今でこそ忘れ去られたが、かつて時計業界の話題の中心にあったのは、いわゆるETA2020年問題だった。エボーシュムーブメントの供給を止めるというETAのアナウンスは、結果として自社製ムーブメントの開発を促し、ユニークなサプライヤーを輩出するようになった。ETA2020年問題とは一体何だったのか、改めて振り返りたい。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Text & Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]
ETA2020年問題とは一体何だったのか
今や当たり前となった自社製ムーブメント。その引き金を引いたのは、いわゆるETA2020年問題だった。ETAを傘下に持つスウォッチ グループは、2002年7月にETA製エボーシュの供給停止・削減のアナウンスを行った。しかし、時計業界の要請を受けて、スイス連邦競売政策委員会(COMCO)がその決定に介入。エボーシュの供給停止は10年に、そして最終的には20年1月1日に延期された。しかし、グループ外の中小時計メーカーへの新規供給は可能だが、その場合には全ての希望事業者に応える義務があるとなった。

スウォッチ グループがなぜこういった決断を行ったのかは、正直、関係者でさえ分からないようだ。COMCOが介入した結果、ETAが自由にムーブメントを売れなくなったことを考えればなおさらだ。COMCOの規制は時計業界から強烈な反発を呼び起こしたが、結果として、ETAはグループ外に対する巨大な影響力を失い、セリタのような第三者の台頭を招くことになった。19年の時点で、ETAは1年間で約600万個の機械式ムーブメントを生産したと言われる。しかし、グループ外に供給したのはわずか100万個のみ。これはセリタの半分以下だった。
結果はさておき、ETAのアナウンスとそれに続くサプライヤーの買収合戦は、ETAに代わるムーブメントメーカーに好機を与え、高価格帯のメーカーをマニュファクチュールに向かわせることになった。当初各社が取り組んだのは、基幹ムーブメントの開発だった。ユリス・ナルダンやブライトリング、そしてIWCなどが好例だ。続いてそれは複雑時計の進化を促すようになり、小さなムーブメントメーカーもその恩恵を受けるようになった。そして現在は、少量多品種ながらも、高品質なムーブメントを製造できるメーカーが出現しつつある。ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンやコンセプト、そしてル・セルクル・デ・オルロジェなどである。時計に対する旺盛な需要は大規模な設備投資を可能にし、それは価格の上昇というデメリットを伴ったものの、機械式時計の質を引き上げ、さらに多様性をもたらしたのである。
では今後、機械式時計のムーブメントはどのように変わっていくのだろうか。低価格帯では、強大なETAは何も変わらないだろう。COMCOの規制は、結果としてETAのムーブメントを大きく進化させ、圧倒的な競争力を持たせることとなった。その最たる例が、約80時間ものパワーリザーブを持つパワーマティック80だ。これに抗する各社は、性能意外の要素を打ち出さざるを得ないだろう。ランデロンのリバイバルはそのひとつと言える。そして中価格帯以上の時計はカスタマイズに力を入れるだろう。あのセリタでさえも、AMTでカスタマイズを打ち出したのである。もっと規模の小さなメーカーは、よりカスタマイズに力を入れざるを得なくなるのではないか。そしてもうひとつは、より一層のハイエンド化だ。IWCの「ポルトギーゼ・エターナル・カレンダー」やヴァシュロン・コンスタンタンのザ・バークレーは、そういったサンプルと言えるだろう。






