90年代の名作を思い出せ! タグ・ホイヤー「キリウム」を忘れるべからず

FEATURE WatchTime
2026.03.05

1990年代、タグ・ホイヤーが革新的なデザインを追求していた時代に誕生した「キリウム」。ヨルグ・イゼックの手による流麗なフォルムと、プロフェッショナルなスペックを融合させたこのモデルは、当時のフラッグシップとして君臨した。今なお色褪せないそのモダンな魅力と、時計史における立ち位置を、実機のディテールから再考する。

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Text by Martin Green
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Reprinted with permission.
[2026年3月5日掲載記事]

タグ・ホイヤー「キリウム」:90年代のフラッグシップが今なお放つかがやき

 1990年代後半、タグ・ホイヤーのラインナップにおいてフラッグシップを担っていた「キリウム オートマチック クロノグラフ」は、先見性のあるデザインと日常的な使いやすさを融合させた1本であった。それは静かな現代性をたたえたスポーツウォッチであり、今なお過小評価され続けている名作である。

 かつてプレミアムブランドが展開し、著名なデザイナーが手掛けた人気モデルが、販売終了から15年を経てほぼ忘れ去られているというのは、いささか驚くべきことだ。しかし、それこそがタグ・ホイヤー「キリウム」のたどった運命であった。この不遇な扱いは、モデルの実力に見合わぬものである。なぜなら、この見落とされがちなモデルは、他の兄弟分たちを圧倒するに十分な魅力を備えているからだ。

ヨルグ・イゼックが描いた次世代のビジョン

 まずはその歴史から紐解こう。キリウムは1997年、「4000シリーズ」の後継モデルとしてカタログに登場した。当時、ブランドはまだテクニーク・ダヴァンギャルド(TAG)グループの傘下にあった。1985年にホイヤー社を買収し、社名の頭に「TAG」を冠した組織である。

 彼らは高名なデザイナーであるヨルグ・イゼックを起用し、1990年代にふさわしく、かつ次なるミレニアム(千年代)を担う次世代のスポーツウォッチの開発を依頼した。キリウムはまさにその使命を果たし、1999年にタグ・ホイヤーを買収したLVMHの時代に入っても、2008年に生産終了となるまで長く愛されたのである。

モナコに匹敵した「最上位」のプライド

 発売当初、キリウムはスポーツウォッチ界における強力な挑戦者として、即座にその存在を知らしめた。コレクションの市場デビュー時には、実に15種類ものモデルが用意されていた。クォーツと機械式を巧みに織り交ぜた構成で、すべてのモデルが共通のケースと一体型ブレスレットを共有しながらも、ステータスの違いを示すために細部のデザインに微妙な差異が設けられていた。

 このオートマチック・クロノグラフは最上位モデルのひとつであり、当時の価格は、あの「モナコ」のクロノグラフと同等であった。この価格設定は、当時においても、そしてある意味では現在においても、キリウムが非常にモダンなスポーツウォッチであったことを考えれば、十分に正当化されるものだ。

人間工学に基づいた一体型デザイン

 一部のモデルにはラバーストラップも用意されていたが、イゼックは最初からブレスレット一体型のデザインを念頭にキリウムを設計した。このブレスレットは非常に堅牢な作りであり、手首のラインにしなやかに沿うため、装着感は極めて快適である。39mm強という、今日では比較的控えめなケース径もその快適さに寄与している。

ブレスレットはケースデザインと一体化しており、手首へのフィット感は良好だ。

 文字盤はイゼックの作風が色濃く反映された、非常にクリーンで視認性の高いスタイルにまとめられている。この個体はキリウム・オートマチック・クロノグラフの初期モデルであるため、12時位置のタグ・ホイヤー・シールド(盾形ロゴ)の上に「Automatic」の文字が配置されている。これはかなり珍しい位置だ。

シンプルで整理され視認性に優れた文字盤。12時位置に「Automatic」の文字が配されている。

 6時位置のサブダイアルはクロノグラフの12時間積算計となっており、その中にデイト窓(日付表示)が組み込まれている。その上には防水性能が記されているが、200mという数値は今見ても立派なものだ。本格的なダイバーズウォッチとしても恥じないスペックであり、スポーツ・クロノグラフとしてはなおさら特筆に値する。キリウム・クロノグラフに逆回転防止ベゼルが装備されているのも、この高い防水性能ゆえである。

F1の熱狂を支えたプロフェッショナルの針

 防水性に不安はない一方で、細身でエレガントな針は、この時計が過酷なダイビングのイメージに特化するのを防いでいるようにも見える。これがおそらく、タグ・ホイヤーが発売当初から、3針のキリウムに2種類の針を用意した理由だろう。あるモデルはこのクロノグラフと同じ針を採用し、別のモデルにはより力強い”メルセデス針“を採用していた。

 余談だが、当時のタグ・ホイヤーがマクラーレン・メルセデスF1チームのスポンサーおよびタイムキーパーを務めていたことも、単なる偶然ではないかもしれない。実際、ミカ・ハッキネンやデビッド・クルサードといった名ドライバーたちの手首にはキリウムがかがやいていたのである。

信頼のムーブメントと現代への提言

 ねじ込み式の裏蓋の下で時を刻むのは、ETA Cal.2894-2である。これはETA Cal.2892-A2をベースにしたクロノグラフモジュールだ。巧妙な設計のおかげで、クロノグラフのプッシャーが控えめなサイズのリュウズよりもわずかに高い位置に配されていることに、ほとんど気づくことはない。このムーブメントはクロノメーター規格を容易にパスする実力を備えており、後年のモデルでは実際にクロノメーター認定を受けている。

裏蓋はシンプルだが、内部には信頼性の高いETA Cal.2894-2を搭載する。

 現在の市場において、キリウム・コレクションはタグ・ホイヤーの中でも最も過小評価され、不当に安値で放置されているコレクションのひとつだろう。本来はもっと評価されるべきモデルだが、これは裏を返せば、これから腕時計収集を始める人々にとって、装着感に優れ、造りも良く、何より独創的なスポーツウォッチを手に入れる絶好の機会であることを意味している。

バックルにはブランド名、素材名、そして特許などの刻印が施されている。

 実際に腕に巻けば、キリウムの完成されたデザインと豊かなキャラクターは、所有者自身だけでなく周囲の人々をも魅了し続けるに疑いようがない。もしタグ・ホイヤーのCEOが、復刻させるべき次なるクラシックを探しているのなら、キリウム以上にふさわしい候補はない。この時計は、まるで昨日デザインされたのではないかと錯覚させるほど、優雅に歳月を重ねているのだから。




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