永遠に語り継がれるタイムピース #12 パネライ「ルミノール マリーナ PAM03313」

「ルミノール」は特殊なベストセラーである。軍事機密に属する計器の存在が突然公表され、一般販売が始まった腕時計。誕生の時点ですでに伝統とヒストリーを備えていたミッションウォッチは、神話に登場する神々の持ち物が、いきなり降臨したようなものだ。その神話性=ミトロジーは、今も間違いなく続いている。

パネライ「ルミノール マリーナ PAM03313」

パネライ特許取得レバーロック式リュウズプロテクターの存在感は、他の時計では考えられないルミノールのアイコニックポイント。ファッションではなく必要のために生まれ、未来に向かって存続する意匠である。切り込んだバーと数字から下段ダイアルの蓄光塗料を覗かせるサンドイッチダイアルの独創性と合わせ、孤高のスタイルを主張する。
奥山栄一、星武志:写真
Photographs by Eiichi Okuyama, Takeshi Hoshi (estrellas)
並木浩一(時計ジャーナリスト):文
Text by Koichi namiki
Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2025年11月号掲載記事]


歴史が紡ぐ不朽の傑作揺るぎなき表徴

 パネライはもともと、イタリア海軍の厳しい基準を満たす頑丈な精密機器を納入してきた業者である。創業は1860年、初代ジョバンニ・パネライがフィレンツェで創業した時計店兼工房が歴史の始まり。3代目グイドの時代に海軍からの発注が始まり、4代目ジュゼッペの時代には、より親密な関係を結んだ。

 篤い信頼を受けたパネライは1930年代、イタリア海軍特殊潜水部隊グルッポ・ガンマ用の時計を製作する秘密の依頼を受けた。現在の「ラジオミール」の原型となる最初の試作品が35年に作られ、38年に納入を開始。さらに新たな夜光塗料「ルミノール」と、その採用モデルの開発へと道を拓くことになる。パネライの時計はすでに製作した手首に巻くコンパスや水深計と同様に、腕時計の形をした作戦用特殊計器に他ならなかった。存在は軍事機密のひとつであり、時計にはメーカー名すら記載されていなかった。

訓練を終えて浮上した、イタリア海軍特殊潜水部隊グルッポ・ガンマ隊員。低速潜水艇にまたがって航行する特殊任務に備え、製作された機器のひとつであるパネライ製水深計を腕に装着している。

 並外れた性能のダイバーズ用ミッションウォッチの開発を求めたイタリア海軍には当時、事情があった。仮想敵国との建艦競争に後れを取り、地中海の制海権は常に危うい状態にあったのである。しかし、その逆境の中で圧倒的な戦果を挙げたのがグルッポ・ガンマである。主要な任務は、小型潜航艇に隊員がまたがるという、常識を超えた水中の作戦だ。生命を賭して任務を遂行する隊員は、パネライの性能に信頼を寄せたのだ。

レバーロック式リュウズプロテクターの特許図版

レバーロック式リュウズプロテクターの特許図版。リュウズを押し込んで固定するアクションの基礎原理が見て取れる。秀逸な機構自体は、1955 年に特許を申請し、今年70 周年を迎えた。

 1950年代に完成を見た「ルミノール」の大きな特徴が、パネライ特許のレバーロック式リュウズプロテクターである。ケースから大きく飛び出した半円形のガードは、完全にリュウズを囲い込んだアーチ橋の形状を採る。備え付けられたレバーを動かせば、梃子の原理を利用した強大な圧力でリュウズを押し込み、固定する。ねじ込み式とは異なり、はっきりと防水性能がオンになっていることを可視化する装置は、他に例を見ない。

 またルミノールは、サンドイッチダイアルの伝統をラジオミールから引き継いでもいる。数字やバーインデックスを切り欠いたダイアルの下には夜光塗料をふんだんに盛ったもうひとつのダイアルがあり、圧倒的な光量を誇る。この仕様は、深夜の海中での作戦行動を考えたものだ。オリジナルのルミノールは、一般には知られないオーバースペックのギアとして、イタリア海軍のために製造された。

リュウズ

レバーをリリースした状態でリュウズを操作したうえで、プロテクターに収納されたポジションがロック位置。現在の状況が一目瞭然なうえ、ロック時にレバレッジがかかった強い圧力でリュウズを押し込み続けているのが視覚的な安心感を呼ぶ。

 その時計の存在が明らかになったのは1993年のことだ。パネライは初めて民間向けに「ルミノール マリーナ」を含む3モデルを発表した。披露の場所は、イタリア海軍ラ・スペツィア軍港、駆逐艦デュラン・デ・ラ・ペンネの艦上である。かつてのイタリア王国の王位請求者であるアオスタ公(サヴォイア公)アメデーオも、そこに参列した。イタリア王立海軍時代から続くパネライとの関係、ルミノールの正統性が、確認されたのである。

 その後、現在に至る世界的な人気は誰もが知るところだが、それは流行とは異なっている。工業製品は性能に応じて民生用、業務用、軍事用の3段階に分類できるものだ。最も高度な軍事用機器は常識を度外視してでも最高性能が要求され、妥協はない。ルミノールは、軍事用から民生用に転用された腕時計である。初手から特殊潜水部隊の作戦行動用に開発された腕時計=ミッションウォッチという性格は、例外中の例外なのである。

Cal.P.980

Cal.P.980は、両持ちのトラバースバランスブリッジに加え、約3日間のパワーリザーブを備えているのも注目ポイント。

 2025年、ルミノール マリーナが刷新され、ルミノールのコレクションとして初めてスーパールミノバX2を採用するなど、さらなるアップグレードを遂げたことからも、その哲学をうかがい知ることができる。

パネライ「ルミノール マリーナ PAM03313」

パネライ「ルミノール マリーナ PAM03313」
新しい自動巻きムーブメントを搭載したモデル。シリーズ史上最高の防水性能を誇る。大胆なスタイルのアイデンティティーを堅持する一方、厚さで12%、重量を15%減少させている。ストラップを簡単に交換できるPAMクリックリリースシステム™初搭載。自動巻き(Cal.P.980)。23石。2万8800 振動/時。パワーリザーブ約3 日間。SS ケース(直径44mm、厚さ13.7mm)。50気圧防水。132万円(税込み)。



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https://panerai-form.srvml.net/ja/japan-events



Contact info:オフィチーネ パネライ Tel.0120-18-7110


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