ハミルトン「カーキ アビエーション パイロット パイオニア メカ クロノグラフ」のブルーダイアルモデルを実機レビューする。本作は、1970年代にイギリス空軍に納入したパイロットクロノグラフの復刻モデルだ。リュウズを使って主ゼンマイを巻き上げるという操作を楽しむことのできる、手巻きクロノグラフムーブメントを搭載している。

Photographs & Text by Tsubasa Nojima
[2025年12月11日公開記事]
イギリス空軍パイロットに愛用された、ハミルトンのクロノグラフウォッチ
今回は、2025年新作として発表されたハミルトン「カーキ アビエーション パイロット パイオニア メカ クロノグラフ」のブルーダイアルモデルをレビューする。本作は2022年に登場したモデルのカラーバリエーションにあたる。先行して販売されていたモデルが、グレイン仕上げのマットなブラックダイアルにクリーム色のスーパールミノバをあしらったヴィンテージ感漂うデザインであったのに対し、今回の新作はモダンなカラーリングに仕上げられ、印象を一変させている。
カーキ アビエーション パイロット パイオニア メカ クロノグラフは、ハミルトンが1970年代にイギリス空軍へ納入していたパイロットクロノグラフを復刻したモデルであり、左右非対称のケースやツーカウンター仕様のダイアルなど、基本的なデザインを忠実に再現している。
最も注目すべきは、機械式手巻きクロノグラフムーブメントを搭載している点だろう。ブランドを問わず、現行モデルで手巻きクロノグラフムーブメントを搭載しているものはかなり限られる。ハイエンドなブランドであればまだ選択の余地はあるが、100万円を下回る価格となれば絶滅危惧種と言っても過言ではない。本作が30万円台というフレンドリーなプライスを保つことができているのは、巨大資本スウォッチグループ傘下であることの恩恵に違いないだろう。

イギリス空軍に納入していたパイロットクロノグラフの復刻モデル。今回レビューを行うのは、深い色合いのブルーダイアルを採用した2025年新作。手巻き(Cal.H-51-Si)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm、厚さ14.35mm)。10気圧防水。33万9900円(税込み)。
洗練されたサンレイブルーダイアル
まずは外観からチェックしていきたい。本作のブルーダイアルには、サンレイ仕上げが施されている。サンレイ仕上げと言っても過度なピカピカ感はなく、ヘアライン仕上げのケースに調和した落ち着きのある仄かな輝きだ。ハミルトンの説明によると、このブルーの正式な名称は、アビエーションブルーとのこと。鮮やかというよりは深みのある色合いであり、これであれば日差しが差し込むコクピットの中でも、目がくらむことなく時刻を読み取ることができるだろう。
ダイアルの表示は簡潔そのもの。3時位置に30分積算計、9時位置にスモールセコンドを配し、真っ白なプリントのアラビア数字インデックスが並んでいる。12時位置にはブランドロゴが配され、デイト表示や余計なテキストはない。
さすがパイロットウォッチと言うべきか、視認性と判読性は抜群だ。全ての針はホワイトで塗られ、時針と分針の長さに明確な差が付けられているため、パッと見て混同してしまうようなことはない。しっかりとミニッツマーカーに届く分針によって、正確に時刻を読み取ることが可能だ。
ふたつのインダイアルにはレコード状の溝が彫られ、サンレイ仕上げとのメリハリを利かせている。驚くべきはインダイアルにプリントされた目盛り。凹凸のある溝の上にプリントしているため、多少の滲みはあるだろうと思っていたが、キズミで見ても全く問題ないほど非常にクリアにプリントされていた。

ツール感が光るソリッドなケース
ケースはステンレススティール製。サイズは直径40mm、厚さ14.35mmだ。ベゼルからミドルケース、ケースバックに至るまで、サテン仕上げで統一されている。唯一ポリッシュが施されているのはプッシュボタンとリュウズ。厚みのほとんどはミドルケースに寄っており、ヘアライン仕上げと相まって“塊”感を強く感じる。
本作を象徴するのが、左右非対称のケースデザインだ。3時側のケースサイドが大きく膨らみ、リュウズガードに近い役割を果たしている。第4世代以降のオメガ「スピードマスター」も同様に機能する左右非対称のケースを特徴とするが、ベゼルにスケールなどがないためか、本作の方がより左右差を強く感じる。風防は、ボックス型のサファイアクリスタル製。まるでプラスチック風防のようなクラシカルな印象をもたらす。

ケースバックには、ブランド名やスペックなどが刻まれている。官給品としてのミリタリーウォッチは、ケースバックに識別番号などが刻印されていることが多い。本作もそれに倣ったデザインを採用しているのだろう。残念ながらムーブメントを鑑賞することはできないが、硬派なミリタリーウォッチらしさを感じる要素だ。

操作が楽しい手巻きクロノグラフムーブメント
余計な突起などがないケースは、プッシュボタンやリュウズの操作性が良いこともメリットだ。2時位置のプッシュボタンを押下するとクロノグラフの計測がスタートし、もう一度2時位置のプッシュボタンを押してストップ、さらに4時位置のプッシュボタンでリセットを行うことができる。プッシュボタンには明確な遊びがあり、さらにグッと押し込むことで機能させることができる。極上の押し心地とは言えないが、反面、誤作動を起こしにくい、道具としての信頼性に重きを置いたミリタリーウォッチらしい仕様だ。
リュウズはねじ込み式でないため、そのままのポジションで主ゼンマイを巻き上げることができる。パワーリザーブは約60時間あるため、巻き上げにもそれなりの時間がかかる。チチチチとコハゼが動く音とともに、時計愛好家にとってはたまらない至福の時間を過ごすことが可能だ。時刻調整は、そのままリュウズを一段引くだけ。比較的手頃な価格帯のノンデイトの腕時計では、リュウズに日付調整用のポジションが残されている場合もあるが、本作はそれに当てはまらない。針のふらつきはなく、時刻を設定した後にリュウズを押し込んでも針飛びすることもない。
本作が搭載するCal.H-51-Siは、機械式自動巻きクロノグラフムーブメントの代表作、Cal.7750の構造を受け継いだムーブメントだ。自動巻きやカレンダーはオミットされ、キャリバーナンバーが示す通り耐磁性に優れたシリコン製のヒゲゼンマイが採用されている。
クロノグラフも手巻きも、ユーザーが主体的に時計に関与できる機構だ。日々時計との対話を楽しみ、一緒に時を刻んでいきたいという趣向の持ち主に対しては、本作はムーブメントの観点からもおすすめできるモデルである。
少し重いが重量バランスは良好
金属の塊のようなケースは、手に持つとそれなりに重量を感じるが、腕に装着するとそこまで気にならない。恐らく重心が低いためだろう。ローターのない手巻きムーブメントはケースバックを薄くしやすく、結果として重心を低くすることができる。

そのことに加え、ブレスレットの存在も装着感の良さに貢献している。本作に装着されているのは、しなやかに動くメッシュタイプのステンレススティールブレスレットだ。一般的なブレスレットは、コマの抜き差しによって段階的にサイズを調整するが、このメッシュブレスレットではバックルのロックを解除し任意の位置までスライドさせることで、自分の手首ぴったりに調整することができる。22mmというケース径に対して広めのラグ幅は、肌とブレスレットの接地面積を増やし、装着感を安定させることにも一役買っている。
ラグトゥラグの長さは、実測で49.5mm。特に細腕の方が購入を検討するのであれば、手首の上をどのくらい占めることになるか、実際に試着しての確認をおすすめする。

趣味性と実用性がバランスしたハミルトンらしいモデル
機械式手巻きクロノグラフは、現代において非常に趣味性の高いプロダクトだ。腕時計自体がもはや必需品ではないうえに、日に数秒のズレが生じる機械式、その中でも定期的に手で主ゼンマイを巻き上げなければ止まってしまう手巻き、そしてオーバーホール代が高額になりがちなクロノグラフ。属性だけを見れば、積極的に選ばなければ候補になりえない存在だ。
手巻きクロノグラフが多くの時計愛好家にとって憧れの存在であることは否定できない。しかし、数百万円のレンジがボリュームを占める手巻きクロノグラフに対し、その憧れを抱いたまま、年々上昇していく価格を恨めしく見つめていれば良いのだろうか。
そんな鬱々とした心に差し込む一筋の光が、ハミルトンのカーキ アビエーション パイロット パイオニア メカ クロノグラフだ。30万円台で手に入る手巻きクロノグラフであり、内部に収められたムーブメントは頑強な設計のスイス製。10気圧防水に加え、シリコン製ヒゲゼンマイによる優れた耐磁性も備わっている。憧れの存在を日常的に使うことができるのだ。さらに、ハミルトンの公式ウェブサイトの情報を確認すると、自動巻きクロノグラフのコンプリートメンテナンスは、執筆時点で税込み5万6100円。手巻きクロノグラフの記載はなかったが、おおよそ近しいと考えると破格である。
カーキ アビエーション パイロット パイオニア メカ クロノグラフは、ハミルトンの歴史と良心が詰まった楽しい腕時計なのである。なお、余談になるがクラシカルなデザインの手巻きクロノグラフが好みであれば、同じくハミルトンの「アメリカン クラシック イントラマティック クロノグラフ H」を検討してみると良いだろう。



