この数年、1930年代に一世を風靡した古典的な計時機構が復権し、注目を集めている。ジャンピングアワーだ。果たしてそれは偶発的だったのか。ひとつ言えるのは、フランク ミュラーの「グランド カーベックス マスター ジャンパー」がその嚆矢になったということだ。しかしそれは、決してリバイバルではない。独自の時計哲学に基づく、さらに広がる時間表現への挑戦なのである。

1930 年代のアールデコスタイルを色濃く映し出すジャンピングアワーは、やはり同時代を代表するトノウ型フォルムとも自然に馴染む。流麗なラインに縦配列のシンメトリーデザインが映える。手巻き(Cal. FM3100C1)。49石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約30時間。18KPGケース(縦55.7×横38mm、厚さ18.5mm)。日常生活防水。1661万円(税込み)。
Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
柴田充:取材・文
Text by Mitsuru Shibata
竹石祐三:編集
Edited by Yuzo Takeishi
[2026年8月25日公開記事]
創業時より注ぎ続けてきたジャンピングアワーへの情熱
ジャンピングアワーとは、通常は針で表示する時刻を、小窓に現れた数字による時間と分針で表示する機構。小窓の数字が瞬時に切り変わることに、その名は由来する。そして、その意匠は、かつて時計師が精度の標準値としたレギュレーター機構にも似て、シンプルなデザインには針が少ないほどドレッシーという不文律が宿るのだ。
ミニマルな計時ではあるものの、そこには回転ディスクで時間を表示するための高度な技術と駆動制御、調整の難しさを秘める。複雑機構の雄たるフランク ミュラーがこの機構に着目した理由もそこにあるのだろう。1992年の創業時からこれをラインナップに加え、独自のアレンジと付加機能を展開した。ベーシックな時分計時をはじめ、ジャンピング機構をそのまま針表示にしたレギュレーター仕様、さらにデジタルとアナログのダブルジャンピングアワーによる2タイムゾーン表示にムーンフェイズを備えた機構など、独自の技術でジャンピングアワーを現代に再生したのである。
異なる表示がバーティカルに並ぶレイアウトが「トノウ カーベックス」のフォルムに調和していることは言うまでもない。1930年代のアールデコ期の時計を彩ったスタイルはまさに、フランク ミュラーの美学を象徴したのだった。
そして2024年に発表された「グランド カーベックス マスター ジャンパー」は、伝統的なジャンピングアワーを見直し、再定義した。すべてをそぎ落としたシンプルネスにもかかわらず、高度な複雑機構を内に秘めつつも、その技巧を一切意識させない。目にした瞬間、美術工芸品のような佇まいに見惚れ、瞬転する時刻に初めて時計を意識するだろう。それは、フランク・ミュラー本人が向き合ってきた「あらゆる時計を見尽くしてきた人々に対して、なお提示できるものは何か」という問いに対し、導き出したひとつの答えなのだ。


機構と時刻表示の再考から生まれたトリプル ジャンピング
グランド カーベックス マスター ジャンパーは縦方向に3つの小窓が並び、上から時間、分、日付を数字で表示する世界初のトリプルジャンピングだ。より自然に、かつ直感的に時刻を読み取れる、秩序立ったレイアウトが発想の原点であり、それはフランク・ミュラー自身の「新しい時間の読み方、あるいは、まだ存在しない新しいコンプリケーションを提供する」という哲学にも合致する。そして何よりも、ツインのジャンピングはあったが、トリプルはまだ存在しないという事実。それも、ウォッチランドの作り手たちの飽くなき情熱をかき立てたに違いない。
研究開発が続けられる一方、実現に向けてはパリのヴァンドーム広場に店舗を構える老舗リテーラー、ドゥバイユとの連携が進められた。20年以上にわたるパートナーシップによる強い絆を結ぶ同店は、まったく新しいコンプリケーションの創出にも不可欠だったと言えるだろう。約4年を要して完成後、先行販売というかたちでその協業に報いたのである。そしてそれは、かつてフランク・ミュラー氏が特別な顧客のオーダーに応えて世界に1本の時計を製作し、信頼を培ったブランドの伝統を思い起こさせるのだ。

時間、分、日付という3つの数字を瞬時に切り替えるジャンピング機構は、1〜12の数字を記したアワーディスク、2桁を組み合わせる2枚のミニッツディスク、同じく2桁を構成する2枚のデイトディスクという5枚のディスクで構成される。ただし、これをひとつの香箱で駆動させるのは難しいため、本作ではふたつの香箱を搭載している。
さらにこれを、通常の時刻および日付を担う動力と、3枚のミニッツ・アワーディスクを回転させる動力という2系統に分けることで、それぞれの駆動の最適化を図っている。ふたつの香箱はリュウズで同時に巻き上がり、いずれかがパワー不足に陥ることはない。もちろん、ディスクにアルミニウムを用い、細部のパーツにはチタンを採用するなど、素材による軽量化も図られている。
この複雑機構を従来のモジュール式で実現するのは不可能であることから、今回は一体型ムーブメントが新設計された。ムーブメントの総パーツ数は371個。一般的な中3針が約100個、クロノグラフが約200個であり、その数はパーペチュアルカレンダーにも匹敵する。

ケースバックからは独創的なムーブメントレイアウトを見ることができる。最も大きなアワーディスクと2桁目のミニッツディスクとの連携に用いられているのが、ブランドで初採用となったゼネバホイールだ。これは、連続的な回転運動に間欠を与えるための機構で、ピボットのついた駆動車と円弧部、溝を設けたホイールで構成される。
ミニッツディスクに設けたピボットがアワーディスクの溝にはまることで回転運動を間欠化し、60分になった瞬間、アワーディスクを進ませる。歯車とバネで動きを規制する一般的なジャンパー方式に対し、パワーロスとパーツの摩耗を抑え、駆動力を蓄えつつ、適確なタイミングで正確に位置留めする。ホイールの形状がマルタ十字に似ていることから、ゼネバ(=ジュネーブ)の名は付けられた。
さらに中央には、調速脱進機の精度をディスク駆動に連動させるため、アンクル状のパーツと楕円状の異形ホイールを備える。これがミニッツディスクにつながり、その1桁目を駆動制御することで、分割されていた2系統が完全にインテグレートされるのである。


ミニマルな表示を引き立たせる優美な意匠
せわしない針の動きのない静謐な文字盤には、クル・ド・パリのギヨシェ装飾が施されている。グランド カーベックスでは従来、螺旋を描くスパイラルパターンを採用してきたが、今回はシンプルな幾何学パターンで仕上げた。これもシンメトリックなフェイスデザインをより強調するのに奏効している。なお文字盤に採用した鮮やかなブルーは、ケースバックからのぞくムーブメントのブリッジにも統一されている。
文字盤には、中央の分表示の小窓を囲むように、ダブルステッチ飾りのリングが描かれ、その円弧に時間と日付の小窓を設ける。それぞれの小窓にケースと同色のリムを設け、特に上下のふたつは、ビス留めのデザインとともに凹部分にサテン仕上げを施す。奥行きある立体感を華やかに彩るとともに、光を集める視覚的効果によって視認性も高めているのである。
文字盤の上下には、ブランドロゴとモデル名がリングに沿ったラインで記され、全体の統一感を醸し出す。こうした細部の意匠にもフランク ミュラーらしい美的センスが宿るのだ。


ケースはグランド カーベックスを採用する。大胆に湾曲したフォルムはトリプルジャンピングのバーティカルなレイアウトと調和し、シンメトリックな文字盤をより美しく演出していることは言うまでもない。加えて、三次元曲線による風防のカーブは高さを稼ぎ、5枚のディスクを内蔵することで厚みを増したムーブメントの収納にも貢献している。
この数年、フランク ミュラーは独創的なコンプリケーションウォッチを発表し、マニュファクチュールの本領に回帰している。グランド カーベックス マスター ジャンパーは、“複雑であること”と“直感的であること”を追求した、ひとつの集大成と言えるだろう。そして、これだけの技術とノウハウを凝縮したにもかかわらず、汎用性を持たない専用設計であることにあらためて驚かされる。だが、それこそが唯一無二を創出する時計の王国、フランク ミュラー ウォッチランドの本分なのである。
厳選された店舗で確かめたい「マスターズ コレクション」の真価
グランド カーベックス マスター ジャンパーに代表される、フランク ミュラーの高度な技術を駆使した革新的なモデル群が「マスターズ コレクション」だ。これは単に、複雑機構を搭載したタイムピースの総称ではなく、完全自社製作であることや稀少性の高いモデルをより強く、正確にアピールするために設けられたフランク ミュラー ジャパンの評価基準である。そのため、マスターズ コレクションに属するタイムピースは、厳選された店舗のみでの取り扱いとなる。下記のリンクから店舗を検索し、本作をはじめとするフランク ミュラーの技術の粋を、ぜひ堪能してほしい。




