身近な存在であるクォーツ式腕時計。しかし、その歴史や仕組みについて触れる機会はあまり多くない。そこで今回はクォーツ式腕時計について解説するとともに、3本の傑作を紹介する。

Text by Tsubasa Nojima
[2026年1月6日公開記事]
腕時計でよく聞く「クォーツ」とは?
機械式腕時計の対として挙げられることの多いクォーツ式腕時計。高級腕時計の世界では機械式が幅を利かせている印象だが、腕時計全体の生産数に対してはクォーツ式の方がはるかに多く、現代の腕時計における主流の駆動方式と言える。一般社団法人日本時計協会の公表する『2024年 ウオッチおよびクロックの世界生産(推定値)』によると、アナログ・デジタルを合わせたクォーツ式腕時計の2024年の世界生産数は、腕時計全体の約97%に及ぶほどだ。メジャーかつ身近な存在であるクォーツ式腕時計だが、その歴史や仕組みについて語られる機会はあまり多くない。そこで今回は、クォーツ式腕時計がどのようなものか、改めて確認していきたい。
機械式腕時計の多くは、ヒゲゼンマイとテンワ、アンクル、ガンギ車などを組み合わせた脱進機によって主ゼンマイの動力を一定のリズムに変換し、時を刻んでいる。この時にアンクルの振れる回数を振動数と呼び、振動数が多いほど外乱への耐性が強くなり、理論上の精度が向上する。機械式腕時計が成熟するに従い各社がハイビートムーブメントの開発に注力したのは、より高精度を実現するためである。
高精度化とともに、腕時計には電子化の波も訪れた。1957年にはハミルトンが世界初の電池によって駆動する腕時計「ベンチュラ」を、1960年にブローバが音叉腕時計「アキュトロン」を発表した。特にアキュトロンは、音叉から生じる共鳴振動を用いた毎秒360もの高振動によって、日差±2秒という高精度を実現した画期的な腕時計であった。
これをさらに上回る高精度を実現したものが、電圧を加えることで正確に振動するという水晶(クォーツ)の特性を活用したクォーツ式腕時計だ。クォーツ式のクロック自体は1927年に登場していたが、巨大な筐体を必要としていたため、腕時計化にあたっては電池や水晶振動子などのパーツを搭載しつつ、体積を30万分の1にまで小さくすることが求められていた。
世界に先駆けてこれを実現・量産にまで漕ぎつけたのが、日本のセイコー(諏訪精工舎)である。同社は小型化、省電力化などの数々の壁をクリアし、1969年12月25日に「クォーツ アストロン」を発売。クォーツ革命と呼ばれる、時計史における大きなマイルストーンを作り出した。なお、クォーツ アストロンの振動数は毎秒8,192振動であったが、現在のクォーツウォッチは毎秒3万2768振動が標準だ。機械式や音叉式に比べ、文字通り桁外れの高振動化を果たしている。

クォーツ式腕時計のメリットとデメリット
水晶振動子が生み出す高振動によって、比類ない精度を獲得したクォーツ式腕時計。しかし、メリットは精度だけではない。腕時計に禁物とされる磁気や衝撃への高い耐性も備えている。
機械式腕時計では、調速機構を構成するパーツのひとつである、鉄を含む合金製のヒゲゼンマイなどが磁気を帯びると精度が悪化してしまう。さらにこの磁気帯びの症状は、専用の脱磁機を使用しなければ解消することができない。しかしクォーツ式腕時計では磁気に晒されても、機械式に比べて精度への影響が少なく、磁気から遠ざけることで再び正確な運針を始めることが多い。よほど強力な磁気でない限りは、クォーツ式で過度に磁気を気にする必要はないのだ。
機械式腕時計の調速機構は、衝撃を受けることでテンプの軸である天真の破損やヒゲゼンマイの絡み、緩急針のズレを引き起こし、精度の悪化や腕時計自体の機能停止につながってしまうことがある。しかし、水晶振動子やモーターを用いるクォーツ式ではテンプが存在せず、一部のムーブメントを除き緩急調整装置もないため、機械式に比べて衝撃による影響が限定される。

一方で、クォーツ式腕時計特有のデメリットも存在する。そのひとつが、機械式に比べてトルクが小さいということだ。そのため、大きく太い針を動かすことが難しく、高い視認性を必要とするダイバーズウォッチなどでは不利となってしまう。
もうひとつのデメリットが、電池切れを起こすと完全に機能を停止してしまうことだ。水晶振動子に電圧をかけることで駆動するクォーツ式は、電池を動力源としている。そのため、電池の残量がなくなると動かなくなってしまう。ムーブメントによって異なるが、短ければ2年、長くても10年ほどで電池交換が必要となることが一般的だ。電池交換を個人で行うことは不可能ではないが、不用意に行うとケースやムーブメントを損傷させてしまうことがある。専門店に依頼することがベストだ。ムーブメントによっては、秒針の動きで電池切れが近づいていることを知らせる機能を備えている場合もある。
このデメリットを解消する選択肢として、光発電機能を持ったムーブメントや、オートクォーツまたはキネティックと呼ばれるローターの回転によって発電するムーブメントも存在する。これらは定期的な電池交換が不要なため、基本的にはメンテナンスフリーで使用することができる。なお、その場合でも劣化による二次電池の交換が必要になる場合があるということは抑えておきたい。
そのほかにも、水晶振動子の振動数が温度変化によって変動し、精度の遅れ進みにつながってしまうことや、修理が困難な構造のムーブメントが多いことなど、いくつかのデメリットが存在する。
クォーツ式腕時計の強みを生かし、デメリットをカバーする名作
機械式に比べ、精度、耐磁性、耐衝撃性に優れるクォーツ式腕時計。ここからは、それらの長所を生かしつつ、さらにデメリットもカバーした傑作3本を紹介する。
グランドセイコー「ヘリテージコレクション」Ref.SBGX355

風に吹かれた雪面をモチーフとした、繊細な型打ちダイアルが特徴。ダイアルの白色は、特殊な銀メッキによって表現されている。クォーツ。ブライトチタンケース(直径37mm、厚さ10.6mm)。10気圧防水。57万2000円(税込み)。(問)セイコーウオッチお客様相談室(グランドセイコー) Tel.0120-302-617
まさに究極のクォーツムーブメントと呼ぶにふさわしい、グランドセイコーのCal.9F。本作が搭載するのは、その中でもコンパクトなCal.9F62だ。3カ月間のエイジングによって選別された水晶振動子を使用し、1日540回もの検温・温度補正を行うことによって年差±10秒という高精度を発揮する。
グランドセイコーらしい大きく太い針を回すため、1秒間に2ステップの運針を行うツインパルス制御モーターや、滑らかな針の動きを実現する3軸独立ガイド構造、秒針の震えを抑えるバックラッシュオートアジャスト機構によって、高級機らしい針の動きを楽しむことが可能だ。
クォーツ式としては珍しい緩急スイッチによる精度の微調整機構や、塵の侵入を防ぎ保油性を高めるスーパーシールドキャビン、午前0時を回った頃に一瞬で日付が切り替わる瞬間日送りカレンダーなど、実用性を高める機構も多く搭載されている。
「Ref.SBGX355」は、ダイアルに雪白パターンと呼ばれる型打ちを施したモデルだ。モチーフとなったのは、風に吹かれた雪面に浮かび上がる繊細な風紋。グランドセイコーのクォーツモデルが製造される、信州 時の匠工房から望む穂高連峰の冬の情景を表現している。
ケースとブレスレットに使用されているのは、白く輝くチタン合金であるブライトチタン。軽快な装着感に加え、通常のチタンよりも傷に強いという特性を持つ。ケースの直径は37mmと、控えめなサイズ感であることも魅力。
ザ・シチズン「AQ4091-56M」

藍染めした土佐和紙をダイアルに用いた、ザ・シチズンのレギュラーモデル。透過性のある和紙は、光発電エコ・ドライブとの相性も抜群。光発電クォーツ。フル充電時1.5年稼働(パワーセーブ時)。Tiケース(直径40mm、厚さ12.2mm)。10気圧防水。44万円(税込み)。(問)シチズンお客様時計相談室 Tel.0120-78-4807
年差±5秒の高精度を誇る、ザ・シチズンの光発電エコ・ドライブモデル。光発電機能によって定期的な電池交換が不要であるほか、月の大小や閏年を判別して正しい日付を表示するパーペチュアルカレンダーや、瞬時に日付が切り替わる0時ジャストカレンダー更新機能、衝撃による針ずれを検知し修正するパーフェックスを搭載している。
光発電エコ・ドライブは、ソーラーセルに光を当てることで動力を生み出す仕組みだ。通常、ソーラーセルはダイアルの下に配されるため、ダイアルには樹脂などの透過性の高い素材を使用する必要がある。金属製のダイアルを使用できないため高級機には向かないと考えられていたが、その常識を覆したのがザ・シチズンの和紙ダイアルモデルだ。薄く光を通し、繊細な文様が浮かび上がる和紙は、機能と審美性、さらに国産ブランドらしさを共存させるうってつけの素材である。
本作に採用されているのは、日本三大和紙のひとつに数えられる土佐和紙。そこに日本の染色技術である藍染を組み合わせることで、深みのある色合いを実現している。藍染を手掛けたのは、徳島県の工房であるWatanabe’sの渡邉健太。薄く繊細な和紙に均一な色味で藍染を行うため、その日の気温や湿度、藍染液の状態をもとに調整を加えるなど、ひとつひとつの工程に職人技が生かされている。
直径40mmのケースとブレスレットに使用されているのは、チタンに独自の表面硬化技術であるデュラテクトを施したスーパーチタニウムだ。ステンレススティールに比べて40%の軽量化と、5倍以上の表面硬度を実現している。エッジの効いたシャープなデザインやリュウズガードがアクティブな印象を与えつつ、ポリッシュとヘアラインを交互に施したブレスレットが上品さを感じさせる。
カルティエ「タンク マスト」Ref.WSTA0054

ラッカー仕上げによるバーガンディーカラーのダイアルが特徴のモデル。インデックスや秒針を廃した仕様は、クォーツムーブメントとの相性も良い。クォーツ。SSケース(縦33.7×横25.5mm、厚さ6.6mm)。日常生活防水。60万5000円(税込み)。(問)カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-1847-00
カルティエを代表するレクタンギュラーウォッチ、「タンク」。そのコレクションに属する「タンク マスト」は、2021年に誕生した比較的新しいシリーズだ。そのルーツは1977年に発表された「マスト ドゥ タンク」にさかのぼり、本作には丸みを帯びたケースフォルムやユニークなカラーダイアルなど、さまざまな特徴が受け継がれている。
ダイアルは、ラッカー仕上げによるバーガンディーカラー。カルティエのブランドロゴが配され、タンクを象徴するローマ数字インデックスやレイルウェイミニッツトラックなどはプリントされていない。針は時分針の2本のみだ。
本作は、ドレスウォッチとクォーツムーブメントの親和性を示す好例でもある。クォーツ式腕時計については、ステップ運針であることを気にする時計愛好家も少なくない。しかし2針の本作であれば秒針の動きや、ミニッツトラックと秒針の重なりのズレを気にする必要がない。秒針やミニッツトラックは、実用重視の腕時計であれば不可欠な要素だが、本作のようにデザイン性を優先したドレスウォッチであれば必須ではないのだ。
さらに、ドレスウォッチには細く繊細な時分針を採用することが多く、クォーツムーブメントのトルクでも十分に回すことが可能である。日常的に使用しない場合でも、必要が生じたときに取り出してすぐ、時刻調整なしで使えることも心強い。
ステンレススティールケースは、タンクらしいアールデコ様式を取り入れた直線基調のデザイン。パール状の飾りが施されたリュウズの先端には、シンセティック スピネルが取り付けられている。ダイアルと同色のアリゲーターレザーストラップにはクラシカルなアルディロンバックルを装着。インターチェンジャブルシステムによって、ケースとストラップをワンタッチで分離できることも魅力だ。
本作に搭載されているのは、約8年もの長寿命を誇る高効率なクォーツムーブメントである。電池交換の頻度が少なく済むため、メンテナンスにかかる手間やコストを抑えることが可能だ。



