「レ・キャビノティエ・ル・タン・ディヴァン(神聖な時)」シリーズは、四季の神獣をウッドマルケトリーで描いたトゥールビヨン。うち「青龍」と「白虎」をテーマにした2本を紹介する。
Photographs by Takeshi Hoshi (estlleras)
並木浩一:取材・文
Text by Koichi Namiki
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
ヴァシュロン・コンスタンタンから学ぶオートオルロジュリーの世界
ヴァシュロン・コンスタンタンは、時計作りを通して文化解釈を行い得る稀有な存在だ。ユニークピース4点のシリーズ「レ・キャビノティエ・ル・タン・ディヴァン(神聖な時)」は、真骨頂とも言えるクリエイション。アジアの異文化に目を向け、独特の宇宙観と時間感覚を理解し、ウッドマルケトリーの技法を駆使したダイアルを持つトゥールビヨンとして完成させた。
古代中国の天文学を起源とする宇宙観では、天球の赤道に沿うように中国流の星座である二十八宿を定め、四方に分割した七宿をそれぞれ想像上の神獣に見立てた。東の青龍・南の朱雀・西の白虎・北の玄武である。世界を分割する4神体は四季の象徴でもあって、青龍は春、朱雀は夏、白虎は秋、玄武は冬。空間とともに、1年の経過と反復する年々の周期=無窮の時間もまた司っている。

この世界観は、紀元7世紀頃には日本にも伝わってきている。飛鳥時代の壁画古墳である高松塚、キトラ古墳はいずれも四神が描かれている。ヴァシュロン・コンスタンタンも、キトラの極彩色の四神画を製作のきっかけとして挙げた。ただし描かれ方は7世紀の壁画よりは近世以降、ヴァシュロン・コンスタンタンの時代に寄せたものだ。それも、ウッドマルケトリーという超難度のテクニックが、あえて選択されている。
ウッドマルケトリーではさまざまな木片に、時には脱色や着色を施してモチーフを組み上げて描く。今回のレ・キャビノティエでは1枚の文字盤に約10種類、平均200個以上もの微小な木片を駆使した。厚みは0.4mm以下、幅が0.4mmを下回るものもあり、例えば青龍の鱗は1枚ごとにひとつの木片を充てている。想像の神獣は正確に形象化することで神話性が突き詰められ、純化していく。
ヴァシュロン・コンスタンタンは1755年に時計作りを開始した。1日を24時間、さらに分・秒へ分節化していく営為は、270年の反復として積み上げられている。その歴史的存在としての、1000年を遡る「神聖な時」に示した文化的敬意が、レ・キャビノティエ・ル・タン・ディヴァンには表れている。搭載されたトゥールビヨンムーブメントは厚さわずか5.65mmの超薄型V2160である。6時位置でマルケトリーの彩画に越境する機械工学の精華は、芸術性との界面で存在感を主張するのである。

西方と秋を司り、真剣さと勇気を象徴する神獣、白虎を文字盤で表現したモデル。体表の柄にはアンスラサイトのカエデやシカモアカエデ等を用いている。自動巻き(Cal.2160)。30石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KPG(直径42mm、厚さ11.40mm)。ユニークピース。

東方と春を司り、強さと力を象徴する神獣が青龍。ブルーに着色したユリノキ、斑点が入ったシカモアカエデ、パドゥーク等を文字盤に配した。自動巻き(Cal.2160)。30石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KWG(直径42mm、厚さ11.40mm)。ユニークピース。
広田ハカセの「ココがスゴイ!」
時計の外装にさまざまなテクニックを駆使する、ヴァシュロン・コンスタンタンの「レ・キャビノティエ」。今回は文字盤に、壁画にインスピレーションを得たモチーフを採用した。
壁画を再現するために選ばれたのは、なんと寄せ木細工のウッドマルケトリー。なぜエナメルでも石でもなく木なのかは、実物を見ると納得だ。平均200個以上の微小な木片を用いることで、文字盤の色表現はエナメルよりずっと豊かになる。加えて、表面の粗いテクスチャーは、あたかも石のようではないか。
数多くのメーカーが取り組む、ウッドマルケトリーというユニークな試み。しかし、本作ほど技法に説得力のあるものは少ないのではないか。老舗の見識にはただただ脱帽だ。