既成の枠にとらわれない自由さが魅力。時計界で注目を集めるマイクロブランド

2025.05.17

近年、一部の時計愛好家たちは、大手ブランドではなくマイクロブランドに注目し始めている。その理由のひとつとして挙げられるのが、既成の枠にとらわれない自由で独創的なデザインだ。これまでの時計界では見られなかった発想に満ちたタイムピースが次々と登場し、主流ブランドに飽き足りないコレクターたちの好奇心を、大いに刺激しているのである。ボナムズ香港で時計部門ディレクターを務めるシャロン・チャンが、独立性と革新性にあふれた、マイクロブランドの魅力を紹介する。

オークションシーン

シャロン・チャン(ボナムズ香港):文
Text by Sharon Chan(Bonhams Hong Kong)
[2025年5月17日掲載記事]

大手に飽きたコレクターが注目、小さくとも強いマイクロブランド

 腕時計ブランドが大手資本に買収されると、業績の安定を図るために新作の投入サイクルを短縮し、販売数の増加を狙うことが多い。しかしその結果、似たり寄ったりの腕時計が市場にあふれ、消費者はメインストリームのブランドに対して次第に飽きを感じるようになっている。こうした流れに反発する一部のコレクターは、個性ある小規模な独立系ブランド、いわゆる「マイクロブランド」へと関心を向け始めた。

マイクロブランドは目の肥えたコレクターも魅了

 マイクロブランドは通常、生産本数が少なく、独立性と革新性を重視する。ラグジュアリーさを誇示せず、複雑機構を追求するわけではない。さらに、流行に迎合するということもない。筆者が最近参加した時計愛好家の集まりで、複数の参加者がマイクロブランドの腕時計を披露していた。その中でも、ジャンピングアワー機構とマラカイトの文字盤を備えたゼンティアの「ソテー」が特に注目を集めていた。

 この集まりに参加したコレクターは、グランソヌリ、スプリットセコンドクロノグラフ、トゥールビヨンなど複雑機構を搭載した名品を数多く所有しており、普段はなかなか目にする機会の少ない独立時計師の作品すら買い集めている。そうした猛者たちが、価格にして8000香港ドル(約14万9120円、1香港ドル=18.64円、2025年5月17日現在、以下同)ほどで発売されていたゼンティアのソテーに対しても、名だたる高級腕時計に劣らぬ愛着を示していたのだ。

魅力的な価格の手頃さ

 マイクロブランドがここ数年で時計界において急速に人気を高めたのには、いくつかの理由がある。まず挙げられるのは、価格の手頃さだ。経済的に余裕のある時計愛好家であっても、購入にはやはり慎重になる。マイクロブランドは比較的低価格で、十分に他ブランドにはない新鮮な感覚を楽しめる点が魅力だ。

 また、コロナ禍明けで人々が旅行に出かけるようになり、旅先で気に入った腕時計を見つけた際、マイクロブランドであれば入手しやすく、持ち歩く際の安全面でも主流ブランドほど気を使わなくて済む。さらに、転売時の損失をあまり心配せずに済むという安心感もあるだろう。

コレクターの好奇心をかき立てる自由な発想

 価格面以外にも、マイクロブランドのデザインは、時として独立時計師の作品以上に突き抜けた独創性を持つことがある。独立時計師が尻込みするか、もしくは軽視するような奔放な意匠や機構の組み合わせも、マイクロブランドであれば思いのままに表現することが可能だ。この自由さこそが、主流ブランドに飽きたコレクターの好奇心をかき立てるのである。

 加えて、こうしたハイエンド層の多くは、人と被らない腕時計を求める傾向にあり、限定生産を基本とするマイクロブランドは、そのニーズにぴたりと合致する。

高級時計市場でも「個性」を重視か

ming

ミン「20.11 モザイク」Ref.2011M
自動巻き(Cal.ASE200.2)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約86時間。Tiケース(直径41.5mm、厚さ14mm)。50m防水。6万1440香港ドル(約114万4282円、バイヤーズプレミアム含む)にて落札された。

 この新たな潮流は、腕時計のオークション市場にもすでに表れている。たとえば香港のボナムズでは、昨年開催された腕時計オークションでマイクロブランドの姿が確認された。マレーシア・クアラルンプールとスイスのラ・ショー・ド・フォンを拠点とするブランド、ミンの「20.11 モザイク」と、日本のクロノブンキョウトウキョウの「カランドリエ Type 1」である。この2本はいずれも事前の予想を上回る価格で落札され、いまや高級時計市場が単なる資産価値だけでなく、「個性」を重視するようになってきたことを物語っている。

クロノブンキョウトウキョウ「カランドリエ Type 1」

クロノブンキョウトウキョウ「カランドリエ Type 1」
自動巻き(MIYOTA Cal.9122)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径38mm)。5気圧防水。数量限定。2万4320香港ドル(約45万3713円、バイヤーズプレミアム含む)にて落札された。

きめ細かなオーダーが可能なブランドも

「個性」という観点からすると、マイクロブランドはもうひとつの強みを持つ。それは、定型や伝統に縛られることがなく、極めて自由なオーダーが可能であるという点だ。インデックスや針の形状から、文字盤やケース素材に至るまで、きめ細かくカスタマイズでき、文字の刻印まで対応することも珍しくない。

 このようなデザインの柔軟性は、ブランドと購入者との直接的な対話とつながりを生み、結果としてブランドに対するロイヤルティーを高めている。

SNSがマイクロブランドの追い風に

 さらに、SNSの普及もマイクロブランドの成長を後押ししている。ユーザー自身の発信によって、潤沢なマーケティング予算を持たなくとも、ブランドの理念や個性を効率的にターゲット層に届けることが可能となった。

マイクロブランドに注目すべし

 世界経済が減速する中にあって、マイクロブランドは新たな時代の波に乗る存在として頭角を現しつつある。手頃でありながら個性あふれるその魅力は、今後も決して見過ごすことはできないだろう。


著者「シャロン・チャン」プロフィール

 シャロン・チャンは、アジアにおけるボナムズ時計部門のディレクターである。香港を拠点に、アジア太平洋地域の事務所と密接に連携し、同部門が年に10回開催するオークションの監督を務めている。

シャロン・チャン

シャロン・チャン/ボナムズ香港 時計部門ディレクター
シャロン・チャンは、ボナムズに入社し、オークションビジネスに復帰する前の2017年から18年の間に、個人でウォッチディーラーとクライアントコンサルタントを行い、専門家としてのキャリアを築いた。その豊富な経験から、世界中のコレクターとの間に強力なコネクションを持ち、アジアにおける腕時計市場拡大において重要な役割を担っている。

 これまで多くの国際的なオークションハウスでのジュエリーと時計のオークションビジネスにおいて、17年以上の経験を積み、2011年から16年にかけては、香港で時計オークションを指揮。売り上げを年々拡大し、13年にはアジアでの時計販売で最高額を達成した。また、世界最大級のプライベートウォッチコレクションの監督責任者を務め、15年のオークションで600万USドルという新記録を打ち立てた。


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