創業250周年を祝った2025年、数々の記念モデルによってメゾンの歴史と伝統をあらためて強く印象付けたブレゲ。今年はそのビジョンを代表作の「トラディション」コレクションで新たに展開する。2005年の登場から20年あまりを経て、「伝統」の現代的アップデートが、まさに今始まった。

Photographs by Eiichi Okuyama
菅原茂:文
Text by Shigeru Sugawara
竹石祐三:編集
Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2026年7月号掲載記事]
伝統を現代に、新トラディションの現在地
数ある高級時計ブランドの中で、伝統の濃度や純度が極めて高いのは間違いなくブレゲだろう。1775年の創業から長い歴史を経た今もなお、アブラアン-ルイ・ブレゲに由来する技術やデザイン、ストーリーが精彩を放ち続けているからだ。

60秒のレトログラードセコンドが備わる「トラディション 7037」は、最初期に登場した代表モデルのひとつ。新作は、従来のローマ数字を配したギヨシェ彫りからブレゲ数字を配したグラン フー エナメル仕上げに置き換えたオフセンターダイアルをはじめ、両面をブルーに彩ったムーブメント、スネイル模様のギヨシェ彫りを施した香箱蓋、初のラバーストラップなどを特徴とし、伝統回帰と現代的なアップデートを同時に実現した。自動巻き(Cal.505SR)。38石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWGケース(直径38mm、厚さ12.7mm)。3気圧防水。761万2000円(税込み)。
現代のブレゲが「トラディション=伝統」と命名したコレクションを発表したのは2005年である。従来のクラシカルなスタイルとは趣が異なり、見方によっては前衛的にも思える異形のデザインに驚く者も少なくなかったが、ブレゲの歴史に詳しい者たちは、創業者ブレゲが考案した「スースクリプション ウォッチ」と「モントレ・ア・タクト」に搭載されていた独創的な設計のムーブメントから着想して、それを腕時計のデザインへと翻案したのがこのトラディションなのだと、すぐに気付いたに違いない。
実際に05年発表の初代モデル「トラディション 7027」を19世紀初頭に販売された懐中時計「モントレ・ア・タクト №2292」と比べると、その類似性は一目瞭然。中央に堂々と構える大型の香箱、完全に均整を保ちながら左右対称に並ぶ同サイズの歯車とパラシュート耐衝撃機構を模した装置が付くテンプ、ケース12時位置のオフセンターダイアルといったムーブメントのレイアウトが酷似しているのはもちろん、ダイアルのローマ数字とブルースティールのブレゲ針、地板とカンチレバー式ブリッジに施されたゴールド仕上げおよびマットなグルネイユ仕上げ、青焼きネジなど、細部の隅々に至るまで歴史的な意匠が反映されていることが分かる。私たちが腕時計の表側として目にする露わなフェイスは、伝説的な懐中時計の中身であり、同時にそれは通常はケース内に隠れているムーブメントの裏側という、実に凝った演出なのである。


創業250周年記念モデルの第1弾として昨年発表された「クラシック スースクリプション 2025」でも忠実に再現されたように、このようなムーブメントの特徴的な構造の起源は、1796年から予約方式で販売が始まった1本針のシンプルな懐中時計スースクリプション ウォッチに遡るが、トラディションではさらに一歩進み、唯一無二のビジュアルアイデンティティーを一貫して守りながら、付加機能によって着実に進化の系譜を築き上げてきた。すなわち、初代モデルに搭載されたパワーリザーブインジケーターを筆頭に、レトログラード式のスモールセコンド、古典的な鎖引き円錐滑車によるコンスタントフォース機構を組み込んだトゥールビヨン、独立した動力で駆動する画期的なクロノグラフ、デュアルタイムスタイルのGMT、反復式の日付針を巧みに用いたレトログラードデイトなどだ。またこれらに取り入れられた技術革新や数々の特許も注目の的になった。

デビューから20年間にわたってさまざまな個性的モデルが誕生したトラディションだが、アップデートによって一段と洗練された現代的スタイルへと変化した今年の最新作を、次に詳しく見てみよう。
創業250周年を記念した昨年は、アブラアン-ルイ・ブレゲの精神や考案を腕時計に具現化することに力を注いだが、その流れに沿って今年のブレゲが試みたのは、トラディションの再解釈だ。創業者のビジョンを忠実に反映するために、歴史的な考え方に即してコレクションを現代的な方向へと進展させたのである。


すでに概観したように、トラディションの特徴はスースクリプション ウォッチに直結するデザインや機構にある。つまり、クラシックコレクションの代表的なモデルと同様に、歴史遺産を成すブレゲの重要な懐中時計を腕時計に翻案したのがトラディションだ。
アプローチはまず、12時側に置かれたオフセンターダイアルの仕様変更だ。昨年の250周年記念モデル「トラディション 7035」にその前兆が発見できたように、新作ではオフセンターダイアルが、伝統的なグラン フーエナメルと創業者アブラアン-ルイ・ブレゲが1783年にデザインした独特の斜体アラビア数字、すなわちブレゲ数字とで構成され、確かにスースクリプション ウォッチのダイアル意匠に直接結び付くようになった。新しい「トラディション 7037」や「トラディション レトログラードセコンド 7097」のホワイトダイアルでは特に顕著だ。だが一方で、ブレゲは「トラディション GMT 7067」で初のグリーングラデーションのグラン フー エナメルに挑み、「トラディション 7038」では初のブラックアベンチュリンガラスを採用するなど、伝統と同時に、現代的なアップデートにも取り組んでいる点は見逃せない。


新トラディションでは、ほかにも創業者ブレゲの考案に直結する、また別の伝統的な要素がある。それは、ケースバックのサファイアクリスタルから見える三日月形のプラチナ製ローターだ。1780年頃に発明された自動巻き時計「ペルペチュエル」の巻き上げ機構から着想したこのローターは、形状や素材に関しては伝統回帰、仕組みは現代的という、相反するような面を併せ持ち、ブレゲの現行モデルのみならず、他の一般的な自動巻きモデルにおいても極めて異色の存在だ。
さらに、ムーブメントの装飾やカラーリングに新しさが明確に表現されている。香箱蓋にはモデルによってスネイル模様やサンレイ模様のギヨシェ彫りが施され、グルネイユ仕上げの地板やブリッジは明快なブルーや濃厚なブラック、あるいはアンスラサイトグレーに彩られ、色彩効果でスタイリッシュな印象が生まれている。また、フェイスのトーンに合わせたラバーストラップや、ストラップ交換が工具なしで容易に行えるインターチェンジャブル方式に対応したラグ形状も初の試み。現代人のテイストやライフスタイルにマッチした新しさがトラディションに取り入れられているのだ。
伝統は、時代に即した更新を通して本物の生きた伝統になる。新世代のトラディションは、そんなブレゲの精神を体現する秀逸な時計だ。従来の愛好家だけでなく、若い世代にも魅力をアピールするに違いない。
「トラディション 7037」のプラチナケースを用いたバリエーションモデルは、グラン フー エナメルによるブラックのオフセンターダイアル、両面ブラック仕上げのムーブメント、同色のラバーストラップなど、モノトーンのカラーリングがモダンでスタイリッシュなイメージを生む。自動巻き(Cal.505SR)。38石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。Ptケース(直径38mm、厚さ12.7mm)。3気圧防水。837万1000円(税込み)。
GMT機能が備わる「トラディション GMT 7067」の新作は、グリーングラデーションのグラン フー エナメルによるオフセンターダイアル、ブレゲ数字とオリエンタル数字の2種類を展開する第2時間帯表示、ラバーストラップなど、トラディション初となる特徴が取り入れられている。自動巻き(Cal.507DRF)。40石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。Ptケース(直径40mm、厚さ12.1mm)。3気圧防水。1057万1000円(税込み)。
レトログラードセコンドをオフセンターダイアルに重ね、秒表示を強調する「トラディション レトログラードセコンド 7097」。新作はブレゲ数字を配したグラン フー エナメルのオフセンターダイアルを初採用し、秒表示とのバランスも変更。ムーブメントの仕上げやストラップも新しい。自動巻き(Cal.505SR1)。38石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KRGケース(直径40mm、厚さ11.8mm)。3気圧防水。727万1000円(税込み)。
ダイヤモンドをあしらい、女性向けにデザインされていた「トラディション 7038」の新作は、オフセンターダイアルにブラックのアベンチュリンガラスを採用するトラディション初のモデル。ソレイユ模様のギヨシェ彫りを施した香箱蓋やムーブメントのローターも新鮮な印象を与える。自動巻き(Cal.505SR)。38石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWGケース(直径37mm、厚さ11.6mm)。3気圧防水。851万4000円(税込み)。



