私たち『クロノス日本版』編集部は、時計愛好家の生活という特集を通じて実に魅力的な趣味人たちに会ってきた。しかし、今回紹介するZECKさんは、ひょっとしてその中でもトップクラスに面白い人かもしれない。所有するのは、パテック フィリップやレアピースを筆頭に300本。ブレゲにユニークピースを作らせた日本人はおそらく彼のみではないか。しかし彼の本領は、そういった枠に囚われない、自由奔放な時計選びにある。フランク ミュラーの「ロングアイランド NAMENNAYO」も愛する、ZECKさんの面白人生をとくとご覧あれ。

歯科医。手先の器用さを生かすべく大学の歯学部に入学。後に歯科医院を開業し、グループ化に成功する。「集中するのが好き」と語るZECKさんの趣味はウィンドサーフィン、クレー射撃とドライブとのこと。「運転しているときだけはオフになるんですよね」。現在所有する時計は300本以上、クルマは11台。
Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan), Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]
「時計もクルマも、待つのが楽しい。待つと喜びが増えるし、それは生きている証しです」

比較的門戸の広い時計オークション。しかし、その中で極め付きに参加の難しいものがある。モナコ公国の後援で行われる「オンリーウォッチ」だ。各社のユニークピースが出展されるこのオークションは、時計愛好家ならば、一度はのぞいてみたいもの。しかし、実際参加するには、厳密な審査が行われる。つまり、ちょっと興味のある時計好きでは、絶対に門をくぐれないのである。そんなイベントに参加し、ユニークピースを落札し続けるのが、愛好家のZECKさんだ。彼は日本でも数人しかいない、オンリーウォッチへの参加資格を持つ人物なのである。
「もともと手作業が好きだったんですよ。ですから、小さい頃に戦艦の模型などを作っていました。友達に医療関係者が多かったので、であれば手先の器用さを活かせる歯科医がいいのかなと」。彼は31歳で歯科医院を起こし、やがてはグループとして規模を拡大させることになった。

「高校時代にホコ天でライブなどをやっていたんです。それで学生時代に、シルバーアクセサリーを集めるようになった。ロレックスにクロムハーツの付いたものがあることを知って、買ったのが時計趣味の始まりです」。加速させたのは、就職後だ。
「医局の先輩たちが、パテック フィリップのグランドコンプリケーションを自慢するんですよね。それで影響を受けて、最初にパテック フィリップの5070を買いました」。典型的な富裕層の買い方に思えるが、ZECKさんの選び方は実にマニアックだ。「5070はレマニアを載せているでしょう。だから、そのあと同じレマニアベースの5970も買いました。スプリットセコンドの5004も欲しかったですが」。彼が見せてくれたムーンフェイズ付きのノーチラスも、定番の5712ではなく、半年〜1年しか生産されなかった3712だ。オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」も「2120を載せたエクストラシンでないとダメですね」。
実のところ、ZECKさんは時計と同じか、それ以上にクルマにも魅せられている。現在所有するのは11台。「クルマ好きって、例えばフェラーリを買ったらフェラーリだけ、ポルシェを買ったらポルシェだけ、となる。でも僕は何でも好きなんですよね」。
時計趣味も同様だ。パテック フィリップに始まったZECKさんの時計趣味は、今やさまざまなジャンルに広がるようになった。「今持っているのは300本ぐらいでしょうか。1点もの、懐中時計、軍用時計、面白時計、ジュエリーウォッチ、なんでも買っちゃうんですよね」。筆者は色々なコレクターに会ってきたが、これほど無差別級の時計好きは、ちょっと見たことがない。


彼が見せてくれたのは、最近買ったエクセルシオパークとセコンドセコンドとのコラボレーションモデルである。「広田さんが着けているのを見て、表参道のHMSに行ったんですよ。このモデル、針をバットに見立てるだけでなく、ロゴも“out of the park”になっている。ホームランを場外へという意味ですね。ここまでやるのは面白いじゃないですか」。そんな彼が、女性用の時計も好むのは当然だろう。今でこそトレンドになっているが、ZECKさんは昔から女性用のミニウォッチを着けてきた。これだけ多種多様な時計を持っていたらひとつぐらい忘れそうだが、彼はすべての時計を明瞭に覚えている。「どの時計にも思い出があるから、絶対に売りませんよ」。
時計を巡ってエピソードを話してくれるZECKさん。「そうそう、そういえば最近ブレゲにユニークピースを作ってもらったんですよね」。同社は基本的に、そういった1点ものの製造を絶対に受けない。中東の王族でもないのに、なぜブレゲが応じてくれたのか。
「ブレゲに立ち寄って、オンリーウォッチを見られますかと聞いたのです。あれは参加できないと言われて、でも僕は何本か落札したと答えた。向こうが驚いて、であれば1点ものを作ったら、と勧められたんです。最後、ハイエックさんの承認が必要だったんですけど(笑)」。見せてくれたのは、いかにもZECKさんらしい時計だ。素材となったのはブレゲの「マリーン オーラ・ムンディ 5557」。彼はふたつの都市名を外し、そこに彼の名字とLOVEという印字を加えたのである。正直なところ、こんな面白い時計をブレゲが作るとは、全く予想外だった。もっとも、この話にはオチがある。「納品の時に、日本限定のマリーンも買わされてしまったんですよね(笑)」。

豪放磊落な買いっぷりを見せるZECKさん。もっともそれは、仕事に対する彼のシビアさの裏返し、ではないか。
「人の能力って大体同じなんですよ。だから人の3倍から5倍は努力しましたね」。今や驚くほどの成功を収めたのも、彼が真剣に仕事を続けたためだろう。
「歯科医のセミナーに行くと、保険のきかない自由診療をやりましょうと言うんです。その方が儲かりますからね。でも、大事なのは保険診療をしっかりやることなんです。私たちの患者様の半分以上は、毎月、定期的なメンテナンスで来られる方です。初診料はもらえないけど、その方が患者様のためになるんですよ。もちろん治療のスタイルは、それぞれの先生によって違うでしょうけどね」

いかにも時計好きらしいのは、彼がいち早く「マニュファクチュール」を志向したことだ。「多くの歯科では、これはできない、あれはできないとなる。でも僕は開業したときから、歯科の総合病院を目指した。ですから今では、パテック フィリップみたいに『部品』も内製していますよ(笑)」。歯に関するほぼすべてを、自前で治療できる体制を整えたZECKさん。なるほど彼の医院に子供も老人も、そして重篤な患者も通うのは納得だ。開業以来、幅広い層に向けて仕事を広げてきた彼の姿勢は、エクセルシオパークやティソの「PRX UFO ロボ グレンダイザー」にも目線を絶やさない、彼の時計趣味そのものではないか。
オンリーウォッチに参加し、ブレゲのユニークピースを持ち、デイトナのル・マンも所有するZECKさんは、望めばどんな時計も手にできる立場となった。しかし彼は、買い方にも自分のスタンスを持っている。

「パテック フィリップはスフィアから、ブライトリングはBESTから買いたいんですよ。買おうと思えば買えるけど、新品は正規販売店でのみ買いたいですね。ヴァシュロン・コンスタンタンの222はどうしても欲しいと思って、(ベスト販売の)石田社長にお願いしましたよ」。しかしお金があり、時間のないZECKさんは、なぜ富裕層らしからぬ迂遠な買い方をするのか。
「結局、僕は待つのが楽しいんですよ。それは時計もクルマも同じなんです。すぐ手に入るのではなく、まだかな、まだかなと待つのがいい。待つと喜びが増えるし、それは生きている証しじゃないですか」
そういえば、とZECKさんは話してくれた。「最近、なぜかウオッチコーディネーターの資格も取ったんです。上級は引っかけ問題が多くてダメでしたけどね。アレはずるい(笑)」。なるほど、ZECKさんを駆り立ててきたのは富でも名誉でもなく、果てしなき好奇心なのか。「楽しく生きたいですよね。楽しくなければね、人生じゃないんですよ」




