宇宙飛行士のために作られた腕時計、IWC「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」をレビュー

2026.07.22

2026年、IWCは宇宙空間での使用を目的とした腕時計を発表した。「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」は宇宙飛行士に向けて設計されたモデルであるが、地上でも着用可能だ。今回われわれは、ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで世界初公開される直前に、この腕時計を実際に試す機会を得た。

パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ

リュディガー・ブーハー:文
Text by Rüdiger Bucher, originally published by WatchTime
IWC:写真
Photographs by IWC
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2026年7月号掲載記事]


宇宙ステーションのための腕時計

 IWCは約90年にわたりパイロットウォッチを製造してきたが、シャフハウゼンの同社はついに次のステップへ進むべき時が来たと判断した。そのステージこそが宇宙である。新作「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」は、宇宙ステーション内や船外活動など、宇宙空間での使用を前提として、ゼロから設計された腕時計だ。

パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ

パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ
蓄光塗料が塗布された時針・分針はダイヤモンド状の形状をしている。また、UTC針にも同じく蓄光塗料が塗布されているが、矢印型の形状をしており見分けやすい。時刻合わせや主ゼンマイを巻くために使用する回転ベゼルは、薄型ながらも切れ込みが入れられており、操作性への配慮がうかがえる。自動巻き(Cal.32722)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。セラミックス×セラタニウム®ケース(直径44.4mm、厚さ16.7mm)。10気圧防水。407万9900円(税込み)。

 その点が、かつて宇宙で使用された、あるいは宇宙用としてテストされたほかの腕時計、有名なオメガの「スピードマスター」や、フォルティスの歴代および、現行の宇宙用腕時計などとは大きく異なる。本作は、まず宇宙服を着た飛行士のために作られており、地上でも着用できるのだ。決してその逆ではない。

VASTとの協業

 本作へと至るこのプロジェクトにおいて、IWCはアメリカの宇宙企業VASTと協業した。VASTは2021年に暗号資産で財を成したジェド・マケーレブによって設立された。カリフォルニア州ロングビーチに本拠を置き、商業宇宙ステーションの建設を専門としている企業だ。同社は、2030年に運用終了が予定されている国際宇宙ステーションに代わる独自ステーションの構築を目指しているという。2025年には実証衛星ヘイブン・デモの飛行に成功し、すでに軌道上での最初の経験を積んでいる。2027年には、初の商業宇宙ステーション、ヘイブン1の運用開始が予定されている。

パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ

セラタニウム®製の裏蓋中央にはVASTとの提携を象徴するロゴを配置。その周囲には、10気圧防水性能やモデル名に加え、本作が過酷な宇宙環境に公式に適合していることを証明する、「SPACEFLIGHT QUALIFIED」の文字が誇らしげに刻印されている。

 IWC自身も近年、宇宙分野で経験を積み重ねてきた。同社の数モデルは、民間宇宙飛行ミッション「インスピレーション4」および「ポラリス・ドーン」に同行している。また、欧州宇宙機関の宇宙飛行士トマ・ペスケも、国際宇宙ステーションに6カ月滞在した際にIWCの腕時計を着用していた。しかし、これらはいずれも地上用パイロットウォッチを、宇宙で着用していたに過ぎなかった。今回IWCは、初めて宇宙での使用を前提として専用設計された腕時計を開発したのである。

リュウズのない腕時計

 VASTとの協業から、この腕時計にはさまざまな要求事項が課された。その中でも特に重要だったのが、3時位置にある巻き上げ用兼時刻調整用のリュウズを廃止することである。

パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ

通常のリュウズに代わり、操作の要となるロッカースイッチ。このスイッチを操作して内部のモードを切り替え、外周の回転ベゼルを回すことで、主ゼンマイの巻き上げから時刻の調整までのすべてを行う。グローブ着用時でも確実な操作を可能にするインターフェイスだ。

 理由は明快だ。ミッション開始から大気圏離脱までの間、宇宙飛行士はグローブを含む加圧スーツを着用しなければならず、そのうえ身体の可動域も大きく制限される。この状況下では、右手の親指で9時位置にあるプッシャーを操作する方が、3時位置のリュウズを扱うより容易なのである。

 そのためIWCは、ケース左側に配置されたブラックのロッカースイッチによって操作する、回転ベゼル式システムを考案した。このベゼルの動きを巻き上げや針合わせへ伝達するクラッチ機構は、バーティカル・ドライブと呼ばれている。

デザインから受けた第一印象

 パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブは、第一印象として確かに未来的な雰囲気を漂わせている。その理由は、リュウズが存在しないこと、目立つロッカースイッチを備えていること、そして印象的なモノトーンコントラストにある。

 今回IWCと協業したVASTがホワイトを基調としたイメージ戦略を採っていることから、IWCはホワイトセラミックス製ケースを採用し、同じくホワイトのFKMラバーストラップを一体化させた。これに対し、ブラック文字盤と、同じくブラックのセラタニウム®製回転ベゼルが、最大限のコントラストを生み出している。

パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ

漆黒の宇宙を思わせる文字盤に円を描く、地球の地平線をイメージしたブルーリング。その長さに合わせたブルーの秒針とともに、モノトーンの本作におけるアクセントとなっている。

 セラタニウム®は、IWCが独自に開発し、これまで何度も採用してきた素材だ。チタンベースの合金に特殊処理を施し、表面をセラミックス状へ変化させることで、軽量性・高硬度・耐傷性を実現している。宇宙空間に適した素材と言えるだろう。

 予想通り、本作の装着感は快適そのものである。軽量で手首になじみ、角張った部分もない。ケース径44.4mm、厚さ16.7mmというサイズは存在感こそあるが、決して過剰な大きさではなさそうだ。

パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ

真横から見た本作。ホワイトカラーのセラミックス製ケースとFKMラバーストラップの一体感は見事だ。

時刻と第2時間帯

 正直に言えば、“地球人” にとって本作の表示や機能は、一見しただけではやや理解しづらい。まず目に入るのは、文字盤外周リングに配された24時間表示の目盛りである。これはホワイトの矢印状の先端を持つUTC針用の目盛りであり、この針は24時間で文字盤を1周する。他方、通常の時針は12時間で1周する。

 つまり地上において本作は、ごく一般的なトラベラーGMT、すなわち第2時間帯表示付きの旅行者向けの腕時計として機能する。通常状態ではUTC針を24時間表示として使用できるため、時針が10時を示していたとしても、UTC針が指し示す時間を見れば、それが午前なのか午後なのか、瞬時に判別することが可能だ。別のタイムゾーンへ移動した際には、時針のみを1時間単位で独立して調整し、現地時間に合わせられる。その間も分針と秒針は動き続けるため、精度は維持される。24時間針は変わらずホームタイムを表示し続けるという仕組みだ。

パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ

宇宙専用に設計されたモデルとはいえ、直径44.4mmのホワイトセラミックス製ケースは地上での日常使用にも十分になじむ。レザージャケットのようなカジュアルな装いと合わせれば、その近未来的なデザインとモノトーンのコントラストが独自の存在感を放ち、地球上では実用的なGMT時計として機能する。

 他方、宇宙ステーションにいる宇宙飛行士にとっては、時針とUTC針を同期させて使用する方が合理的である。この場合、UTC針は24時間表示、あるいは昼夜表示として機能する。宇宙ステーションは約90分ごとに地球を周回し、乗組員は1日に最大16回の日の出を見ることになるため、24時間表示は時間感覚を失わないために有効と言えるだろう。

文字盤上の分かりにくさ

 IWCは文字盤を可能な限りミニマルに保ち、使用者に過剰な情報を与えないよう配慮した。しかし、このアプローチには欠点もある。まず通常の時針専用の目盛りが存在しない。12時間表示には、インデックスどころか、目盛りさえもない。唯一の手掛かりは、2から24までの偶数が記されたインデックスだが、これはUTC針用であり、時針用ではない。視認性を考慮するならば、太さや長さを強調した12のインデックスを設け、他の目盛りと明確に差別化するべきだった。

 第2の欠点は、外周リング上には、60本の分目盛りのすぐそばに、24時間表示用の偶数数字(2〜24)が配置されていることから生じる錯覚だ。偶数と偶数の間に目盛りの線があれば、使用者は無意識に「この線が19や21といった奇数の時間を示しているのだろう」と勘違いして探してしまう。しかし、外周に引かれているのはあくまで「分」を表す60本の線に過ぎない。24時間と60分では縮尺が異なるため、奇数の時間をピタリと指し示す線はそもそも配されていない。

 もっとも、この混乱はすぐ慣れる。何が何を示しているのか理解すれば、時計自体は十分読み取りやすい。最も明瞭なのは、文字盤と外周リングの間の、見返しリングに印された秒表示目盛りだ。細いブルーリングによって文字盤と区切られており、同じブルーで塗装された秒針との対応関係が明確に示されている。

 しかし第3の問題点は残る。UTC針が比較的短いという点だ。IWCは、おそらくUTC針がどれか特定の目盛り、特に秒目盛りを指していると誤解されないように、あえてこう設計したのだろう。UTC針が指し示すのは外周リング上の偶数の数字だけである。しかし、宇宙空間では24時間表示が重要であることを考えると、やや惜しい部分だ。

 それ以外では、この表示はモノトーンのコントラストによって成立している。マットブラックで反射の少ない文字盤上では、ホワイトカラーの蓄光塗料を塗布した、ダイヤモンド形状の時分針の先端と、矢印型のUTC針の先端がよく目立つ。そのため昼夜を問わず視認性は高い。さらに3時位置の日付表示窓が情報を補完する。ホワイトの日付数字は、24時間表示と同じフォントで、ブラックのディスク上に表示され、強い存在感を放っている。

ロッカースイッチの機能

 ベンチュラー最大の特徴は、この革新的な巻き上げ・時刻調整システムにある。リュウズが存在しないため、その役割を9時位置の3ポジション式ロッカースイッチが担う。ニュートラル位置では、ベゼルを反時計回りに回すことで手巻きが可能である。もっとも、自動巻きムーブメント、Cal.32722を搭載しているため、腕の動きによる自動巻きも行われる。なお、このキャリバーは約120時間のパワーリザーブを備えたものだ。

 そして、スイッチ下端を少し上へ押し上げると、次の機能へ移行する。この状態では、ベゼル回転によって時針を調整することが可能だ。こうして、第2時間帯を設定することができる。多少慣れれば、スイッチを正しい位置へ持っていく操作はすぐに身につく。

練習なしでは成功しない

 次の段階である、分針も含めた時刻調整はより難しい。この操作では、ロッカースイッチ下部を特定の角度で横方向へ押し込まなければならない。正確な押し込みポイントを見つけなければ何も起こらないのである。この操作は、コツをつかむまで何度か練習が必要だ。宇宙服のグローブ越しでは、地上で素手のまま操作するよりさらに難しいだろう。

 もっとも、これは私がテストした試作機特有の問題だった可能性もある。IWCが4月中旬のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで正式発表した際に触れた別個体では、かなり容易に操作できた。操作に成功すると、小さなクリック音が聞こえる。スイッチが固定され、秒針が停止する。この状態では、ベゼルを回すことでほかの3本の針が連動して動く。

 ただし、ここでひとつ問題がある。すでに説明した技術的な操作順序、IWCがプレス資料でも案内している順番は、実際のユーザーにとって最適な順序ではない。なぜなら時刻設定が完全に合っていない場合、まず現在時刻を合わせ、その後で第2時間帯を設定したいからである。つまり、実際には分針も含めた時刻調整を先に行い、その後で、時針の単独調整を実行することになる。小さな設計上の違和感ではあるが、実使用において大きな障害になるほどではない。

徹底した宇宙環境テスト

 VASTはロングビーチ本社において、本作に対して3種類のテストを実施している。

パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ

ロケット打ち上げ時をシミュレートした振動テストの様子。風防と固定具に対して、Y軸とZ軸のふたつの位置に加速度センサーを装着し、最大9.56Gに及ぶ過酷な重力加速度や激しい振動に対する時計の耐性を厳密に検証している。

 振動試験では、最大9.56Gに達するロケット打ち上げ時の負荷を再現した。減圧試験では急激な気圧低下環境下での挙動を検証し、その結果、本作の風防が脱落しないことが確認された。ただし、VASTの提案により、万一風防が破損した場合でも破片が船内に飛散しないよう、IWCは風防表面に保護フィルムを追加した。

 さらに材料適合性試験では、揮発性有機化合物のガス放出がこの腕時計からないかを検査した。これは、乗組員や宇宙ステーションの生命維持システムに悪影響を与える可能性が考えられるためである。

 最終的に本作はすべての試験をクリアし、ヘイブン1環境基準を満たしたことで、VASTから正式な宇宙飛行認証を取得するに至った。

結論

 IWCのパイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブを選ぶ者は、印象的かつ魅力的なデザインを備えた腕時計を手にすることになる。それは、宇宙飛行士のために専用開発された腕時計という、強い個性を持つ。表示や操作には多少慣れが必要だが、それさえ乗り越えれば、地上においても十分実用的に使用可能だ。

 もっとも、この宇宙時計は決して安価ではない。IWCはその価格を407万9900円としている。

パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ

ホワイトのFKMラバーストラップには、「IWC」ロゴが刻印されたブラックのピンバックルが備わる。



Contact info: IWC Tel.0120-05-1868


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