時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2025。「ジュネーブで輝いた新作時計 キーワードは“カラー”と“小径”」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載する。今回は、IWCだ。「インヂュニア」を中心に、新作モデルを解説するとともに、R&D部門責任者のステファン・イーネンへインタビューを行っている。

Cal.82110を搭載するフラッグシップ。新たなセラミックスの仕上げ手法はツール感を強調するだけでなく、肌あたりもソフトで指紋も目立ちにくい。インナーケースを格納しにくいという理由は分かるが、耐磁ケースを省いたのは惜しい。自動巻き(Cal.82110)。22石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。ブラックセラミックケース(直径42mm、厚さ11.5mm)。10気圧防水。
Photographs by Ryotaro Horiuchi
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
「フォルム&テクニック」を前面に打ち出した2025年のインヂュニア
今年のIWCはふたつの柱にフォーカスした。ひとつは映画「F1/エフワン」とのコラボレーション。IWCが架空のF1チームのスポンサーになったことを記念して、インデックスと針をゴールドに改めた「パイロット・ウォッチ・クロノグラフ」を3モデル追加した。正直新味はないが、パイロットウォッチをドレッシーに使いたい層には向いている。
新たに加わった35mmサイズ。既存モデルに比べてさらに軽く薄くなったため、装着感は40mm以上に軽快だ。非常によくできた実用時計だが、パワーリザーブはもう少し長い方が望ましい。自動巻き(Cal.47110)。23石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径35.1mm、厚さ9.4mm)。10気圧防水。
こちらは35mmの18KRGモデル。バックル側のブレスレット幅はたった13mmしかないが、ヘッドとテールのバランスが良いため着け心地に優れる。ブレスレットの遊びも適切だ。自動巻き(Cal.47110)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KRGケース(直径35.1mm、厚さ9.4mm)。10気圧防水。
そしてもうひとつが、インヂュニアのフルラインナップ化だ。今年は「フォルム&テクニック」を前面に打ち出し、新たなサイズと機構、そして素材を加えた。まず注目すべきは、セラミックス版の「インヂュニア 42」。同社がこの素材を得意とすることを思えば採用は妥当だ。しかし今回は筋目を加えた後にブラスト処理を施すことで、時計の光り方を抑えている。新しい永久カレンダーも、あえて秒針を省いて、厚みを抑えるなど配慮が細かい。
技術的に面白いのはショックアブソーバーを加えた「ビッグ・パイロット・ウォッチ」である。衝撃の緩衝材にはラバーではなく、なんとBMGガラスを採用した。理由は「経年変化に強く、寸法精度が高いため」。また脱進機にはダイヤモンシルを使うなど、いかにもな野心作だ。
IWCらしい、テクニカルな打ち出しの複雑時計。3つのインダイアルをギリギリまで拡大することで視認性を高めたほか、あえて秒針を省いて厚さを抑えた。信頼性の高い82系を搭載。自動巻き(Cal.82600)。46石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径41.6mm、厚さ13.3mm)。10気圧防水。562万5400円(税込み)。
2021年開発の「SPRIN-g プロテクト」を搭載する新作。BMGガラス製の緩衝材により従来の2倍に当たる、1万G/msもの耐磁性能を誇る。自動巻き(Cal.32101)。21石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約120時間。セラタニウムケース(直径44.0mm、厚さ12.6mm)。10気圧防水。世界限定100本。要価格問い合わせ。
ステファン・イーネンにインタビュー

1974年、スイス生まれ。ドイツ・オルデンブルクで時計師としての教育を受けた後、オッフェンブルクの大学で精密工学を専攻。2002年、IWCに入社、06年までムーブメントの開発に携わる。06年9月から、R&D部門の責任者。彼の手掛けた主なムーブメントに、自動巻きクロノグラフのCal.89360などがある。現在は中身だけでなく、外装開発や新素材の採用などにも辣腕を振るう。
IWCが今年打ち出したのは、インヂュニアのコレクション化だ。当初、ブティック限定としてささやかに始まった本コレクションは、今年、直径35mmサイズ(しかも18KYGモデルもある!)やお家芸の永久カレンダーなども加えた。
細かなリファインに見るIWCの巧みな匙加減
一見、普通の拡張に見えるがそこはIWC、決して普通ではない。開発責任者のステファン・イーネンが推すのはセラミックケースの「インヂュニア42」だ。本作ではセラミックス固有の過剰なツヤを嫌って、筋目を施した上にブラスト処理を施すという、おそらくは時計業界でも初めての仕上げが採用された。「この仕上げは、ホコリが一粒でも入ると致命的なのです。数年にわたり試作とテストを重ね、ようやくこの仕上がりに到達しました」。
確かにゴミが入ると、均一な仕上げは損なわれてしまうだろう。加えてケース構造も普通のモデルとは異なる。
「今回はムーブメントの周囲にリングを設け、上下からネジで締めて固定する構造に改めました」。その理由は、ケースを薄くするため。厚い82系自動巻きを載せるには、ねじ込みでは確かに厚さが増してしまう。
「直径は42mmに拡大されましたが、40mmのステンレススティールモデルと比べてもバランスは良好ですよ」。残念ながら軟鉄ケースは省かれたが、確かにインヂュニアの優れた装着感は一層強調された。
「インヂュニアの永久カレンダーには、ポルトギーゼなどで使っている既存のキャリバーを転用しました。しかし、高さを0.5mm削減するため、今回はあえて秒針を取り除いています。理由はやはり、ケースを薄くするため」
セラミックスにせよ、永久カレンダーにせよ、際立つのは微妙な匙加減だ。
もっとも“技術屋”IWCは、今年も技術的な革新を怠っていない。「ビッグ・パイロット・ウォッチ・ショック・アブソーバー XPL “Toto Wolff X MERCEDES-AMG PETRONAS FORMULA ONE™ TEAM”」には、なんとBMGガラス製のショックアブソーバーが備わった。外装に使うメーカーはあるが、これをバネに見立てたのはIWCが初だろう。
「これは最小のボリュームで最高の保護性能と減衰性能を得られる素材。この素材の弾性率や物性が非常に興味深いことを思えば、正直言うと、BMGガラスを外装に使わない理由が理解できないのです。しかもラバーなどに比べて、加工精度を高くできる」。加えてIWCは、リュウズのチューブに加えるOリングなどを見直して、さらに耐衝撃性を高めている。しかも脱進機はシリコンにダイヤモンド処理を加えたダイヤモンシルだ。では、将来IWCはシリコン製のヒゲゼンマイを使う予定はあるのだろうか? 少なくとも同社の哲学を考えれば、採用しないとは考えにくい。イーネンは静かに語った。「採用の可能性はあると思いますよ。良い素材ですし、取り入れる価値はあるでしょうね」。



