今や高級時計で広く用いられているハイテクセラミック。その元祖にして他の追随を許さないスペシャリストはスイスのラドーにほかならない。復活に続く2025年最新作の「アナトム」でも唯一無二の意匠をハイテクセラミックで造形する。「マスター・オブ・マテリアル」の技を惜しみなく発揮してラドーにしか作り出せない時計に仕上げた。

Ref.R10203102。ベゼル、ブレスレット、リュウズにポリッシュ仕上げプラズマハイテクセラミックを用い、SS製エンドピースとブレスレットの連結ピース、ダイアルの針とインデックスをローズゴールドカラーで美しく彩る。色調は初期のハードメタルモデルを彷彿させる。自動巻き(Cal.R766)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。ハイテクセラミックケース(縦46.3×横32.5mm、厚さ11.3mm)。50m防水。70万5100円(税込み)。
Photographs by Masanori Yoshie
菅原茂:文
Text by Shigeru Sugawara
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
「マスター・オブ・マテリアル」の矜恃

Ref.R10201712。ベゼル、ブレスレット、リュウズにポリッシュ仕上げブラックハイテクセラミックを用い、ブラックPVDサンドブラスト仕上げSS製インナーケースを組み合わせる。12時、3時、9時にダイヤモンドを配したブラックラッカーダイアルは、往年のジュビリーを再現。自動巻き(Cal.R766)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。ハイテクセラミックケース(縦46.3×横32.5mm、厚さ11.3mm)。50m防水。72万2700円(税込み)。
ラドーがスイス時計産業の中でも特別な存在なのは、いつの時代もプロダクトに一貫したポリシーがあり、独自の技術によって腕時計の新しい世界を開拓してきたからだ。2023年の終わり、新たにハイテクセラミックをまとって復活を果たした名作「アナトム」も代表的なモデルのひとつに数えられる。
アナトムのオリジナルモデルは、1983年に誕生した。レクタンギュラーケースに一体型ブレスレットを組み合わせたこの腕時計には数々の画期的な特徴があった。ケース素材はラドーが60年代から用いてきたスクラッチプルーフの超硬合金ハードメタルだ。これとブレスレットが連続して描く絶妙なカーブは、アナトムの名称の由来となったアナトミカル、つまり人体構造学に基づいている。人間工学的アプローチは今では珍しくないが、ラドーが早くからデザインに取り入れていたことは注目に値する。
(左)ラドーにおけるサファイアクリスタルの製造法を説明した記事。スクラッチプルーフのこの素材を作るのに60以上の工程を要するとある(『ラドーハイテクマテリアル』1997年刊より)。
カーブのフォルムと完全に一体化したサファイアクリスタルもそうだ。ラドーは、ダイヤモンドに次ぐ硬さを持つ人工サファイアの製造および加工技術において先駆者だった。サファイアクリスタルが普及する以前の80年代に、角型で湾曲したドーム状の形状に成形するその技術は驚異以外の何ものでもない。続く86年にはハイテクセラミックを発表する。軽量で傷が付きにくく、長く美しさを保ち、装着感にも優れる。そんな理想的なハイテク素材の探求において文字通りフロントランナーを演じ、他に対しても大きな影響力を持ったラドーは、こうして「マスター・オブ・マテリアル」と呼ばれ、確かな名声を築いていくこととなった。
2025年の最新作は、23年に復活したモデルのコンセプトを継承しながら、素材とデザインの探求をさらに一歩進めてアナトムに新たな魅力を作り出している。興味深いのは、復活を受けて新世代アナトムの姿が明示されているところだろう。全5モデルのうち、4モデルは前作と同様にポリッシュ仕上げブラックハイテクセラミックを用いたものだが、あと1点はプラズマハイテクセラミックで作られた最もコンテンポラリーなスタイルのモデルである。
成型を終えたハイテクセラミックを特殊な炉に入れ、プラズマ処理で表面を炭化ジルコニウムに変化させて、メタリックな質感を実現する特殊加工は、ラドーが得意とする技術として有名だ。このプラズマハイテクセラミックのモデルは、素材における最も進化したバージョンのアナトムと言えるが、しかし一方でメタリックな質感が1980年代を想起させるところは、なかなかの計算された演出というほかない。
前作と大きく異なるのは、ラバーストラップに代わってハイテクセラミックのブレスレットを採用している点だ。素材の統一と人間工学デザインが相まって、さらに快適な着け心地を生んだことは、アナトムにとって大きな前進である。
Ref.R10204712。ダイヤモンドを3個配したブラックラッカーダイアルにブラックのバーインデックスを追加。ポリッシュ仕上げブラックハイテクセラミックケースにつながるSS製エンドピースに38個、ブレスレットの連結リンクに124個のダイヤモンドを配して美観を強調。自動巻き(Cal.R766)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。ハイテクセラミックケース(縦46.3×横32.5mm、厚さ11.3mm)。50m防水。143万円(税込み)。
このハイテクセラミックのブレスレットはまた、ディテールに新たな工夫が凝らされている。モデルによって、ケースのエンドピースとブレスレットの連結リンクをローズゴールドやイエローゴールドカラーに彩り、80年代のスタイリッシュなバイカラーのデザインに近づけている。スーパージュビリーでは、これらの箇所にダイヤモンドをセットし、ブラックハイテクセラミックとのコントラストによってドレッシーなルックを作り出すという大胆な試みが目を引く。ビジュアルインパクトに圧倒されるが、ダイヤモンドは装飾であるのと同時に、ダイヤモンドこそがスクラッチプルーフで永遠に美しい輝きを保つ最高の素材だと気付くだろう。またブレスレット全般の形状についても、20mmまで細くなる幅に合わせてケース幅も32.5mmに設計してバランスを保っている。

Ref.R10200152。ポリッシュ仕上げブラックハイテクセラミックモデル。SS製エンドピースとブレスレットの連結リンク、不規則な間隔の水平ラインを配したブラックラッカーダイアルの針とインデックスにイエローゴールドカラーを用い、華やかなツートーンカラーを演出する。自動巻き(Cal.R766)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。ハイテクセラミックケース(縦46.3×横32.5mm、厚さ11.3mm)。50m防水。70万5100円(税込み)。
ダイアルデザインは、グラデーションカラーの前作とは大きく異なり、かつてのアナトムからのインスピレーションとその再解釈が見て取れる。ブラックもしくはグレーのラッカーダイアルに施された水平のラインは、オリジナルモデルに存在したストライプを思わせるとはいえ、ラインの間隔をあえて不規則にすることで、斬新さを打ち出す。バーインデックスを配したこれらと対照的なのが、12時、3時、9時の3カ所にダイヤモンドのインデックスを配し、 フランス語の「jubilé」の文字も再現したジュビリーのダイアルである。それは初期モデルや過去のバリエーションモデルとよく似ている。こうしたミニマルデザインは、ラドーのスタイリッシュな「セラミカ」にも見られるが、まさにひと目でラドーと分かる個性のひとつだ。
Ref.R10201152。ベゼル、ブレスレット、リュウズにポリッシュ仕上げブラックハイテクセラミックを用い、ブラックPVDサンドブラスト仕上げSS製インナーケースを組み合わせる。不規則な水平ラインを施したブラックラッカーダイアルにホワイトカラーの時針・分針とインデックスを合わせる。自動巻き(Cal.R766)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。ハイテクセラミックケース(縦46.3×横32.5mm、厚さ11.3mm)。50m防水。68万7500円(税込み)。
2023年の復活に際しては、ムーブメントの刷新も同時に行われた。1980年代の発表当時はクォーツ式で、96年から97年に自動巻きモデルも作られたが、復活以降はすべてのモデルが最新の自動巻きムーブメントを搭載。すなわちラドーのCal.R766だ。耐磁性ニヴァクロン製ヒゲゼンマイ、約72時間のパワーリザーブなど優れた特徴を持つこのムーブメントは、ケースバックから見ることができる。新しいアナトムは、ハイテク素材のみならず、頼もしいエンジンも手に入れて一段と魅力を高めた。
