2025年、大塚ローテックが国産初のサテライトアワーウォッチとしてリリースした「5号改」を、時計ライターの堀内俊が着用レビューする。これまで「7.5号」および「6号」と、同ブランドの製品を所有してきた筆者は、使用感にとどまらない、“シナジー”によって本作が到達した価値についても言及する。
Photographs & Text by Shun Horiuchi
[2025年6月17日公開記事]
誰がどう見ても大塚ローテックな「5号改」を着用レビュー
「7.5号」および「6号」を知る人ならば、誰がどう見ても「5号改」は大塚ローテックの腕時計であり、その独特の世界観をより色濃く世間に示したものと言える。ステンレススティールを中心とした金属素材そのものの質感を生かしたデザイン、独特の漢字やカタカナフォントを彫り込んで墨入れした各種文字、一筋縄ではいかない時刻表示とギミック。日本からこのような腕時計が生まれ、現在日本国内だけで販売されている状況は、世界中の時計マニアからうらやましがられている。海外オークションに流出した個体に小売価格の数倍の価格が付くことが、その枯渇感をよく表している。
これまで、そんな大塚ローテックが、時計会社である東京時計精密と連携して世に出した7.5号および6号は、いずれも同ブランドの創業者である片山次朗氏が単独製作していたものに比べ、デザインのアレンジはありつつもオリジナルに忠実であった。ところが今年発表された5号改は、回転ディスクのイメージとケースデザインは紛れもなく2012年に発売された「5号」であり、従来通りオリジナルを尊重しているものの、時間表示ギミックをドラスティックに変えるという完全新設計の腕時計であったのだ。なぜこのような腕時計になったのか。それはやはり東京時計精密と時計作りを進めるうえでの“シナジー”が大きく発現したためと思える。以下、筆者の想像も含めながら書いてみたい。
大塚ローテックと東京時計精密が生み出したシナジーとは、ひと言で言えば、「やれることが増えた」ということではないか
大塚ローテックと東京時計精密が生み出したシナジーとは、ひと言で言うと「やれることが増えた」のではないか。
衛星のように動くアワーディスクと、固定された目盛りが組み合わさって時間を刻むサテライトアワーウォッチ。以前に作られた5号とは異なり、新たに「改」を名乗ってこのサテライトアワー機能を、国産腕時計としては初めて実装した。風防込みでのケースの厚みは12.2mm。自動巻き(MIYOTA90S5+自社製サテライトアワーモジュール)。25石+2ボールベアリング。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径40.5mm、厚さ7.6mm)。日常生活防水。74万8000円(税込み)。
例えば5号改のデザインを腕時計として成立させるためには、第一に、そそり立ったボックス形状のサファイアクリスタル風防が必須となる。そのような風防はこのモデル専用のパーツであり、ある程度のMOQ(編集部注:Minimum Order Quantity、発注可能な最低数量のこと)が見込まれないと、常識的な価格では手に入らない。つまり、安定的かつ相当程度のキャパシティーを持つ生産体制が不可欠である。7.5号のインプレッション時にも、モデル専用と思われるレンズ状の特殊な風防を用いていることに言及した通りだ。このような特殊パーツを使用できるような、相応の安定的な生産体制を築くことができたのが、大きなシナジーと言えるだろう。
特筆すべきシナジーはもうひとつある。5号改は本年1月15日、ベアリングやモーターなどといった電子機器部品を製造するミネベアミツミとの合同記者会見で発表された。東京時計精密の浅岡肇代表が手掛けるブランド、「HAJIME ASAOKA」の腕時計には、従来から極小のボールベアリングが用いられており、同社との関係性を築いてきたことが分かる。今回はアワーディスクを回転させるためのガイドローラーに、本作のために新設計された、わずか外径2.5mm、内径1.0mm、幅0.8mmのボールベアリングを搭載することができたのは、東京時計精密との連携があればこそだ。
こういった「アイデアを実現するための課題」が、両者のリレーションによって解決していることは確かで、我々時計マニアは、そのシナジーの恩恵を受けていることになる。
片山次朗氏のトライ&エラーとその成果
5号改のように独創性が高く、優れた品質を持つ腕時計を実現するためには、さまざまな試作過程を経て、片山氏のアイデアで課題を解決し製品に落とし込んだ、高レベルな設計が必須である。一例を挙げると、9時位置のアワーディスクの下に、真鍮製の減速歯車が存在する。通常の歯車ではサテライトアワーのバックラッシュが問題となったそうで、トライ&エラーの結果、上下で位相をずらした2枚の歯車で減速歯車を構成することとし、バックラッシュを回避したのだ。
いきなり細かい話となったが、そもそもこの時間表示機構は、国産時計では初めて採用されたヴァガボンドアワー機構あるいはサテライトアワー機構と言われるものであり、有名なところではオーデマ ピゲの「スターホイール」やウルべルクの「UR-100」などがある。表示機構が特殊であるため、通常の2または3針腕時計とは似ても似つかない外観となり、この5号改もまた極めて特徴的かつ独創的で、その機構を前面に出してボックス型のサファイアクリスタル風防で覆うという構成になっている。
ベースムーブメントはこれまで同様ミヨタの自動巻きであり、6号や7.5号と異なりシースルーバックではなく、ローターなどは見せていない。逆に言えば、表面から見せたい部分をすべて見せる、という設計とも言えるだろう。それではディテールを見ていこう。
サファイアクリスタル風防に覆われた精密な金属パーツ群の塊
通常の腕時計のレビューならば文字盤、針、ケースやリュウズなどのパーツに分割し、それぞれについて子細に書くという方法が取れる。ところがこの腕時計はサテライトアワー表示を構成するための多くのパーツが目に入るので、画一的にはいかない。
文字盤に相当するのは3時側に配された扇状のミニッツスケールであり、精緻な切削による洋銀製パーツである。続いて目に入るのは3つのアワーディスクを吊っている文字盤中央のパーツである。表面は放射状の筋目が入り、フライスでザグった両端にマイナスネジが留められている。またもうひとつ目に入るのが、このパーツの外周に配された3本の規制バネだ。カレンダーやクロノグラフ機構のムーブメントなどに多く見られる規制バネは通常目に入らないが、本作は最上段に搭載されるため存在感がある。また、細く仕上げられていることから、本作の繊細さの演出にも効果を発揮している。このような三角パーツに限らず、ほぼすべての部品表面に確認できる機械加工によるツールマークそのものが、大塚ローテックの腕時計の特徴であり魅力である。
バリ取りなどの仕上げは当然されているものの、高級機械式腕時計のセオリーのような、ピカピカの鏡面手仕上げなどを全面的に取り入れていないことが、大塚ローテックブランドの特徴であり、また良心的な価格のひとつの要因でもあろう。ほとんどすべてのパーツがエンドミルによって出来ているのではないかと思うようなメカメカしさだ。それらが切削油にまみれ熱を持った状態でチャックから外され、機械加工によって「ワーク」が「パーツ」になる瞬間が目に浮かぶ。
とはいえ、もちろん一切手仕上げが入っていないというわけではない。チムニー状のベゼルからラグ上面まではマシニングの挽き目であろうが、サイドのヘアラインは縦の一直線なので、前述の挽き目とマッチするようなヘアライン仕上げを後に入れ、また、ストラップ側の丸みを帯びたラグ端についても後に人手で筋目加工をしていると思われる。これら部分部分で一切の違和感がないのが「さすが」であり、金属加工を知り尽くす現在の名工がプロデュースしていることが、ありありと分かるのだ。
ムーブメントの一段上の階層には「大塚ローテック 東京」などと、“例のフォント”で刻印のあるプレートが存在する。ここはサンドブラスト仕上げである。12時位置から始まる赤い矢印も良いアクセントだ。3時側にある扇状の“文字盤”も繊細なツールマークとともに、“例のフォント”を用いた数字が刻印される。
その一段下の層の5時位置に見える部分はペルラージュ加工がなされており、前述したプレートのサンドブラスト面と、とても印象的な対比を魅せる。こちらはステンレススティールゆえにシルバー色だが、12時位置にも見えるペルラージュ面は真鍮の金色だ。アワーディスク下の、機械式時計としては比較的大きなモジュールの歯車も真鍮製である。このようにシルバー色を基調としてパーツによっては真鍮の金色、各種フォントは黒に墨入れ、矢印は赤、とポイントを押さえた色使いも見事である。金属材料については適材適所でこのような構成になったものであろうが、機能は美でもあることを再認識させられる。
さらにミネベアミツミのボールベアリングが、5号改を構成するパーツのひとつとして違和感なく溶け込み、ややスチームパンク然とした独特の雰囲気をたたえているのは、もはや片山氏のセンスというほかはない。「機械式時計」の中でも極めつけの「機械によってできた機械式時計」である。とはいえ視認性は犠牲になっておらず、特殊な時間表示であるにもかかわらず、使いやすいと感じた。
ギミックについて
実際の本作の動きは、アワーディスクを吊っているパーツが12時間に1回転していることと、6時位置の永久秒針の代わりのセコンドディスクが控えめに回転しているのみ、に見える。しかし目を凝らすと、セコンドディスクを駆動させる文字盤中央の歯車が見えるし、セコンドディスクの横には、かなり深い階層でテンワが振っているのを確認できることなど、腕時計全体としては“静”の中にしっかりと“動”が感じられる。ミヨタのムーブメントCal.90S5はセンターセコンド機なので、輪列を加えて4時位置までセコンドディスクの駆動機構を持ってきており、この歯車は3時方向から見ればその存在が確認できる。これによってセコンドディスクは、反時計方向に駆動される。
加えて、8時位置に固定されたボールベアリング部分を通る際に、アワーディスクが90度回転するのが5号改の見どころであるが、1時間に一度の“動”だけでは乏しく感じるかもしれないため、このセコンドディスクやチラ見えするテンワの存在は大きい。またそれらの位置が絶妙であり、主役のアワーディスクを邪魔せず、その下の階層に設置されている。そう、この時計は重層的な構造となっており、そのほとんどすべてを巨大なボックス型サファイアクリスタル風防から目視できることが特徴なのだ。よってムーブメントそのものは主役ではなく、最下層に位置しており、前述の通りシースルーバックも採用されていない。
それでは使用感はどうか
ラグ幅は22mmで、例の2畝(ふたせ)のカーフストラップを標準で備え、この腕時計がまさに大塚ローテックであることを主張する。ただし本ストラップは最小径となる穴でバックルを留めても筆者の細腕では若干余り気味であったため、ここは筆者が用意したストラップに変えてインプレッションに臨んだ。
ソリッドなケースバックはかなり平べったい形状となっており、そこからやや下向きにラグが生えているため、手首上にペッタリと載る印象である。シースルーバックだと、恐らく1mm程度ケースバックが厚くなったはずであり、ソリッドバックの恩恵が十分に味わえる。
ソリッドバックなうえにムーブメントが最下層にあることから、巻真はケースサイド4時位置の、手首に近い位置に配されている。当然リュウズの直径にも影響を与えそうなものだが、一般的なリュウズと比べてまったく遜色ない操作感を得られるサイズになっており、かつリュウズだけが手首に当たって気になることもない。他の大塚ローテックのモデル同様、シャープなローレット目のおかげでリュウズは回転させやすく、繊細な時間調整が可能である。
また、ベゼルからそそり立つサファイアクリスタル風防によって、シャツのカフに引っかかることなく、腕時計はスッと袖口から出てくる。時刻表示が時計の3時側半分で完結しているため、左手に装着している限り、実は時刻を読み取りやすい。このようなギミックのため、時間の判別には多少の慣れを要するかもしれないと当初は思ったものの、視認性は犠牲になっておらず、むしろ実際慣れるとかなり見やすいとまで感じている。大塚ローテックの時計群における視認性は、「5号改≒6号>7.5号」という印象である。
なお、セコンドディスクにスケールが打たれているため、5号改は精度の確認が可能である。本個体に関しては、1週間連続使用した際に計測してみたところ、合計の積算値で+23秒と優秀であった。
実用に関してまったく問題なく、かつ快適な装着感も味わえることから、十分にデイリーユースできる腕時計である。
最後に
人気が爆発している大塚ローテックの時計は、この記事を書いている2025年5月現在、まだ日本国内のみで、抽選にて販売されている。相変わらず海外オークションに出れば、予想を大きく超える落札結果を残すなど、世界的に渇望されている状況だ。それは実物を見て、使ってみればその理由も納得である。限定品ではないため今後も継続して生産されるであろうが、手にしたラッキーなマニアはぜひ転売などをせず使い倒してほしいと思う。
片山氏の作品の今後は、より高いプライスレンジとなる階層の腕時計も構想されているようだ。なかなか手が届かなくなってくるかもしれないが、いったいどのようなモデルが出てくるのか、今から楽しみである。今後の片山氏の活動から、ますます目が離せない。