時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2025。「ジュネーブで輝いた新作時計 キーワードは“カラー”と“小径”」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載する。第1回は、「スプリングドライブ U.F.A.」が大きな話題を呼んだグランドセイコー。代表取締役社長の内藤昭男へのインタビューも必読だ。

ゼンマイ駆動式の腕時計の最高精度を目指した自動巻きスプリングドライブ。ICによる調速とはいえ、年差レベルの超高精度は驚愕のひと言。霧ヶ峰の樹氷をイメージしたダイアルも、GSらしいスタイリングだ。自動巻きスプリングドライブ(Cal.9RB2)。34石。パワーリザーブ約72時間。Ptケース(直径37.0mm、厚さ11.4mm)。10気圧防水。世界限定80本(うち国内40本)。
Photographs by Ryotaro Horiuchi
鈴木裕之、広田雅将(本誌):取材・文
Text by Hiroyuki Suzuki, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
超高精度への挑戦とニュアンスカラー、そして本気の遊び心
内外のプレス関係者から殊更に大きな注目を集めた「スプリングドライブ U.F.A.」。今年はみんなその質問しかしない……という広報担当者のつぶやきは、逆説的に関心の大きさを示している。往年のV.F.A.をもじったU.F.A.の名が示す通り、年差±20秒という超高精度も驚愕だが、それを直径37mmのケースに収めたことも話題を呼んだ。詳細は別の機会に譲るが、オーバーサイズからの揺り戻しを強く感じさせる、今年を象徴する1本だ。
小径+ベゼルレスのスタイリングで、自動巻きメカニカルGSの中では最薄。咲き誇る桜にうっすらと雪を被る「桜隠し」をイメージしたダイアルは、微妙なニュアンスカラーの薄ピンクで表現。自動巻き(Cal.9S27)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径30mm、厚さ10.5mm)。10気圧防水。
今年、レギュラーモデルに新たに加わったテンタグラフ。新色となるSLGC007では、冬の雪が降り積もる岩手山をスノーブルーで表現。型打ちは前作と同じだが、こちらは昼の情景を描く。自動巻き(Cal.9SC5)。60石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約72時間。ブライトチタンケース(直径43.2mm、厚さ15.3mm)。10気圧防水。
同じくスモールサイズで注目すべきは、直径30mmの「62GS」だ。ベゼルレスのスタイリングは、自動巻きGSの中では最薄。薄ピンク色の「桜隠し」(STGK031)と、うっすらとゴールド味を帯びた「桜月夜」(STGK033)の2色が発表されたが、どちらも微妙なニュアンスカラーの表現が見事だ。
個人的に興味を引いたのは「トウキョウライオン」で、GSスタイルを最大幅で解釈しようとするデザイン的な挑戦が面白い。ベゼルとラグに施された別体の筋目をつなげるという“製造泣かせ”の試みや、変形プッシャーの動作感を担保するためにガイドパーツを内装するなど、決してデザインだけの遊びに留まらない本気さがいかにもGS的だ。

グランドセイコーが自社規格として定める厳格なデザインコード“GSスタイル”に即しながら、それを最大幅で解釈しようとした興味深い試み。2019年から限定で展開されてきた「トウキョウライオン」のケースにテンタグラフのムーブメントを搭載し、さらにベゼルのスタイリングを完全刷新。8角形のベゼル側面と、コンケーブしたラグ上面に入る筋目を完全にそろえるだけでなく、通常の筋目よりも堂々とした表現を採用する。自動巻き(Cal.9SC5)。60石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約72時間。ブリリアントハードチタンケース(直径43.0mm、厚さ15.6mm)。20気圧防水。

幅広いユーザーへのブランド認知度を高める切り札がスプリングドライブ

1960年生まれ。大学卒業後、服部セイコー(現セイコーグループ)に入社。セイコー・オーストラリア社長、セイコーホールディングス法務部長、常務取締役、グランドセイコー・アメリカ社長などを経て、2019年12月、セイコーウオッチの副社長に就任。21年4月から現職。グランドセイコー・アメリカ社長の在任時に、流通とマーケティングを一新することで、アメリカ市場でグランドセイコーをトップブランドに育て上げた。
今や、国内だけでなく海外でも大きく認知度を高めるグランドセイコー。独立ブランド化と、2022年に始まったウォッチズ&ワンダーズへの出展が寄与したのは言うまでもない。しかし、それ以前に、グランドセイコーはアメリカ市場に進出し、今やスイスの大メーカーに比肩するほどのシェアを持つに至った。牽引したのは、セイコーウオッチ代表取締役社長の内藤昭男氏だ。
「正直、ここ2年ほど、海外のラグジュアリー市場は厳しいですが、その中にあってGSは比較的好調を維持していると思います。アメリカでも、以前ほどの勢いはなくなっているように見えますが、実は訪日アメリカ人がインバウンドで購入していて、国内GS売り上げに寄与しています。つまり、その分を足すと、アメリカ市場にはまだまだ伸びしろがあると思っています。10年前、アメリカ人が日本に来てGSを買うというのは想像できなかった。かつてもインバウンドはありましたが、中国の方、かつ普及価格商品が中心でした。今の状態が示すのは、世界的にGSの知名度が高まったためでしょう。ただトランプ関税がもたらすインパクトは未知数ですね。予想できません」。内藤氏が強調するのは、ウォッチズ&ワンダーズの参加がもたらした影響力だ。
「ウォッチズ&ワンダーズの事務局から出展の打診があったとき、私たちから要望を伝えました。継続的なパートナーシップを結ぶこと、ラグジュアリーな祭典であり続けること、そしてグランドセイコーにふさわしい場所を用意してくださいと。すべての確約が取れ、出展を果たしたことで、ヨーロッパのメディアや小売業界からもメインストリームとして認めてもらったことは実感しています」。とはいえ、まだまだ一般の顧客への認知度が足りない、と語る内藤氏。独自性を訴求する切り札のひとつがスプリングドライブだという。「一時期、他社も同様の機構のムーブメントを出しましたよね?」。確かにピアジェは、スプリングドライブのようなムーブメントをごく少数市販したが、結局量産化は断念した。
「と考えると、スプリングドライブは唯一無二なのです。四半世紀以上の歴史において、他社からは同等のモデルは出ておりません。そしてアメリカ市場で高い評価をいただいています」。彼が述べたように、グランドセイコーがアメリカで成功した大きな理由には、ゼンマイ式駆動で極めて精度の高いスプリングドライブがあった。と考えれば、今年のグランドセイコーが唯一無二のスプリングドライブに、唯一無二の高精度を備えた新作を発表したのは合点がいく。
「もっとも、私たちはムーブメント開発を優先してきたので、外装は道半ばだと思っています。確かに文字盤については型打ちの表現に力を入れています。ブレスレットも進化させました。しかし、今後も伸ばしていくつもりですよ」。そしてもうひとつ。
「幅広いユーザーへの認知度を高めるために、ブランドの顔となる代表的なモデルを育てていきます」



