タグ・ホイヤーで開発責任者を務めるキャロル・カザピ。どうしても華やかな時計に目が向くが、彼女が取り組んできたのは時計としての底上げだ。
Photograph by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
品質、耐久性、性能の〝ニューノーマル〟が我々の設計思想です

1969年、フランス生まれ。ラ・ショー・ド・フォン時計学校を卒業後、90年にコンセイユレイに入社。92年からルノー・エ・パピ(当時)に在籍。その後、カルティエ、ヴァン クリーフ&アーペルなどを含むリシュモン グループの設計責任者となる。2020年にはタグ・ホイヤーに移籍した。21年にはガイア賞を受賞。現在、筆者が最も尊敬する設計者のひとり。
「私たちは時計の保証期間を5年に延長しました。そのためには、さらに3年間サービスを不要にしなければならなかったのです。それはお客様のためですから。シミュレーションを行い、耐久性や信頼性、性能をさらに高めました。でも時間はかかりますよ」
具体的な数値こそ教えてくれなかったが、あるクォーツ時計では不良品率を10分の1に改善したという。「ものすごく改善しました」。リテーラーがタグ・ホイヤーの時計を好んで扱うようになったのも納得だ。
「5年前にタグ・ホイヤーに入社した際、私は新しく戦略を立てたのです。それが品質の〝ニューノーマル〞です。耐久性、品質、そして性能に関するものですね。これに従って、戦略をムーブメント開発に落とし込んできました」
そのひとつが、5年保証というわけだ。現在、タグ・ホイヤーは自社製のみならず、さまざまなエボーシュを使うが、その基準はやはり〝ニューノーマル〞とのこと。好例は、今年リリースされた新しい「タグ・ホイヤー フォーミュラ1」だ。これは、ラ・ジュー・ペレと共同開発した光発電クォーツを搭載している。

〝ニューノーマル〟の象徴とも言うべき新作。AMTと共同開発した自動巻きムーブメントは高精度かつ長いパワーリザーブを持つもの。加えて、ラグを短く詰めた装着感に優れるケースと、簡単に分解できるブレスレットを備える。価格はずば抜けて戦略的だ。自動巻き(Cal.TH31-02)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径41mm、厚さ12.57mm)。100m防水。63万8000円(税込み)。
「確かに、エコロジーも意識しています。しかし、重要なのはメンテナンス期間を延ばせること。バッテリー駆動だと5年の保証期間は実現できないのです。光発電であれば、二次電池は約15年保ちますね」
なるほど唐突に見える光発電時計も〝ニューノーマル〞という観点で見れば納得だ。「これも〝ニューノーマル〞よ!」。彼女は説明を続けた。「ラ・ジュー・ペレの技術者はETAでクォーツを手掛けていた人。そして、この会社はシチズンの子会社です。だから完成度は非常に高い。大事なのはムーブメントを作るだけではなく、戦略に従って作ることなのです」。
いっそう〝ニューノーマル〞を感じさせるのが新しい「タグ・ホイヤー カレラ デイデイト」だ。搭載するのはセリタの小会社であるAMTと共同開発したムーブメント。約80時間の長いパワーリザーブに、COSC並みの精度というのは、今までのカレラとはまるで別物だ。
そして、もうひとつの売りが「簡単にサイズを調整できるブレスレット」。価格を考慮すれば、なおさら、これはタグ・ホイヤーの考える〝ニューノーマル〞だろう。
「大事なのは良い戦略を持つこと、しかし同時に、良いパートナーを選ぶことも大切なのです」



