2026年3月5日、腕時計シェアリングサービス「トケマッチ」運営会社の元代表であり、本サービスを巡る業務上横領罪に問われていた福原敬済(たかずみ)被告の初公判が東京地方裁判所で行われた。トケマッチとは、一体なんだったのか──? 時計ジャーナリストの渋谷ヤスヒトがこの一連の事件を振り返るとともに、そこから得られる教訓を本記事に記す。

Text by Yasuhito Shibuya
[2026年3月17日公開記事]
「トケマッチ事件」とは?
詐欺はいつも「ラクして儲かる、必ず儲かるイイ話がありますよ」という甘い言葉とともにやってくる。怪しい不動産投資や金融商品。しかしまさか、そんな詐欺のネタに、時計がなってしまうとは──。
今から2年前の2024年1月に、時計にまつわる詐欺が発覚した。「高級腕時計のシェアリングサービス」を装って、オーナーから高級腕時計をだまし取り、それをオークションサイトなどの中古時計市場に売り飛ばした「トケマッチ事件」だ。
元代表の福原敬済(たかずみ)被告は、詐欺の発覚から間もなく、サービス終了とその運営会社「ネオリバース」の解散を発表。その日のうちにアラブ首長国連邦(UAE)のドバイへ逃亡した。その後、国際指名手配を受け、約2年後の2025年12月に身柄を確保されて日本へ強制移送。成田空港で共犯の元社員とともに詐欺容疑で逮捕、さらに同年2月9日に業務上横領容疑で再逮捕された。被害額は推定約28億円。だまし取られた時計は約1700本。被害を訴えているユーザーは約650人と報道されている。
筆者は編集・ライター業ひとすじだが、大学時代は法学部で刑事政策学を学び、一度はうっかり法曹を志していたため、同級生や後輩に検事や弁護士がけっこういる。また、大学時代の恩師とも卒業以来ずっと交流させていただいてきた。だから、普通の人よりは少しばかり犯罪や刑事司法には知識がある。発覚直後からこの事件が気になって、webChronosの連載コラムで本事件を2度にわたって取り上げた。また、昨年12月の逮捕時には、長年時計市場をウォッチしてきた時計ジャーナリストとして、新聞にもコメントした。
今後この種の詐欺に「引っかからない」知識を持っていただくにも、時計の価値やその楽しみ方について考えていただくにも、とても良い機会であるため、改めて「トケマッチ事件」を振り返ってみたい。
シェアリングという「装い」に、皆コロッとだまされた
まず「トケマッチ事件」とは、どんな犯罪だったのか? 犯罪事実を確認しよう。
2021年に関西を拠点にこの“事業”を始めた「トケマッチ」は、「あなたの高級時計を私たちに預けてくれれば、それを自社が抱える顧客に貸し出します。そして顧客が払ったレンタル料の一部をあなたにお支払いします。預けてくれるだけで、あなたは何もしなくても儲かりますよ」とかたって、お笑い芸人まで広告塔に使って、高級腕時計をオーナーから集めた。自分の資産の運用を他人に預けて利益を上げる「預託」ビジネスという体裁だった。

当時、時計関係者の間ではこのビジネス、ちょっと話題になった。このビジネスモデル自体は「トケマッチ」が開発したわけではない。まともな先行企業があった。ただ「高級時計に限った」ところと、「オーナーに支払われる金額が高い」ところが人目を引いた。そしてその背景には、「高級時計は資産」で「購入すれば、最終的に転売で儲かる」という情報がインターネットを中心に流布されていたことがある。結果、時計には特に興味はないが「資産」として高級時計を購入した人がたくさんいる。「儲かるときに転売しようと思っているが、いつが売りどきか分からない。貸すだけで儲かるなら、それはうれしい、ありがたい」と思うのも無理はない。また、新型コロナウイルス禍で中古時計市場が異常に高騰していた。だから当時は「儲かりそうだ」という雰囲気が蔓延していた。
さらに、その少し前から、服やバッグなどのサブスクリプションサービスが注目され、テレビなどのメディアに取り上げられていた。だからこの「時計の預託ビジネス」が登場したとき、同業者の間ではちょっと話題になった。「ついに時計まで」という驚きとともに「時計は使うと必ず傷が付く。大事な時計を他人に使わせるなんてあり得ない。自身の時計に愛着を持っているのであれば、絶対貸さないだろうに」と話した記憶がある。
当時、記事を寄稿しているインターネットメディアの編集者などから「トケマッチ、どう思います?」と聞かれた。そこで公式サイトをチェックしてみた。そして話した。「どう考えても、あれは詐欺っぽい」と。今も「そうですか」と残念そうな編集者の顔を思い出す。
以前も本連載で書いたが、「トケマッチ」を最初から「詐欺っぽい」と思ったのには明白な理由がある。何しろ寄託に対する報酬が高すぎる。ある計算では「年利15%」にもなるし、しかもレンタルされていないときも報酬が支払われる。そもそもこんな高い金額を毎月払って「高級腕時計を他人から借りてまで着けたい」という人がいるのか? それも大きな疑問だった。これだけレンタル料を払うなら、時計専門店の無金利ローン60回払い(5年ローン)サービスを使って、たとえレンタル料より毎月の支払いが高くても、「購入して自分のモノにする」方が絶対にイイ。
さらに時計は貸し出したら必ず傷が付く。落下させたら傷だらけになるし、たとえ小さなすり傷でも、磨き直しには限界がある。また、その費用も高い。つまり貸したら原状復帰は不可能だ。しかも不特定多数の人間が、どんな使い方をするのか分からない。この点、どんな契約になっているのかも疑問だった。であるがゆえに、最初から「これじゃ会社は絶対に儲からない、続かない。絶対に破綻する」と思って、記事化を断った。

今回、犯人たちの2回の逮捕とその報道で明らかになったのは、金融の詐欺犯罪ではおなじみの「ポンジスキーム」と呼ばれる古典的な手法だ。これは簡単に言えば「高額の配当金をエサに出資を募り、集まった資金の一部を配当金にと見せかけて配って信用させ、計画倒産などで会社を畳んで資金を持ち逃げする」というもの。「遠からず絶対に破綻する」出資金詐欺の定番とも言える事案のひとつだ。彼らはお金の代わりに現物資産の時計を集めて、それを中古市場で勝手に売り払った。借りた時計の原状復帰もまったく考えていなかった。詐欺という犯罪について少し知っていれば、絶対にひっかからない、呆れるほどずさんで稚拙な犯罪だった。
2025年12月26日に詐欺容疑で逮捕されたことに加えて業務上横領罪でも起訴され、先日2026年3月5日に東京地方裁判所で初公判に出廷した元代表は起訴内容をほぼ認め、「時計の借り手はほとんどいなかった」と述べている。そして資金繰りに当然のように行き詰まると、預かった時計を、やはり逮捕された従業員とともに中古市場に売却した。会社設立&サービス開始当初から「詐取(だまし取る)」ことが目的だったのかは今のところハッキリしないが、途中からはこのふたつの罪を繰り返した。
ではなぜ、数百人もの人がこの「預託詐欺」に引っかかったのか? それは、はやりの「シェアリングサービス」を装ったことが大きな要因だろう。この言葉が中国の「十大流行語」にノミネートされたのは2017年のこと。犯人たちは、この流行を利用したのだ。そして、メディアもこの言葉にだまされた。名指しはしないがインターネット、そしてテレビの一部もそれを見抜けずに話題として取り上げた。彼らは「訂正」「反省」報道を出さないとダメだと思う。
“化ける時計”はごく一部。それに大半は価値もあいまい

時計ビジネスを取材して30年以上が経つが、そもそも“化ける”つまり“大きく儲かる時計”など、中古でも新品でも、あなたが普通の人なら「ない」と考えた方がいい。中古市場で人気の時計は「生産数が需要よりいつも足りない」または「人気があるし、生産数もそこそこ多い。しかし需要が生産数より慢性的に多いので、結果として品薄」なモデル。その価値はとてもあいまい。だから中古価格が乱高下する。
そしてこの種の時計こそ、多くの中古時計業者の“飯の種”だ。人気があって商品も手に入りやすく、また価格の変動幅が大きい。だから利幅も大きい。時計に限らずすべてそうだが、古物商のプロは常に市場動向を見ながら臨機応変に取引している。時計の素人が「出し抜ける」相手ではない。
欲得ずくだけで時計を買っても、ほとんど空振りする。それより「自分が本当に好きな時計」を無理しないで買えばいい。そして大事に使う。保管する。その方が絶対にいい。後悔しない。そして楽しい。今のインターネットオークションや個人売買では、意外なものに高値が付いて取引されることがある。もしかしたら、そんなことも……? 程度に考えるのはいいだろう。
「トケマッチ」の福原被告は、2021年1月のサービス開始当初から腕時計を換金し、所有者への預託料の支払いに回したり、暗号資産を購入したりしていたという。つまり、報酬は「見せ金」で、最初から詐欺を働くつもりだったのだ。
時計は「他人に貸せるもの」じゃない
「トケマッチ事件」の教訓はいくつかある。それは、あまりに月並みな、当たり前のつまらない結論だが、金融詐欺と同じで「甘い儲け話はどこにもない。だから絶対に信じて関わってはいけない」ということ。
そしてもうひとつ。それは「個人の時計は自家用車と同じで『貸せるもの』じゃない」ということ。レンタルする時計の状態を保つには、修理業者と同じレベルの技術や人材がなければ不可能だ。だから時計のレンタルやサブスクリプションサービスは、クルマと同じで時計を自ら所有する専門業者だけが行えるし行うべきだろう。レンタカーと同じように動産保険を掛けて。
残念だが、詐取された時計の多くは海外マーケットに流れてしまった。だから、時計を取り戻すことは不可能だし、損害を取り戻すこともほぼ不可能だろう。なお、日本ではなぜかまったく注目されていないが、欧米の時計好きの間では数年前から紛失した、あるいは盗難に遭った時計(またはジュエリー)を、事前登録しておけば、オモテのマーケットに流れたものなら追跡&発見できるリシュモン グループが作った「ENQUIRUS(エンクイラス)」などのプラットフォームがある。このサービスは、本コラムでも二度にわたって紹介した。このシステムは中古時計の“身元保証”にも使われている。気になる方には、ぜひ登録をオススメしたい。
著者のプロフィール

渋谷ヤスヒト
モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、気が付くと2019年がまさかの25回目。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。





