2025年9月16日、大阪・関西万博のスイス・パビリオンにて、ジェラルド・チャールズが創業25周年を記念した特別展示会を開催した。同万博ではカルティエが「カルティエ・ウィメンズ・パビリオン」を出展していたが、時計ブランドが独自に展示会を実施したのはジェラルド・チャールズのみとみられる。巨匠ジェラルド・ジェンタの名声に甘んじることなく、“実用的なラグジュアリー”を徹底的に追求する姿勢は、ラグジュアリーウォッチの新たな可能性を感じさせるものだ。当日はジェラルド・チャールズCEOのフェデリコ・ジヴィアーニ氏や、日本法人代表の麦野豪氏も来場し、インタビューに応じた。気鋭のブランドによるこの特別展示会について、最新モデルを中心に紹介する。

Text by Tomoyo Takai
[2025年12月10日公開記事]
アーカイブとトップ解説で盛況を博した特別展示会
2025年9月16日、世界が注目する大阪・関西万博のスイス・パビリオンにて、ジェラルド・チャールズが創業25周年を記念した特別展示会を開催した。会場には、創業者ジェラルド・ジェンタ氏の秘蔵ミュージアムピースが本邦初公開として登場。さらに、2025年発表の最新作をはじめとするジェラルド・チャールズの現行コレクションが一堂に会す特別な空間が広がった。
当日はスイス本社よりCEOのフェデリコ・ジヴィアーニ氏が来日し、日本法人代表の麦野豪氏とともに来場者へ直接解説を行うという贅沢なひとときも実現。麦野氏は「ジェラルド・チャールズの節目を日本で祝うなら、万博のスイス・パビリオンという舞台しかない」と語り、ジヴィアーニ氏は「我々のサヴォアフェール(匠の技)は、イタリア館でダ・ヴィンチやミケランジェロを展示するような意味を持つ」とその意義を強調した。

筆者にとって、ジェラルド・チャールズの実機をじっくりと手に取るのは今回が初めての体験であった。時計デザイン界の巨匠ジェラルド・ジェンタ氏の遺産を受け継ぐブランド。その名の重みに支えられた存在、という先入観を抱いていたが、実機を手に取った瞬間、その印象は覆された。そこにはジェンタ氏の名声に安住する姿は一切なく、むしろ飽くなき探求心とともに、技術の粋を徹底的に追求する姿勢が息づいていたのである。
なかでも目を奪われたのは、装飾技法を駆使した「マエストロGC39 25周年記念モデル」と「マエストロ 9.0 ローマン トゥールビヨン」であった。その完成度は工芸品の域に達し、思わず時を忘れて見入ってしまうほどの美をたたえている。しかも驚くべきは、その複雑かつ有機的なケース造形を有しながら、いずれのモデルも100m防水と5G耐衝撃性という実用性を兼備している点だ。
単なる美術品にとどまらず、“実用的なラグジュアリーウォッチ”を体現するジェラルド・チャールズ。知名度の点ではこれから大きく飛躍を遂げる段階にあるが、その革新性と完成度を目の当たりにすれば、熱烈な愛好家が急速に増えていくことは想像に難くない。
ハイライトを飾った「マエストロGC39 25周年記念モデル」

ジェラルド・チャールズの創業25周年記念モデル。3つの時間数字が並ぶジャンピングアワーと、ブルーのスケルトン分針で時刻を示す。「マエストロGC39 25周年記念モデル」。自動巻き(Cal.GC4.0)。38石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。Tiケース(縦42×横42mm、厚さ11mm)。10気圧防水。世界限定100本。820万1050円(税込み)。
展示会のハイライトとして展示されたのが、2025年に発表された「マエストロGC39 25周年記念モデル」だ。ジェラルド・チャールズのシグネチャーデザインとなった2005年の「マエストロGC39」を踏襲し、複雑時計の設計に定評のある独立時計師アントワーヌ・プレジウソ氏によって開発されたジャンピングアワー機構を備えた腕時計である。
本作では文字盤の装飾性が大幅に高められている。とりわけ目を引くのは、中央のラピスラズリから放射状に広がるレースライクな輝きだ。微細な線が重なり合って光をとらえ、揺らめくその文様は、加工精度の高さを物語る。これらはすべて、自社開発の極細エングレービング技術「メタ・ギョーシェ」による装飾である。

ジヴィアーニ氏は説明する。「25周年記念モデルを製作するにあたり、当社のエンジニアには、伝統的なジャンピングアワーを用いた『マエストロGC39』を進化させ、未来的なアイデアを取り入れてほしい、と依頼しました。メタ・ギョーシェは、そこで生まれたアイデアを基に、スイス連邦工科大学ローザンヌ校と共同で開発した技術です。『メタ』には『超える』という意味があり、分子細胞生物学で用いられる0.5ミクロン、すなわち髪の毛の直径の半分の単位まで削ることができる、超微細な加工技術を用いています」。
芸術性の極致「マエストロ 9.0 ローマン トゥールビヨン」

GCロゴをかたどったスケルトンケージに60秒フライングトゥールビヨンを搭載した「マエストロ 9.0 ローマン トゥールビヨン ローズゴールド」。18Kローズゴールドの文字盤にハンドハンマー仕上げを施した芸術的な1本である。自動巻き(Cal.GCA 3024/12)。33石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(縦41.7×横39mm、厚さ3.9mm)。10気圧防水。世界限定50本。2242万5700円(税込み)。
展示会でもう1本、筆者がその美しさに思わず息をのんだモデルが「マエストロ 9.0 ローマン トゥールビヨン」だ。18Kローズゴールド製の文字盤には、職人の手によるハンドハンマー仕上げが施されており、芸術品のような存在感を放つ。一点一点手作業で打ち込まれた鎚目模様は、ライオンのたてがみのような躍動感と繊細さを併せ持ち、光を芳醇に反射する。

ハンドハンマー仕上げとは、小さなハンマーとタガネを用いて金属表面を叩き、模様や質感を作り出す技法のこと。この文字盤の模様はすべて手作業で施されており、その緻密さと均整の取れた美しさには、ただただ驚嘆するほかない。
会場では筆者も実際にハンドハンマー仕上げを体験することができた。しかし、タガネにハンマーを正確な角度で打ち込むだけでも一苦労で、模様の長さや深さを均一に保ち、一定の方向に打ち続けるという作業は、想像を遥かに超える難易度だった。驚くことに、この仕上げを担っているのは自社の時計職人だという。ジェラルド・チャールズがいかに高度な技術を備えた熟練職人を擁しているかを、改めて実感させられる体験だった。
建築学的アプローチ「マエストロ 8.0 スケルトン」

ジェラルド・チャールズらしい前衛性と職人技術を融合させたモデルとして、「マエストロ 8.0 スケルトン」も紹介したい。本作は超薄型ムーブメントを収めつつ、可能な限り肉抜きした構造と堅牢性を両立し、見た目のインパクトと実用性の高さを兼ね備えた腕時計だ。ムーブメントのデザインを手掛けたのは、ジェラルド・チャールズのクリエイティブディレクターでデザイナーのオクタヴィオ・ガルシアだ(元オーデマ ピゲのクリエイティブディレクターでもある)。
麦野氏は説明する。「スケルトンムーブメントは通常8割の透過率で優秀とされますが、これは9割透過。構造的に弱くなるため、建築学を応用し、耐震構造のようにバランスを保ちながら肉を抜いています。ネジを固く締めすぎず、遊びを取り入れることで堅牢性と耐衝撃性を両立しています。5Gの耐衝撃性を備えているので、テニスも可能です」。

一体型ブレスレットの「マスターリンク」と、“スマイル”ケース

2024年に登場した「マスターリンク」は、マエストロケースの6時位置の曲線=“スマイル”に沿って設計された、ブランド初の非対称ブレスレットモデルだ。デザインのインスピレーションは、ジェラルド・ジェンタ氏が最後に手掛けたブレスレット一体型腕時計に由来する。ブレスレットは曲線に沿ってリンクが緻密に配置されており、外観上の隙間はほとんど目立たない。また、ブレスレットを開閉するプッシュボタンは内部に巧みに収められ、ケースとブレスレットが一体化した滑らかなデザインの流れが表現されている。

ジェラルド・チャールズの全モデルに共通するのは、100m防水と5G耐衝撃性を備えた高性能な設計である。その性能を支えているのが、ブランドを象徴する“スマイル”ケースだ。八角形を基調に6時方向へ柔らかなカーブを描くこのケースは、直線と曲線の対比によって独特の表情を生み、冷たい金属に温もりを与えるとともに、ビジネススタイルにモダンな抜け感を添える。まさに「時計界のピカソ」と称されたジェラルド・ジェンタの型破りな美意識と構築力を色濃く反映している。
ブランドの継承
ジェラルド・チャールズは、時計デザインの巨匠ジェラルド・ジェンタ氏が2000年に自身の名を冠して創業したブランドである。経営を託されたジヴィアーニ・ファミリーが、今日に至るまでその哲学と美学を守り続けている。日本では2024年にオフィス麦野とパートナーシップ契約を締結し、本格的に展開を始めた。
オフィス麦野代表の麦野豪氏は、数多くの高級ブランドを手掛けてきたマーケティングの第一人者。オーデマ ピゲ日本法人の立ち上げに携わり、ロイヤル オークの国内浸透に大きく貢献した人物として知られる。近年はエベラールの展開にも力を注ぎ、ブランドの可能性を広げている。

麦野氏は、ジェラルド・チャールズに関わるきっかけについてこう語る。「フェデリコ・ジヴィアーニ氏は幼少期からジェラルド・ジェンタ氏と深い関わりを持ち、40年以上の交流がありました。父フランコ氏はオーデマ ピゲ イタリアを設立した人物で、私がオーデマ ピゲ ジャパンを立ち上げた当時の同僚でもあります。ジェンタ氏は1990年代後半にブランドをブルガリ(現在はLVMH傘下)に売却し、引退しましたが、奥様の助言で自身の名前を冠した新たなブランド『ジェラルド・チャールズ』を2000年に設立しました。ジェンタ氏はデザインには精通していましたが、経営には距離を置いていたため、ジヴィアーニ・ファミリーとともにブランドを築き上げてきたのです。現在はジェンタ氏が亡くなり、ジヴィアーニ家がその精神を守り続けています」。
最後に麦野氏はこう締めくくった。「時計は投資対象ではなく、身に着けて楽しむもの。ものづくりへの共感こそが選ぶ理由であり、自分の生き方に重なる時計を選んでほしい」。その言葉には、時計文化に対する深い愛情と責任がにじむ。
ジェラルド・チャールズの25年は、ジェラルド・ジェンタ氏の遺産を守るだけにとどまらず、それを未来へと進化させる挑戦の連続だった。大阪・関西万博での特別展示会は、その歩みと哲学を体感できる貴重な機会となった。



