市場を動かすエネルギーのひとつは間違いなくラグジュアリーだ。人が求める理由はさまざまだが、ことクワイエットラグジュアリーに限って言えば、そのゴールのひとつは自己満足になるだろう。懐中時計、テーブルクロック、そして針のないリピーターが示すのは、「自分のためだけ」という、古くて新しい世界観である。
鈴木裕之:編集
[クロノス日本版 2024年11月号掲載記事]
究極の“クワイエット”は自分のためだけの上質感
2024年春、筆者はパルミジャーニ・フルリエCEOのグイド・テレーニと、ラグジュアリーについて語り合った。「私はクワイエットラグジュアリーという言葉があまり好きではなく、むしろプライベートラグジュアリーと言いたい。真のエレガンスとは、自分らしさではないでしょうか。(中略)ファッションの世界では、顧客をファッションの犠牲者と言うことがあります。最新で、みんな持っているものを欲しがる。私たちはその逆を選びたいのです」。
プライベートラグジュアリーという言葉が定着するかはさておき、クワイエットラグジュアリーの本質とは、テレーニが述べた通りではないか。つまりは自分の満足度なのである。この文脈で考えると、クワイエットを標榜するいくつかのメーカーが、小サイズを打ち出したのも理解できる。
さておき、「自分のためだけ」を突き詰めると、ラグジュアリーは人に見せずとも良いものになる。そうした境地に至った好事家のため、一部のメーカーは際立ってクワイエットな時計を製造している。2024年時点でその頂点にあるのは、ブレゲの「No.5」だろう。同社は1794年に作られた懐中クォーターリピーターを、2004年に完全復刻し、少なくとも数人のコレクターに納入した。


時計愛好家が向かうひとつの究極が懐中時計だ。そんな一部の好事家に向けて、ブレゲは2004年以降、傑作「No.5」の復刻版を提供している。上が1794年のオリジナル、右が現行モデルだが、外装のサイズと仕上げは全く同じ。クォーターリピーターに、オリジナル同様のペルペチュアル自動巻きを搭載する。自動巻き。パワーリザーブ約60時間。18KYGケース(直径54mm)。非防水。要価格問い合わせ。(問)ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211
その姿をSNS上でも全く見かけないのは、時計だけでなく、持ち主もクワイエットな人柄なためだろう。ちなみにNo.5は今なおカタログに記載されているから、情熱(と資産)にあふれるコレクターならば、ブレゲに話ぐらいは聞いてもらえるかもしれない。もっとも2010年の時点で約2億円近いとされた価格は、今ではさらに上がっているはずだ。
パテック フィリップのドーム・テーブルクロックも、ブレゲのNo.5に並ぶもうひとつの極みである。今やエナメル文字盤と言えば、たかだか直径3cmのサイズで、最低数十万、高価なものに至っては数百万円で取り引きされている。そのエナメルが、決して小さくはないクロックの全面にあしらわれているのだ。平面ではなく曲面にエナメルを載せると、すぐに流れ落ちてしまう。そこでパテック フィリップの職人たちは、釉薬の粘度を高め、流れ落ちないよう部分的に釉薬を焼き付けていく。
手間のかかり方で言うとこれほど凝った現行品はないが、ウォッチのように簡単に持ち運べないため、せいぜい自室でひとり楽しむしかない。ちなみに筆者は同社のドーム・テーブルクロックを、著名なコレクターの自室で見た。「鳴り物を持つよりも満足度が高い」と語った持ち主。なるほどクロックとは、そうした層のために存在するものらしい。
![パテック フィリップ「ドーム・テーブルクロック 20132M-001[HANAMI]」](https://www.webchronos.net/wp-content/uploads/2026/03/no115_1toku8_3.webp)
時計における究極のクワイエットラグジュアリーのひとつが、パテック フィリップのドーム・テーブルクロック。そのケースはエナメルを施すキャンバスとして理想的。2024年に発表された「ハナミ」は、ケース全面にクロワゾネ、ミニアチュールエナメル、フランケエナメルで日本の春の情景を描いている。愛好家垂涎の時計だが、1点ものなので入手は不可能と考えていいだろう。参考商品。(問)パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター Tel.03-3255-8109
![パテック フィリップ「ドーム・テーブルクロック 20132M-001[HANAMI]」](https://www.webchronos.net/wp-content/uploads/2026/03/no115_1toku8_4.webp)
ミニッツリピーターやソヌリと言った鳴り物も、やはりクワイエットなアイテムだ。とりわけ、鳴り物だけを載せたモデルならば、見た目は普通の時計と変わらず、いっそう控えめだ。その頂点にあるのが、2019年に発表されたH.モーザーの「スイス・アルプウォッチ コンセプト ブラック」だろう。潔く針を除いたこの時計の見た目は、画面がブラックアウトしたアップルウォッチだ。わざわざ音を鳴らさないと存在がわからない本作は、本当の意味でのクワイエットラグジュアリーではないだろうか。
正直、ここに挙げた3点の時計は一般には受け入れられないだろう。しかしその傑出した完成度は、持ち主に深い喜びをもたらすに違いない。突き詰めると、クワイエットラグジュアリーとは、究極の自己満足なのである。

反骨精神に富むH.モーザーらしく、極端なミニマリズムに振り切ったモデル。あえて時分針を省き、音だけで時間を知らせるミニッツリピータートゥールビヨン。もっとも、実用性も考慮されており、リュウズを引き出したときに現れる目盛りを使って時刻を調整できる。手巻き(Cal.HMC 901)。28石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約87時間。Ptケース(縦45.8×横39.8mm、厚さ11.0mm)。3気圧防水。参考商品。(問)エグゼス Tel.03-6274-6120






