BREGUET マリーン エクアシオン マルシャント 5887 / ブレゲと「均時差」かくも永き蜜月

2017.08.22

凝縮されるブレゲのコンプリケーション

極めて精密な均時差表示を搭載した「マリーン エクアシオン マルシャント 5887」。
トゥールビヨンキャリッジと均時差カムを同軸に置くという離れ業が、腕時計用としては最大級の均時差カムを与えることを可能にした。
加えて、永久カレンダー機構を小型化することで、理論上の耐衝撃性を大きく高めている。

トゥールビヨンキャリッジと同軸上に置かれたサファイアクリスタル製の均時差ディスク。1年で1回転するこのディスク上に、均時差カムが固定される。なお、ディスク外周の歯と均時差カムはLIGAで成形されたもの。衝撃への配慮を感じさせるのが、均時差カムとレバーの噛み合い。レバーの先端をカムの外周に押し付けるのではなく、カムの内側に引っ掛けることで、ショックを受けても外れにくくしている。

 経度が分かれば時差が分かるということは、その逆もあるということだ。時差と経度の置き換えは簡単で、時差に経度の単位「15」を掛けるだけである。仮にグリニッジ天文台との時差が+10時間18分41秒ならば、今の位置は東経154度40分15秒となる。そして、その時差が正確になるほど、経度も正確に算出できる。簡単に言うと、マリンクロノメーターとはその時差を知る物差しであり、だからこそ正確さが求められたのである。

 しかし、仮にマリンクロノメーターが正確になっても、グリニッジ天文台との時差が正しいとは限らない。というのも、時差を測る基準となる太陽は、正午に真南に昇るとは限らないからだ。

輪列を小型化できるトゥールビヨンは、複雑機構のベースに向いている。しかし、トゥールビヨンキャリッジ上の余白を複雑機構に充てた例はかつてないだろう。それを可能にしたのは、ベースムーブメントに薄型のトゥールビヨンを用いたため。キャリッジの上に均時差ディスクを重ねても、ケース厚は11.5mmしかない。キャリッジは極めて巨大だが、テンプは2万8800振動/時もある上、パワーリザーブも約80時間ある。フリースプラングのため耐衝撃性も高いだろう。


 船が搭載するマリンクロノメーターは、基本的には常にグリニッジ標準時を示している。太陽が真南に昇ったタイミング(真太陽時)でマリンクロノメーターの時刻を確認すると、それがすなわちグリニッジ天文台との時差となり、そこに15をかけると、理論上は現在地の経度が分かる。しかし、地球の地軸は傾いており、地球と太陽との距離も1年を通して一定ではない。そのため、日によって真太陽時は変わってしまう。つまり、正確な経度を知るには、マリンクロノメーターを使って正確な時差を割り出すだけでなく、それを均時差で補正する必要があった。マリンクロノメーターが開発されたすぐ後の1766年に、真太陽時も記された『航海暦』が発行されるようになったことを考えれば、マリンクロノメーターと均時差表示は切っても切れない関係だったことが分かる。そして、マリンクロノメーターのスケッチに均時差表示機構を描き込んだブレゲは、おそらく航海暦なしでも使える、完全なマリンクロノメーターを作りたかったのだろう。