字となった。債務の利払いだけで1兆ドル(約150兆円)を超えている。10年前まで4000億ドル前後の支払いだったことを考えると、大きな財政負担だ。

 イーロン・マスク氏をトップとする政府効率化省(DOGE)を設置し、政府部門のスリム化にも一気に着手している。連邦職員の大量解雇や米国際開発局(USAID)の解体など、乱暴なやり方に反発は広がっているが、トランプ大統領は意に介さない様子で、関税税収の増加と政府の歳出の削減を進めることが、短期的には米国にプラスになるとしている。

 もっとも、専門家の多くは、米国の関税率引き上げは、輸入品の物価上昇をもたらし、深刻なインフレに再び火を付け、中長期的には米国国民にとってマイナスにしかならない、と解説する。また、米国への輸出が減り、世界各国の景気の足を引っ張ると警鐘を鳴らしている。

 果たして、トランプ大統領の施策で米国経済は盛り上がるのか、それとも失速するのか。その影響が世界経済にどう及んでいくのか。現段階で正確な答えを出せる人はいないだろう。だが、明らかに先行きへの不透明感が増していることだけは間違いない。

先行きの読めない時計市場

 そんな中で、時計をはじめとする高級品市場の先行きも読み切れない。スイス時計協会FHが発表した2025年2月のスイス時計の全世界向け輸出額は前年同月比で8.2%も減少した。今やスイス時計の、圧倒的な世界最大の消費地となった米国向けが6.7%減ったことが大きい。輸出先上位30カ国・地域のうち21がマイナスとなり、プラスは9だけだった。

 もっとも、1月は世界全体で対前年同月比4.1%も増えていたので、その反動という見方もできるが、1月と2月の累計では2.4%減だった。米国向けに限って見れば1-2月累計では4.2%の増加なので、米国内の消費が変調をきたしているわけではない。香港、中国向けの輸出減少が続いているのが主因であることに変わりはない。

 トランプ大統領は日本の対米貿易黒字の大きさにも目を付け始めている。鉄鋼製品・アルミニウムの関税引き上げには日本も含まれたほか、今後の大きな焦点となる自動車関税の日本車への影響がどう出るか。日本国内の物価上昇も止まっていない中で、日本企業の収益が頭打ちになれば、給与引き上げが進まず、国内消費にブレーキがかかる可能性も強まる。

 スイス時計の日本向け輸出は1-2月の累計で前年同期間比0.9%増とプラスを維持しているが、インバウンド需要の好調さの割には伸びが低い。消費の先行きに確信が持てず、在庫の積み増しに慎重になっているディーラーが多いということかもしれない。当面は、米国と世界の景気と、消費の行方を見極めるまで、様子見が続くということだろう。


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