専門家たちが語る天文時計、そして「クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ」の凄み

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2025.08.26

2025年7月、伊勢丹新宿店が年に一度の時計の祭典、「ウォッチコレクターズウィーク」を開催した。「天文と時計の同期」をテーマとした本年、目玉商品として登場したのが、世界唯一の天文腕時計専門メーカーであるクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの新作「グランド・プラネタリウム エキセントリック メテオライト」だ。世界に3本しかないこの時計を前に、『クロノス日本版』の広田雅将編集長をはじめ専門家たちが天文時計について語るクローズドなイベントが行われた。本稿ではそのトーク内容の一部をレポートする。

グランドプラネタリウムエキセントリックメテオライト

クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ「グランド・プラネタリウム エキセントリック メテオライト」
2025年度ウォッチコレクターズウィークの目玉商品として登場。メテオライトをケースおよび文字盤の意匠に用いているとともに、水星、金星、地球とその月、火星、木星、土星、天王星、海王星の8つの惑星の位置をリアルタイムで正確に表示する、世界で唯一の機械式腕時計だ。ストラップはレザー、フォールディングバックルはプラチナ製。自動巻き。32石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。メテオライトケース(直径44mm)。世界限定3本。1億3200万円。
高井智世:写真・文
Photographs & Text by Tomoyo Takai
[2025年8月26日公開記事]


伊勢丹新宿店に登場したクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの大作

 2025年7月上旬、伊勢丹新宿店で年に一度の時計の祭典「ウォッチコレクターズウィーク」が開催された。本年は「天文と時計の同期」をテーマに、漫画『チ。—地球の運動について—』とのコラボレーション企画「チ。からウォッチへ」を実施。天文学や時計の歴史に関する展示や解説イベントが充実し、連日多くの来場者で賑わいを見せた。

 会場で大きな注目を集めたのが、オランダにある“世界唯一の天文時計専門メーカー”クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの腕時計群である。同社が生み出す多彩な天文表示を備えたユニークな作品の中でも、目玉として登場したのは今春発表の大作「グランド・プラネタリウム エキセントリック メテオライト」だ。水星から海王星までの太陽系全8惑星の動きを偏心軌道でリアルタイムに再現する前代未聞のプラネタリウム機能を備える。また、ケース全体にメテオライトを用いた世界限定3本のうち、日本初公開となる貴重な1本が特別展示された。

 期間中には顧客向けにクローズドなトークイベントも実施。『クロノス日本版』の広田雅将編集長のほか、明石市立天文科学館館長の井上毅(いのうえ・たけし)氏、名古屋市科学館 天文担当課長の毛利勝廣氏、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウCEOのピム・コースラグ氏が登壇し、それぞれの立場から天文時計への見解を語った。専門的知識が交錯する、実に天文時計ファンにはたまらない贅沢な時間であった。全文を載せることはできないが、筆者の印象に残った部分を抜き出して、その感動を共有させてほしい。

明石市立天文科学館 館長 井上毅氏 テーマ:「時計と天文学」

プラネタリウムの歴史について語る井上毅氏。

 トークイベントで最初に登壇したのが、兵庫県にある明石市立天文科学館の館長、井上毅氏だ。明石市立天文科学館といえば、日本標準時の基準となる東経135度の子午線上に建つことから、「時と天文」をテーマとした展示を数多く行ってきた天文科学館だ。2023年6月には、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウを紹介する企画展も実施された。また館長である井上氏自身、時計と天文学に関する研究を長年行っており、2023年にはプラネタリウムをテーマにした書籍『星空をつくる機械 プラネタリウム100年史』(KADOKAWA)を出版している。同書では機械式天文時計の先駆けと言うべき、ジョバンニ・デ・ドンディの天文時計などに関しても言及されている。

明石市立天文科学館

2023年6月に明石市立天文科学館で開催されたクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ展。

 井上氏からはまず、プラネタリウムの歴史について語られた。その中で次のような言葉があった。「プラネタリウムと時計の関係性はあまり知られていませんが、歴史上、極めて深い関係があります」。その理由が、丸いドームに投影機で星を映す今日の典型的なプラネタリウムのルーツをたどって説明された。「ドームの発想源は、イタリアのファルネーゼ(古代ローマ時代の彫刻『ファルネーゼのアトラス』)で知られる天球儀にあります。そして、投影機の機構部分は惑星の動きを再現する装置『太陽系儀』にあります。さらにこの原型は、古代ギリシャで製作され、約100年前に発見された“古代のコンピューター”と呼ばれる『アンティキテラ島の機械(歯車などの機構を組み合わせ、天体の運行や暦を計算するために作られたもの)』までさかのぼることができます」。これらを説明しながら、井上氏は続けた。

「特に古代ギリシャから中世、そしてコペルニクス以降の科学革命の時代は、時計史の中でも極めて興味深く、なおかつ解明されていないことが多い。アンティキテラ島の機械が作られてから機械式時計が誕生するまでの1000年以上、何があったのかは詳しく分かっていません。ただし技術は確実に伝えられてきたはずです。歯車で天体の動きを再現する技術や、天文学の知識は古代ギリシャからローマへ、さらにイスラム圏へと渡り、そこで発展してルネサンス期にヨーロッパへ逆輸入されたのです。今、私が個人的に注目している『アストラリウム』(1364年、ジョバンニ・デ・ドンディ製作)は当時の天文学者が共通して必要とした装置であり、製作には正確な天体理解が不可欠でした。こうした機構が、天文時計のルーツとして存在するのです」。

 井上氏からは他にも、コペルニクス天文学の発展と科学革命や、時計と天文学の双方で重要な人物であるガリレオ・ガリレイやオランダのクリスチャン・ホイヘンスについて語られた。なお今年2025年は、ホイヘンスがヒゲゼンマイを発表してから350周年にあたる。1675年、彼は時計の精度を飛躍的に高める発明として、バランスホイールに取り付ける螺旋状のヒゲゼンマイを考案した。

名古屋市科学館 天文担当課長 毛利勝廣氏 テーマ:「オランダと天文学」

アイジンガープラネタリウムについて語る毛利勝廣氏。

 続いて登壇したのが、名古屋市科学館の天文担当課長である毛利勝廣氏だ。毛利氏は日本におけるアイジンガープラネタリウム研究の第一人者だ。アイジンガープラネタリウムとは、オランダのアマチュア天文家アイゼ・アイジンガーが1781年に完成させた、太陽系の惑星の動きを再現する機械仕掛けの模型であり、現存する世界最古の機械式プラネタリウムのことである。名古屋市科学館ではこの実寸大レプリカが2011年から展示されており、毛利氏は当時からアイジンガープラネタリウムの研究を続けている。トークショーにおいて毛利氏は、振り子と錘の動力で精緻なメカニズムを駆動するアイジンガープラネタリウムについて「まさに『アイジンガー天文時計』とも呼べるもの」と表現した。

名古屋市科学館

名古屋市科学館で展示されている、アイゼ・アイジンガープラネタリウムの実寸大レプリカと、「プラネタリウム アイゼ・アイジンガー リミテッド・エディション」のサンプル品。

プラネタリウムアイゼアイジンガーリミテッドエディション

クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ「CVDK プラネタリウム アイゼ・アイジンガー リミテッド・エディション」
アイゼ・アイジンガーへのオマージュモデル。自動巻き(Cal.CVDK7386)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約96時間。Ptケース(直径40mm)。5気圧防水。世界限定6本。1320万円(税込み)。

 縁というものはつながるものである。アイジンガープラネタリウムが世界遺産に選ばれた2023年、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの新CEOに就任したばかりのピム・コースラグ氏がこのレプリカを見に名古屋市科学館を訪れた。そして同館が誇る「世界最大級」のプラネタリウムドームの壮大な外観に感動したコースラグ氏の胸に、同ブランドの代名詞である「世界最小プラネタリウム」とのコラボレーションの構想が即座に芽生えた。早くも翌年に完成した「CVDKプラネタリウム 名古屋市科学館モデル」全6本のうち、貴重な1本が名古屋市科学館に寄贈され、常設展示されている。(これに先駆けてクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウから同館へ、「プラネタリウム アイゼ・アイジンガー リミテッド・エディション」のサンプル品も寄贈された)。

毛利氏とピム氏

2024年11月に行われた、名古屋市科学館への「CVDKプラネタリウム 名古屋市科学館モデル」寄贈式にて。時計を挟んで写る毛利氏(左)と、コースラグ氏(右)。

プラネタリウム名古屋市科学館モデル

クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ「CVDKプラネタリウム 名古屋市科学館モデル」
世界最大級のプラネタリウムドームを持つ、名古屋市科学館とのコラボレーションから誕生したモデル。コンセプトは「世界最大級と世界最小とのコラボレーション」だ。特徴的な文字盤は、名古屋市科学館のシンボルである球体ドームが表現されている。自動巻き。32石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm)。世界限定6本。1210万円(税込)。

 毛利氏は、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ最新作の「グランド・プラネタリウム エキセントリック メテオライト」の文字盤に用いられた隕石についても詳細に解説した。「文字盤の上にある5つの欠片の隕石は、『ナクライト』という火星にある火山が13億年前に噴火してできた岩石(玄武岩質マグマ)です。それが1億年前に火星から飛び出しました。火星に大きな隕石が落ちたため、重力や引力を振りほどいて宇宙空間に飛び出したのでしょう。それが1万年前ぐらいに地球へ落ちてきた。そして、2020年にアルジェリアの砂漠で拾われた。こうしたすごい歴史を持った隕石なんです」。

グランドプラネタリウムエキセントリックメテオライト

文字盤に取り付けられた5つの隕石の欠片は、アルジェリアの砂漠で拾われた火星由来のもの。これが取り付けられた位置は、太陽系儀を示す文字盤の小惑星帯にあたる位置(火星と木星の間)である。なおその文字盤と、ケース全体、リュウズは、中国奥地のゴビ砂漠で発見された鉄隕石である。大変な難削材のため、ケース1点につき1.09kgの塊から慎重に削り出され、最終的に47gのケースとして仕上げられる。

 一方、ケースと文字盤に用いられた隕石には、同館との縁を感じさせる興味深い話があった。

「この隕石の“ウィドマンシュテッテン模様(格子状の模様)”は、数万年に1℃下がるほどの、気の遠くなる年月をかけて鉄とニッケルの成分がゆっくりと冷え固まることで形成されたものです。太陽系の惑星が誕生した約46億年前、現在は存在しないある星の中心部で生まれた物質が、その後地球に落ちてきたのでしょう。時計のケースにするためには、隕石がある程度大きく、かつ均質でなければなりません。その観点から、地球上で確認されている多くの隕石の中から、ケースに使われた隕石は3種類までに絞られます。そのうちのひとつは、実は2000年に名古屋市科学館で展示したことがあるものです。もしかすると、この時計ケースに使われた隕石は、その時と同じものかもしれません。」

クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウCEO ピム・コースラグ氏 テーマ:「グランド・プラネタリウム エキセントリック メテオライト」

「グランド・プラネタリウム エキセントリック」のムーブメント設計について語るピム・コースラグ氏。

 今回のイベントに合わせて来日したクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ3代目CEOのピム・コースラグ氏からは、ウォッチコレクターズウィークのハイライトとなった新作「グランド・プラネタリウム エキセントリック メテオライト」について解説された。その冒頭、まずは自社の説明があった。「昨年2024年にクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウは50周年を迎えました。今年で81歳になる創業者のクリスティアンは1974年に工房を構え、“天文時計専門メーカー”として天文置き時計から製作をスタートしました。今日、私たちの拠点はオランダのアムステルダム空港から車で20分ほどの距離にある、美しい建物の中にあります。この工房で使われている機械は創業当初から引き継いでいるものです」。

 なお、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの時計のピン、ネジ、レバー類はすべてここで自製されているとのこと。

グランドプラネタリウムエキセントリックメテオライト

「グランド・プラネタリウム エキセントリック メテオライト」のケースバック。なお、地板の表面をよく見ると、白い点々がちりばめられている。実はこれらの白い部分は、すべて星形のモチーフで構成されている。顕微鏡でしか判別できないほど微細な意匠だ。

 コースラグ氏は続けた。「グランド・プラネタリウム エキセントリックに搭載されるムーブメントは我々が作ってきた中でも最も複雑なものです」。このムーブメントは、365個の部品と3338個の歯数から構成されるものだ。

「この複雑機構の計画は2022年から始動しました。クリスチャンは図面の仕上げも計算も、すべて手作業で行います。手描きで仕上げられた図面をまず2Dに、最終的に3DのCADプログラムに仕上げて進めました。惑星のペイントもすべて手作業です。地球の大きさは直径1.2mmで、顕微鏡で見ると海洋や大陸まで描かれていることが分かります。太陽から最も近い水星の公転周期は約88日、最も遠い海王星は約164年。8つの惑星が描く壮大な宇宙のスケールを、この腕時計は文字盤上で忠実に再現します」。

イメージ模型

惑星の着彩もすべて手作業で行う。なお、地球のみスイス在住の専門職人に任されるが、他はすべて自社の時計職人たちが行う。ひとつの惑星に対して単色ではなく、複数の色を組み合わせている手間の掛けようだ。

『クロノス日本版』編集長 広田雅将 テーマ:「クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウについて」

天文時計を製造することの難しさと、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの特異性について語る本誌・広田雅将編集長。

 最後に登場した本誌・広田雅将編集長が語ったのは、「天文時計を製造することの難しさ」である。惑星の動きを示す天文時計の基本的なメカニズムは、時分表示の基本輪列をもとに、星ごとに合わせて回転速度を落としていく仕組みだ。「理論上はシンプルだが」と前置きし、広田氏はこう説明する。

「スピードを落とす方法はふたつあります。ひとつは非常に精密な歯車を作ること。もうひとつは(部品数を増やすために)ケースサイズを大きくすること。だから市場に存在していた天文時計は、数十年前まで基本的にクロックしかなかったのです。それが1980年代くらいから精密な歯車を製造できるようになり、腕時計タイプの天文時計が花開きかけました。しかし、結局は難しかった。歯車を細かくし、パーツ数を増やすと時計は衝撃に弱くなり、かみ合わせの悪さで止まりやすくなるからです。天文時計製造では精密な歯車を持つことが大前提。ただ、それを手に入れても最終的に完成させるのは非常に難しい。だから天文時計はあまり作られないのです」。

 こうした中で特異性を放つのが、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウである。
「ヴァン・デル・クラーウは精密な歯車を作り、それを確実に組み立てる。そして可能な限り、天文時計を機械式で腕時計サイズにまで突き詰めようと、長年挑み続けてきた。今でしか作り得ない天文時計の、最も尖った部分を手掛けている。(精密な惑星儀を搭載した)グランド・プラネタリウム エキセントリックを、ケース径44mmというこのサイズで実現したというのは、実は途方もないこと。これは言い換えれば、天文を示す時計のひとつの究極形と言えるでしょう」。

INDIGO3部作

広田編集長からは、ブルーのメテオライトを文字盤に採用した、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの伊勢丹限定モデル「インディゴ 3部作」も紹介された。
(中央)世界最小プラネタリウムを備えた「プラネタリウム インディゴ」。
自動巻き。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm)。5気圧防水。ユニークピース。1210万円(税込み)。
(左)1万1000年に1日の誤差の高精度3Dムーンフェイズを搭載した「リアルムーン ヤウレ インディゴ」。
自動巻き。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm)。5気圧防水。ユニークピース。880万円(税込み)。
(右)1年で1周する星座盤を備えた「オリオン インディゴ」。
自動巻き。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径40mm)。5気圧防水。ユニークピース。715万円(税込み)。

 非常に精緻な機構によって宇宙の理を腕時計へと凝縮し続けるクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ。最後に広田編集長がCEOコースラグ氏へ投げ掛けたのは、「動かすことが難しいというリスクを負ってまで、なぜそこまで精密さを追求するのか」という問いであった。その答えは、かつてマスターウォッチメーカーとして数々の開発で名を馳せた彼が、今は尊敬する先人たちから受け継いだ工房と精神を忠実に守り抜く決意を映し出していた。

「確かに精密さを極めようとすればするほどリスクは増します。しかし、我々がブランドとして重視しているのは、美しく優れたプロダクトを生み出すことに加え、その背後に科学的な根拠が確かに存在することです。それによって他のブランドとは一線を画す存在でいられる。その信念こそ、我々が何より大切にしているものです」。



Contact info: 伊勢丹新宿店 本館5階 ウォッチ Tel.03-3352-1111(大代表)


ケース全体を隕石で作ったクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ「グランド・プラネタリウム エキセントリック メテオライト」

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11月3日、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウCEOのトークイベント開催。天体モデルの展示も

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創業から半世紀を経てなお、存在感を増す天文時計ブランド「クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ」

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