機械式時計の大敵である磁気は、時計愛好家の頭を悩ませる厄介な存在だ。そこで本記事では、時計の磁気帯びを引き起こす原因と、磁気帯びしてしまった際の対処法、そして優れた耐磁性を誇る現行モデル3本を紹介する。

Text by Tsubasa Nojima
[2024年12月9日公開記事]
機械式時計の“磁気帯び”とは?
強磁性体の金属パーツを使ったムーブメントを持つ機械式時計にとって、大敵となるもののひとつが、磁気である。磁気は、現代社会においてさまざまな場所に潜み、さらに目で見ることができない。日々意識して過ごさなければ、ムーブメント内部、とりわけヒゲゼンマイが磁気の影響を受けて正しく機能しなくなった状態、つまり磁気帯びとなってしまう。磁気帯びすると、時計の精度を司る脱進機の動きが乱れ、時間の進みや遅れなどの症状として現れる。

磁気を発する身近なものを挙げると、スマートフォンやパソコン、イヤホン、磁気ネックレス、バッグの留め具、さらにはエレベーターの壁面に貼られたマグネットシートなどがある。機械式時計を使用するのであれば、時計をこれらに近付けないよう気を配らなければならない。
なお、忘れがちだがアナログ式のクォーツ時計も磁気帯びをする。機械式時計に比べて磁気の影響を受けにくいものの、強力な磁気に晒されることで、運針が停止してしまったり、精度が乱れてしまったりするのだ。神経質になる必要はないが、強い磁石を扱う場合には気を付けたい。
機械式時計を磁気帯びさせないために知っておきたいこと
では、どのようにすれば磁気帯びをさせずに機械式時計を使用することができるのだろうか。これは、磁気を発するものから時計を遠ざけるほかない。現代のほとんどの時計では、磁気発生源から5cm離せば磁気帯びを回避できる。日本産業規格(JIS規格)ではこの距離(または直流磁界4,000A/m)の磁気に耐えられる時計を第一種耐磁時計と定めており、スペックに第一種耐磁と記載があればなお安心だ。さらに上位の第二種耐磁時計では、磁気を発するものに1cm(直流磁界16,000A/m)まで近づけることが可能である。
気を付けて使っているのに、いつの間にか耐磁してしまっているということも珍しくはない。急に精度が悪くなってしまったが、オーバーホールはまだまだ先のはず、という場合は、まずは磁気帯びを疑ってみよう。磁気帯びをしているかどうかは、簡単に確認することが可能だ。コンパスを時計に近づけた際、コンパスの針が振れるのであれば、磁気帯びしてしまっている可能性が高い。
時計の磁気は、たいていの場合、時計を脱磁機に通すことで排除可能だ。脱磁機は市販されているものもあるため、それらを入手して自分で対処することもできるが、扱いを間違えると逆に磁気帯びさせてしまうことになるため、時計店に持ち込むことをおすすめする。

時計の中には、強力な磁気に晒されても磁気帯びしにくい、優れた耐磁性を備えたものが存在する。耐磁性を高めるためのアプローチは大きくふたつ。ひとつは軟磁性インナーケースを搭載することだ。ムーブメントを包む軟鉄などの軟磁性素材が周囲の磁気を受け流し、内部に到達することを防ぐ役割を持つ。長年にわたって各社が採用してきた定番の手法であり、仕組みも単純だ。しかし、インナーケースの分、時計そのものが重く厚くなってしまうという欠点がある。
もうひとつのアプローチは、ムーブメントの部品そのものに非磁性の素材を使用するというもの。特に磁気帯びしやすいヒゲゼンマイをシリコン製とすることで、飛躍的に耐磁性を高めている場合が主流だ。しかしシリコン製のヒゲゼンマイは、極一部を除いて緩急針を取り付けることができず、テンワに配されたスクリューによって精度を調整することとなる。この調整にも限度があるため、前提としてそもそもの部品の加工・組立精度が高くなければならない。実装するにあたっては、ブランドの製造技術が問われる素材なのだ。
安心して使える! 耐磁時計を紹介
ここからは、現行の耐磁時計から3本をピックアップして紹介する。磁気帯びをさせたくないという方は、これらのモデルを参考にして時計選びをすると良いだろう。各社工夫を凝らした方法で磁気を克服しており、違いを比べてみるのも面白い。
オメガ「シーマスター プラネットオーシャン」Ref.217.30.42.21.01.001

ケースデザインを大胆に変更することで、よりラグジュアリーな印象に生まれ変わった、第4世代の「シーマスター プラネットオーシャン」。シリコン製のテンプを採用することで、高い耐磁性を獲得している。自動巻き(Cal.8912)。39石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS×Tiケース(直径42mm、厚さ13.79mm)。600m防水。130万9000円(税込み)。(問)オメガ Tel.0570-000087
2025年に第4世代へとリニューアルを遂げた、オメガ「シーマスター プラネットオーシャン」。アラビア数字インデックスとアロー型時分針を組み合わせたアイコニックなダイアルと、デザインを一新したシャープなケースが特徴だ。10時位置に配されていたヘリウムエスケープバルブを廃し、流麗なリュウズガードを追加するなど、よりモダンで洗練された印象に仕上がっている。600m防水というハイスペックなダイバーズウォッチでありながら、14mm未満に抑えられたケース厚も魅力だ。
ベルトは、ポリッシュとヘアラインに仕上げ分けたステンレススティール製ブレスレットのほか、軽快な着用感を実現するラバーストラップのバリエーションも用意されている。
現行のオメガでは、そのほとんどがスイス連邦計量・認定局(METAS)によるマスタークロノメーター認定を受けている。この認定を受けるためには、1万5000ガウスもの強力な磁場への耐性が求められている。オメガではシリコン製のテンプを採用することで、この高い基準をクリアしている。
ティソ「ティソ PRX オートマティック」Ref.T137.407.11.041.00

ティソを代表する人気コレクション「ティソ PRX」の自動巻きモデル。磁気帯びしにくい合金であるニヴァクロン™を用いたヒゲゼンマイを搭載している。自動巻き(Cal.パワーマティック80)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.93mm)。10気圧防水。11万2200円(税込み)。(問)ティソ Tel.03-6254-5321
1930年に世界初の耐磁腕時計を発表した、パイオニアたるティソ。同社が1970年代に発表したモデルに着想を得た「ティソ PRX」は、ラグジュアリースポーツウォッチのようなブレスレット一体型ケースが特徴の人気コレクションだ。グリッド状のパターンが施されたサンレイブルーダイアルは、オンオフ問わず着用しやすく、3時位置のデイト表示や蓄光塗料を塗布した、太くはっきりした時分針など、実用性も高い。
ステンレススティール製のケースは、ヘアライン仕上げの平面を基調としたソリッドな印象。ベルトは、ステンレススティールブレスレットのほか、ラバーストラップやレザーストラップも用意され、インターチェンジャブルシステムによって簡単に付け替えることができる。
本作に優れた耐磁性を与えているのが、ニヴァクロン™製のヒゲゼンマイだ。ニヴァクロン™は、チタンとニオブという非鉄素材をメインに構成された合金である。微量ながら鉄も含まれているものの、従来のヒゲゼンマイから飛躍的に耐磁性を向上させている。割れるリスクのあるシリコンに比べてメンテナンス時の取り扱いが容易であることや、緩急針を使用できるなど、ニヴァクロン™ならではのメリットもある。
ジン「613 St」Ref.613.012

数々のジン・テクノロジーを搭載した、ダイバーズクロノグラフウォッチ。ダイアルとケースバックに軟磁性素材を用いることで、インナーケースによる耐磁に比べてケース厚がかさむことを防いでいる。自動巻き(Cal.SW515)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約56時間。SSケース(直径41mm、厚さ15mm)。500m防水。71万5000円(税込み)。(問)株式会社ホッタ Tel.03-5148-2174
ジンの2025年新作であるハイスペックなダイバーズクロノグラフ。ブラックのダイアルが、ホワイトのインデックスや針とのコントラストを生み、高い視認性をもたらす。9時位置にはあえて判読性を落としたグレーのスモールセコンドが配されている。6時位置の大型のインダイアルは、クロノグラフでの計測時に使用する60分積算計だ。積算計の針とセンターのクロノグラフ秒針の先端は赤で統一され、時刻表示用の針との混同を防いでいる。
ジンならではの特殊技術、「ジン・テクノロジー」を多数搭載していることも特徴だ。ケース側面に埋め込んだドライカプセル、ケース内部に充填されたプロテクトガス、水分の侵入を防ぐEDRパッキンによるArドライテクノロジーに加え、衝撃が加わってもミドルケースから外れることのない特殊結合方式の逆回転防止ベゼル、水中でもプッシュボタンの操作が可能なD3システム、さらには軟磁性のリングとダイアル、ケースバックを用いることで80,000A/mの高耐磁性を実現するマグネチック・フィールド・プロテクションが採用されている。



