各ブランドがラインナップの拡充を図っているケース径38mm以下の小径モデルは、ユーザーの趣向の多用化や、女性の時計ファンの増加を反映したものではなかろうか。各社の注力度合いを示すように、大径なモデルを単に小型化するだけでなく、過去のアイコンを意匠に取り入れたり、大径モデルをベースとしつつデザインのバランス調整が行われたりしているモデルが多く、基礎性能や完成度が高いモデルが目白押しだ。そこで今回は、ケース径38mm以下の小径モデルの中でライター・佐藤しんいち推薦の腕時計を紹介する。
Text by Shin-ichi Sato
[2025年5月27日公開記事]
手首での収まりの良さが魅力のケース径38mm以下の腕時計を紹介
腕時計のケースの「大きさ」に関する近年の傾向として、直径40mmを基準に、大径モデル、小径モデルに分けるのが一般的であると、筆者は考えている。デザインによって大きさの感じ方が異なるが、概ね38mm程度は幅広いユーザーにフィットする引き締まった印象の仕立てで、1960年代のメンズウォッチで標準的な34〜36mm程度ではヴィンテージテイストもあるコンパクトなデザインと言えるだろう。
このような観点の下、今回取り上げるのは直径38mm以下の小径ケースを備えたモデルである。昨今の小径モデルへの注目度の高まりや、それを受けた各社のラインナップの拡充は、かつての“デカ厚ブーム”の揺り返しという側面があるのと同時に、手首の細い人、ヴィンテージテイストを好む人、男性向けモデルのスタイリングを取り入れたい女性にとって、魅力的な選択肢が増えている点で見逃せない。なお、筆者の個人的な推奨として、小径モデルを試着するなら長袖シャツを着用して店頭へ向かうことをお勧めする。袖への腕時計の収まりの良さを感じ取るのに加え、デザインのバランスを検討するのに好適であるためだ。
それでは直径38mmからよりコンパクトな35mmモデルまで、筆者の推薦モデルを紹介してゆこう。
グランドセイコー「ヘリテージコレクション」Ref.SBGX263

クォーツ(Cal.9F62)。SSケース(直径37.0mm、厚さ10.0mm)。10気圧防水。30万8000円(税込み)。(問)セイコーウオッチお客様相談室(グランドセイコー) Tel.0120-302-617
ひとつ目は、日本の良質な実用時計の代名詞であるグランドセイコーから選出した「ヘリテージコレクション」Ref.SBGX263である。デザインは「グランドセイコースタイル」を反映しており、エッジの効いた多面の力強い針と同じく多面を備えるインデックス、円形文字盤から伸ばした接線によって描き出されるケースサイドのラインなどにその特徴が見て取れる。
近年のグランドセイコーのエッジを効かせたケースシェイプに対し、本作はやや柔らかで温和な印象をあたえるシルエットが採用されており、安心感のある、どこか懐かしさもあるスタイリングと言えるだろう。高温多湿な日本市場では必須と言いたくなるブレスレットが標準採用されている点も魅力である。
搭載されるのはクォーツムーブメントのCal.9F62で、Cal.9F8系に対してコンパクトでありながら、その優れた性能は継承されている。デザインの要であり視認性を高める大型の針を正確に駆動するツインパルス制御モーターや、高精度なクォーツムーブメントの精度を追い込む緩急スイッチ、温度差によって変化する精度を補正する温度補正プログラム、日の切り替わりと同時に瞬時に切り替わるように調整された瞬間日送りカレンダーがその代表例だ。これらは高級時計に期待する高い精度や使い心地を高める機能と言え、日々の生活を支える良質な実用時計としてグランドセイコーのクォーツモデルを選ぶ動機となることだろう。

ケース径37.0mmと、今般のテーマである小径であることに加え、厚さが10.0mmに抑えられており、良好な着用感も期待できる。このことも本作を選出したひとつの理由である。
オメガ「シーマスター アクアテラ 150M」Ref.220.10.38.20.01.004

自動巻き(Cal.8800)。2万5200振動/時。パワーリザーブ約55時間。SSケース(直径38mm、厚さ12.3mm)。150m防水。102万3000円(税込み)。(問)オメガ Tel.0570-000087
ふたつ目に選出するのが、豊富なコレクションを擁するオメガの中で、インフォーマルウォッチの主軸となる「シーマスター アクアテラ」のケース径38mmモデルだ。シーマスターは、1948年に高い防水性能をはじめとしたさまざまな環境に耐えうるマルチパーパスウォッチとして誕生し、多くの派生モデルを生み出してきた。現在の“ボンドウォッチ”として知られる「シーマスター ダイバー300M」は、防水性を高めたプロフェッショナル向けモデルを進化させた系譜であり、1960年代頃までのシーマスターの主軸であったインフォーマルウォッチとしての側面は「シーマスター アクアテラ」に受け継がれている。
現在のシーマスターのデザインコードは、そのケースシェイプと、矢印状の意匠を備えた分針、クサビ状のインデックス、6時位置の日付表示である。従来は船舶の甲板から着想を得たチークコンセプトを文字盤に備えるモデルが多かったが、近年ではフラットな仕上げや、グラデーションのような新たな表現手法が取り入れたモデルが増加し、選択肢の幅が広がっている。本作の文字盤もブラックのラッカー仕上げによるフラットなデザインで、よりベーシックなテイストが加えられている。より幅広いシーンにマッチする本作のような仕上げを好むユーザーも多いことだろう。
搭載ムーブメントは自動巻きのCal.8800であり、METAS(スイス連邦計量・認定局)によるマスター クロノメーター認定を受けているということが本作、あるいはオメガの各モデルを選ぶ際の大きなポイントとなりうる。マスター クロノメーター認定とは、1万5000ガウスの磁場にさらされた場合でも精度を維持すること、パワーリザーブ残量による精度の変動が小さいことなどの項目について、ムーブメント単体の状態とケーシング後の状態で、全数検査されていることを意味する。これは、実用精度の観点で最も頼もしい認定のひとつであり、本作を選出する理由として十分なものだ。
チューダー「ブラックベイ 54」Ref.M79000N-0001

自動巻き(Cal.MT5400)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径37mm)。200m防水。57万2000円(税込み)。(問)日本ロレックス / チューダー Tel.0120-929-570
3つ目に選出するのがチューダー「ブラックベイ 54」である。ダイバーズウォッチは、防水性能の確保、信頼性を高めるための頑強さと視認性の確保のため、その黎明期からケース径40mm程度が業界スタンダードとなってきた。そのため、それよりもコンパクトなモデルは歴史的に見ても少数派である。
このような背景の下でリリースされているのがブラックベイ 54だ。本作は、1954年に発表されたチューダーの初代ダイバーズウォッチ「オイスター プリンス サブマリーナー Ref.7922」にならってケース径37mmとし、そのエッセンスを取り入れつつ、現在のブラックベイのデザインコードに落とし込んでいる。
筆者はブラックベイのインプレッションを数度担当した経験があり、その度に作り込みの巧みさに感心してきた。一例を挙げよう。ケースの面は整っており、リュウズ上面にはバラの紋章が繊細に刻まれ、薄手のベゼルも相まって、モダンでありながらクラシカルな印象にまとめられている。それゆえ幅広いスタイリングに取り入れやすい。ベゼルは遊びが小さく、しかも操作感は良好である。ブレスレットも良質で、特にクラスプの精度の高さやサイズ調整機構の完成度が高い。
搭載されるケニッシ製の自動巻きムーブメントのCal.MT5400は、スイス公式クロノメーター検定協会(COSC)によるクロノメーター認証を受けており、実用精度が高く、リュウズによる巻き上げや、時刻合わせの質感も良好だ。パワーリザーブが約70時間と、週末に時計を外していても駆動を続ける“ウィークエンドプルーフ(耐週末)”である点も現代の生活スタイルにマッチし、求められる性能を有していると評価できる。
チューダーの歴史を継承しつつ、現代基準で優れた外装品質、各所の作り込みの良さ、高い基本性能を備えたムーブメントの搭載など、総合点の高さが本作の選出理由だ。
ロンジン「コンクエスト ヘリテージ セントラル パワーリザーブ」Ref.L16484782

自動巻き(Cal.L896)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径38mm、厚さ12.3mm)。5気圧防水。59万5100円(税込み)。(問)ロンジン Tel.03-6254-7350
次に取り上げるのがロンジンの「コンクエスト ヘリテージ セントラル パワーリザーブ」である。ロンジンは魅力あふれる幅広いラインナップを擁しており、今一度紹介しておくと、クラシカルなテイストを取り入れつつ全く新しいコレクションとして提案されたネオクラシックな「マスター」、1954年に登場した同社初のウォッチコレクションを出自とした、現代ではモダンなツールウォッチを並べる「コンクエスト」、パイロット向けウォッチの系譜を引き継ぐ「スピリット」、ドレスウォッチの「エレガンス」、過去のアイコンを現代によみがえらせた「ヘリテージ」である。俯瞰すると、モダンからヴィンテージ、スポーツからドレスと、ロンジンの懐の深さがよく分かる。
本作は、長い歴史を持つコンクエストの70周年を記念するモデルで、モデル名に示されるように、文字盤中央部の回転ディスクによるパワーリザーブ表示を備える。また、ラウンドケースにラグが取り付けられたクラシカルなシェイプにボンベダイアル、文字盤のシャンパンカラー、ドーム型風防といった各要素からヴィンテージテイストたっぷりのデザインである。12時位置の日付表示もコンクエストのヴィンテージモデルに見られる意匠だ。
搭載される自動巻きムーブメントのCal.L896はパワーリザーブ約72時間を備え、現代基準で十分な性能を有する。また、本作の特徴であるパワーリザーブ表示との組み合わせにより、運用面での安心感もある。筆者の個人的な意見として、一般的なパワーリザーブ表示はシンメトリーなデザインを崩しやすく、文字盤のレイアウトも煩雑になりがちと感じているのであるが、本作では中央の回転ディスクによって独自性を生み出しながらシンプルなデザインを実現している点が魅力だ。
ロンジンは本作の他にも、ケース径38mmの「コンクエスト ヘリテージ」Ref.L1.649.4.52.2や、(本作の選定基準からは外れるケース径38.5mmとなるが)「ロンジン マスターコレクション」Ref.L2.843.4.73.2といった、ヴィンテージテイストにあふれるコンパクトなモデルを擁している。小径モデルを選ぶのであれば候補に入れていただきたいブランドである。
ティソ「ティソ PRX パワーマティック80 35MM」Ref.T137.207.33.021.00

自動巻き(Cal.パワーマティック 80)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径35mm、厚さ10.9mm)。10気圧防水。12万5400円(税込み)。(問)ティソ Tel.03-6254-5321
ロンジンのコンクエスト ヘリテージが1960年代以前のテイストであったのに対し、1970年代のデザインを取り入れたモデルが「ティソ PRX」である。1978年発表のクォーツムーブメント搭載モデルのデザインをベースにしており、モデル名は「Precise and Robust(高精度かつ堅牢)」と10気圧防水を示す「X」を組み合わせたものである。
今般取り上げる「ティソ PRX パワーマティック80 35MM」は、直径35mmのイエローゴールドPVDコーティングにイエローゴールドカラー文字盤を組み合わせたモデルだ。時分秒針までイエローゴールドカラーのモノトーンコーデは、貴金属モデルの上品さや煌びやかさとは異なる1970年代特有の派手さがあって味わい深い。搭載されるのは自動巻きムーブメントのCal.パワーマティック 80で、パワーリザーブは約80時間を備え、同じ価格帯のモデルの中でも特筆すべき性能を有する。
ティソ PRXはバリエーションが非常に豊富である点も魅力で、ステンレススティール製ケースのモデルの中でも、シルバー、アイスブルー、モスグリーンといった豊富な文字盤カラーを備えており、また駆動方式も自動巻き、クォーツモデルと選択肢はさまざまだ。なお、クォーツモデルの文字盤はフラットな仕上げであるのに対し、本作を含むメカニカルモデルでは立体的な「エンボスド・チェッカード・パターンダイアル」が組み合わされ、変化に富んだ仕上がりとなっている。
35mmモデルの他に40mmモデルも用意されるが、1970年代のテイストを味わいたいなら35mmモデルを筆者はお勧めしたい。ケースの厚さが10.9mmに抑えられている点も、クラシカルな印象を生み出すのに一役買っている。