ユリス・ナルダンのアイコニックコレクション 伝統を革新する「フリーク」の今

2025.12.05

初代フリークが切り拓いた“構造そのものを読む”という時間の見せ方は、20年以上を経て新たな段階へ進んだ。ドンツェ・カドランのエナメルという稀少な職人技が精妙な奥行きを与える日本限定の「フリーク X グレー エナメル」は、21世紀の革新機構と17世紀の伝統技法が響き合う、異端の美の最前線にある。

フリーク X グレー エナメル 日本限定モデル

奥山栄一、奥田高文:写真
Photographs by Eiichi Okuyama, Takafumi Okuda
大野高広:文
Text by Takahiro Ohno (Office Peropaw)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2026年1月号掲載記事]


FREAK “X GREY ENAMEL”
FREAK “S ENAMEL BLUE & RED”

フリークの技術的頂点に立つ「フリーク S」は、傾斜したふたつのシリコン製テンワが織り成す“動きそのもの”を時間の言語へ変換する時計だ。現代では極めて限られた工房のみが扱えるフランケ・エナメルによるブルーとレッドが、その複雑な呼吸を鮮やかに映し出し、腕上に小さな機械劇場のような光景を立ち上げる。

フリーク X グレー エナメル 日本限定モデル

フリーク X グレー エナメル 日本限定モデル
「フリーク X」はフライングカルーセルによる独自の時刻表示を、Cal.UN-230の自動巻きとリュウズ操作で日常使いへと最適化したモデル。軽量チタンにDLCを施し、シリコン製脱進機と約72時間駆動によって安定した精度を確保。グレーエナメルのアワーホイール横に「DONZÉ ÉMAIL(ドンツェ エナメル)」のサインが入るのは本作が初。自動巻き(Cal.UN-230)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。Tiケース(直径43mm、厚さ13.38mm)。50m防水。日本限定25本。700万7000円(税込み)。

 ユリス・ナルダンの革新は、常に“常識の先”を照らしてきた。

 2001年、針も文字盤もリュウズさえも持たない初代フリークの登場は、腕時計という概念そのものに新しい輪郭を与えた。1846年のメゾン創業以来、マリンクロノメーターで培った精度、天文時計で磨いた複雑性、そしてシリコンを時計製造に初めて本格導入した先進性。そのすべてが注がれ、メゾンのアイコニックコレクションである「フリーク」が確立されたのだ。

 その系譜が今季、3つの新作によって表現域をさらに広げた。「フリーク X グレー エナメル」「フリーク S ブルー エナメル」「フリーク S レッド エナメル」である。前衛的な回転構造に重ねられるのは、ユリス・ナルダン傘下の名窯ドンツェ・カドランが継承する稀少なエナメル技法だ。透明層の下に刻まれたギヨシェが光に応じて姿を変え、フリーク特有の軌跡に呼応する。

 ドンツェ・カドランは1972年に創設されたエナメル工房で、2011年よりユリス・ナルダンのメティエダールを担う存在となった。キャリア30年以上のベテランを含む、わずか8名の熟練職人が、グラン フー、クロワゾネ、シャンルヴェ、ギヨシェ・フランケなど多彩な伝統技法を守り続けている。新作に採用されたフランケ・エナメルの工程では、ホワイトゴールドのディスクに刻まれたギヨシェの上に細かく砕いたエナメル粉を置き、800℃前後の焼成と冷却を何度も繰り返す。温度や湿度のわずかな変化が仕上がりを左右し、1枚を完成させるまでに最低8〜12時間を要する。量産とは無縁の稀少性は、言及するまでもないだろう。

 エナメル3色は、いずれも回転ディスクという“動く舞台”に合わせて光の層を整えた色調で、それぞれが異なる質感を獲得している。フリーク X グレー エナメルではコレクション初採用となる澄みきったグレーがカルーセルの軌跡を引き締め、UN-230自動巻きの構造を控えめな陰影の中へ導いていく。エナメル越しに浮かぶギヨシェの刻線がわずかに表情を変え、ブラックDLCチタンの黒を背景に、凝縮した立体感を描き出す。日本限定25本にふさわしい、まさに特別な存在感だ。

フリーク S ブルー エナメル、フリーク S レッド エナメル

(左)フリーク S ブルー エナメル
(右)フリーク S レッド エナメル

20°傾斜したふたつの大型テンワを垂直ディファレンシャルで連結し、振動の平均化と安定性を高めた革新の「フリーク S」。6層構造の立体設計により複雑機構を空間的に配置し、高効率グラインダー自動巻きを採用。エナメルディスクが回転軌跡を可視化し、機構の呼吸を鮮明に描く。自動巻き(Cal.UN-251)。33石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約72時間。Tiケース(直径45mm、厚さ16.65mm)。30m防水。世界限定各50本。各2675万2000円(税込み)。

 一方、フリーク S エナメルはメゾン技術の頂点にある。20度に傾斜したシリコン製テンワをふたつ備え、世界最小クラスの垂直ディファレンシャルがその鼓動を平均化。6平面構造が生む多層的なレイアウトと、高効率グラインダー自動巻きによる約72時間駆動が融合し、そこにターコイズブルー、または深いレッドのエナメルディスクが加わると、回転の軌跡に鮮やかな残像が走り、機構と色彩が呼応して独特な情景が立ち上がるのだ。

 フリーク Xとフリーク Sに通底するのは、針に頼らず“機構そのものが語る”という哲学だ。回転するムーブメントの進行が、そのまま時間の経過を告げるという独自の表示論理は、エナメルがもたらす光の層と重なり、時間の感じ方そのものを刷新していく。光の揺らぎ、陰影の移ろい、回転が描く気配が溶け合うことで、フリークならではの“読時の愉悦”が成立する。

 革新と伝統。あるいは先鋭と古典。その両端を往還しながら、フリークは“唯一無二”の時間を表現してきた。エナメルをまとった今回の新作は、その交差点を明確に描き、メゾンの精神性を最も純度高く結実させている。


FREAK “X”

初代フリークの革新を“日常で使える規格”へ落とし込んだのがフリーク Xである。時刻を針ではなく構造の回転で読むという思想はそのままに、外装・操作性・装着性を徹底的に磨き込むことで、前衛性と実用性の間に揺るぎない均衡が生まれた。レギュラー展開の3モデルは、素材が変われば回転構造の見え方も読み味も驚くほど異なる。

フリーク X

フリーク X
反射を抑えたDLCチタンの外装が、回転構造の陰影を深く描き出す。金属光をほとんど返さない黒により、作動ブリッジや歯車の動きが“影の瞬き”のように浮かび上がる。耐擦傷性に優れ、日常の中で前衛の美学を楽しめる1本。フリーク X の裏側は、軽量チタンケースがCal.UN-230の構造を包み込み、フライングカルーセル表示の核となる輪列を静かに支える。一般的なシースルーバックとは異なり、“見せる”より“守る”設計が貫かれ、前衛的な機構を日常へと導くための堅牢な基盤として機能している。自動巻き(Cal.UN-230)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。Tiケース(直径43mm、厚さ13.38mm)。50m防水。456万5000円(税込み)。

 フリーク Xは、初代フリークが提示した“時を回転で読む”という思想を、日常で扱いやすい領域へと落とし込んだモデルだ。アワーディスクが時を、ブリッジが分を示す独自の表示機構を継承しつつ、操作性・視認性・装着性を整えることで、革新性と実用性の間の確かな調和を見いだした。腕に載せた時、構造の動きが視界にそっと滑り込み、時間の見え方が移ろうように変化する−− その感覚こそ、フリーク Xの核心である。

 まず注目したいのは、操作思想の転換だ。初代フリークを象徴するベゼル操作式の時刻合わせを廃し、現在のフリーク Xでは一般的なリュウズ操作へと改められた。ムーブメントはUN-230自動巻きで、シリコン製脱進機の安定した調速と約72時間のパワーリザーブが、複雑さを意識させない確かな動作をもたらす。こうした構造の磨き上げが、フリークの理念そのものを日常の時間感覚へとつないでいる。

 フリーク Xの表示は“回転した角度=経過”として直感的に読み取るフリーク固有の論理をさらに扱いやすく洗練したものだ。表示を遮る固定要素がなく視界が開けているため、立体的な移動や影の変化が読み味を形づくり、時間が“表示される”のではなく“動きの中から現れる”感覚へ導く。この読み取りの瑞々しさは初代フリークとまったく同じ手触りを受け継いでいる。

 そして3つのモデルは、素材によってまったく異なる気配を見せる。

 ブラックDLCチタンは反射を抑えた外装が構造の輪郭を深く描き出す。金属光沢を抑えた黒は、作動するブリッジや歯車を影の揺らぎとして浮かび上がらせ、フリーク X本来の構造美に引き締まった緊張感を与える。耐擦傷性にも優れ、複雑な機構を日常で扱うための堅実な選択肢でもある。

フリーク X

フリーク X
ブルーとローズゴールドの2モデルは、外装設計と装着感の方向性が対照的だ。ブルーは軽量チタンの利点を生かし、長時間でも疲れにくい軽快な着け心地を実現。ローズゴールドは比重を生かした安定した重心配置が特徴で、腕の上で落ち着いたフィーリングを生む。ブルー文字盤&チタンDLCケース:456万5000円(税込み)。ブラック文字盤&18KRG+Tiケース:632万5000円(税込み)。いずれも自動巻き(Cal.UN-230)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。直径43mm、厚さ13.38mm。50m防水。

 一方、ブルーはフリーク Xの構造が最も“線”として精妙に浮かび上がる仕様だ。軽量チタンに施されたブルーPVDは光を素直に拾い、フライングカルーセルの軌跡を明瞭に示す。ブリッジの動きが空間にすっと溶け込むことで、視界に伸びやかさが生まれ、初めてフリークに触れる人でも独自の躍動をまっすぐに味わえる。

 そしてローズゴールドは、前二者とは異なる落ち着いた表情を見せている。比重の高いゴールドによる安定した重心は、回転構造のリズムを腕上で確かに支え、光を受けたときの表面には深みのある風合いが現れる。チタンとのハイブリッド構造により装着感も快適で、前衛性に温かみのある上質さを添える1本として、ビジネスやフォーマルの場にも自然に馴染む。

 3モデルを通して際立つのは、“構造が語る”時間表現が素材の違いによってまったく異なる輪郭を見せるという事実である。同じUN-230を搭載しながら、色と質感の差異が回転の見え方を変え、動きのテンポまでも別の印象へ導いていく。これは一般的な3針時計では決して現れない、フリークXならではの“時間の表情”である。

 フリーク Xは、初代フリークが切り拓いた革新の道を、現実の時間へと架け直した存在だ。構造が動き、光が映え、そのすべてを腕が受け止める。その相互作用が、時を読むという行為をさりげなく更新し、日常の風景に静かな高揚をもたらす。3つの個性を持つフリーク Xは、フリーク哲学を現代に結び直した“ひとつの完成形”である。


FREAK “ONE”

“針も文字盤もリュウズもない” ── 2001年の初代フリークが示したこのコンセプトを、最も純粋なかたちで継承し、現代仕様として再定義した新スタイルが「フリーク ワン」である。20年以上にわたり磨かれてきた強烈な個性は、現在でも「フリーク」という系譜の核を成している。

フリーク ワン

フリーク ワン
「フリーク ワン」は“フライングカルーセルで時を示す”思想を純粋に継ぐモデルだ。針・文字盤・リュウズを廃した構造が機構の動きを主役に据え、ユリス・ナルダンの革新精神を象徴する。2023年にはGPHG(ジュネーブ・ウォッチ・グランプリ)の「アイコニックウォッチ賞」を受賞。自動巻き(Cal.UN-240)。15石。2万1600振動/ 時。パワーリザーブ約90時間。18KRG+Tiケース(直径44mm、厚さ13.37mm)。30m防水。1205万6000円(税込み)。



Contact info:ソーウインド ジャパン Tel.03-5211-1791


ユリス・ナルダン 革新のDNAが息づく針なきアイコン「フリーク X」

FEATURES

ユリス・ナルダン ブラックとのコントラストで煌めく独自素材「クリスタリウム」

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ユリス・ナルダン 最先端とメティエダールの刺激的な“X”オーバー

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