高品質な腕時計を手の届きやすい価格で提供することから、しばしばコストパフォーマンスが良いと称賛されるティソ。その理由は何であろうか。1853年から始まった同社の歴史や、現行の主力自動巻きムーブメント「パワーマティック 80」、そして最新作「ジェントルマン 38mm」といったコレクションを例に取りながら、その傑出した“価格”と“価値”の背景を解き明かしていきたい。

商品ページ:https://www.tissotwatches.com/ja-jp/men/main-collections/tissot-gentleman.html
Photographs by Masahiro Okamura (CROSSOVER)
野島翼:文
Text by Tsubasa Nojima
[2026年3月31日公開記事]
なぜティソは人気があるのか?
1853年にスイス・ジュラ地方の町、ル・ロックルで創業したティソは、高品質かつ手頃な価格帯によって多くの時計愛好家から親しまれている老舗ブランドだ。同社は創業当初から海外進出に注力し、ヨーロッパのみならず、アメリカやロシアなど、次々と販路を拡大。グローバルなブランドとしての地位を確立し、世界中で知られる存在となった。
優れた開発力も、ティソを語るうえで欠かせない要素だ。電化製品が普及しつつあった1930年には世界初の耐磁腕時計「ティソ アンチマグネティーク」を開発・量産し、磁気にさらされた環境においても高い精度を保ち続けることを可能とした。1950年代には世界の主要24都市の時刻を表示するワールドタイマー「ティソ ナビゲーター」を発表し、航空時代の到来を支える。1999年には世界初のタッチセンサー式多機能デジタルウォッチである「T-タッチ」を開発。エレクトロニクス技術を融合させた、腕時計の新たな形を作り上げた。このデジタルウォッチは、現代では広く普及したスマートウォッチの原型と言っても過言ではないだろう。2025年発表の「PRC 100 ソーラー」では、新開発のハニカム構造のソーラーセルをサファイアクリスタル風防に組み込むというアプローチで、光発電クォーツウォッチのデザイン制約を取り払ったことも記憶に新しい。
さらに機能面だけではなく、腕時計を構成する素材に関しても、同社は革新的な試みを取り入れてきた。1971年に発表された「イデア 2001(通称アストロロン)」は、ケースからムーブメントに至るまでプラスティックを多用した腕時計であり、後に世界を席巻したスウォッチのルーツとも言われている。1985年には花崗岩をケースに採用した「ロックウォッチ」、1987年には木製ケースの「ウッドウォッチ」を世に送り出し、腕時計の持つさまざまな可能性を世に提示してきた。
このように、卓越したマーケティングと開発力の両輪によって、時代の流れに即した腕時計を開発し、時計業界を牽引してきたティソ。その歴史とパイオニア精神は、現代のコレクションにも受け継がれている。
そんな同社のコレクションの特徴として挙げられるのは、多様化したニーズを満たす広範なカバレッジだろう。クラシカルなデザインの伝統的な機械式腕時計やタフなダイバーズウォッチにはじまり、スマートフォンとの連携が可能なコネクテッドウォッチ、さらにはポケットウォッチまでラインナップされている。
近年特に注目されているのが、「ティソ PRX」だ。ティソ PRXは、1978年に誕生した同名のモデルをベースとした、ブレスレット一体型ケースを特徴とするコレクションである。モデル名の「PR」は、「Precise(高精度)」と「Robust(堅牢・耐久性)」の頭文字から取り、「X」は「10」を意味するローマ数字の「X」から取り、10気圧の防水性能を持つことを表す。ティソの持ち味である高い実用性が存分に反映されていることと、ケースサイズやカラーバリエーション、機械式とクォーツ式など、幅広いラインナップを擁していることで、大ヒットを記録した。ブランドを形作ってきたアーカイブピースをベースに、現代のニーズとスペックを反映させたティソ PRXは、過去に敬意を表しつつ前進を止めない、ティソの姿勢が表れたコレクションと言えるだろう。

そして忘れてはならないのが、どのコレクションも手の届きやすい価格帯に抑えつつ、高い品質を備えていることだ。ここ数年で腕時計の販売価格は一気に跳ね上がったが、ティソに関しては依然として数万〜30万円台をメインとした価格帯を保っている。これには、スウォッチ グループの巨大資本が深く関係している。スウォッチ グループにはムーブメントメーカーのETAや、その部品メーカーが属しており、その技術やノウハウを結集させることで、控えめな価格帯と頭ひとつ抜けたスペックを両立させることができている。
歴史・技術・価格と三拍子そろったティソは、「初めて良い腕時計を買ってみようか」と考える初心者から、高級腕時計コレクターの普段使いまで、それぞれのニーズを層の厚いコレクションで迎え入れてくれるブランドなのである。
「パワーマティック 80」の非凡さ
ティソの高いスペックを象徴する要素が、3針自動巻きモデルの多くに搭載されている「パワーマティック 80」である。ベースとなったのは、さまざまなブランドが採用し、機械式自動巻きの業界標準機とも呼べるベーシックなムーブメント、ETAのCal.2824-2だ。さらに前身のCal.2824は1971年に発表されたムーブメントであり、すでに基本設計の完成から半世紀以上が経過した、信頼性の高さが魅力である。
パワーマティック 80はその名の通り、約80時間のパワーリザーブ(持続時間)を備えたムーブメントであり、例えば金曜日の夜に腕時計を外し、土日の間に使用しなくても月曜日の朝を駆動した状態で迎えられる。Cal.2824がそうであるように、従来のパワーリザーブは40時間程度が標準的であった。しかし、時計市場での自社ムーブメント開発競争の激化に伴い、高価格帯を中心にロングパワーリザーブ化が果たされ、汎用ムーブメントを搭載した低価格帯モデルと自社ムーブメントを搭載した高価格帯モデルで水を開けられることとなった。昨今は汎用ムーブメントのパワーリザーブも延びてきたが、パワーマティック 80の誇る約80時間というスペックは、その認識を覆すのに十分なインパクトを持つ。
パワーリザーブを延長するアプローチはおもに、輪列に入力するパワーを増やすか、駆動に要するパワーを減らすかである。入力が大きく、出力が小さくなれば、自ずとその差である持続時間は長くなる。パワーマティック 80では、その両方の手法が取り入れられ、まずは香箱真の直径を小さくすることで香箱内のスペースを拡大し、より長い主ゼンマイを収めることに成功している。加えて、テンプの振動数をベースムーブメントCal.2824-2の2万8800振動/時から2万1600振動/時へと落とし、より小さなトルクで駆動できるようにしている。

パワーマティック 80は、耐磁性能を備えていることも特徴である。一般的なムーブメントのパーツには鉄系金属が用いられることが多く、強い磁気にさらされるとパーツが帯磁し、正常に機能しなくなってしまう。特に精度を司るヒゲゼンマイが磁気を帯びてしまうと、渦巻き状に重なった細いヒゲゼンマイ自身がくっつき、振動周期に乱れを生じさせてしまうのだ。一方でパワーマティック 80には、鉄の量を大幅に減らし、チタンとニオブを主原料としたNivachron™製のヒゲゼンマイが採用され、磁気への耐性を格段に高めている。なお、パワーマティック 80には、非磁性素材であるシリコン製のヒゲゼンマイを搭載したバリエーションも存在する。
高級ムーブメントに多用されるシリコン製ヒゲゼンマイは、割れやすく繊細なため取り扱いに注意を要するが、あくまで金属であるNivachron™の場合は、従来のヒゲゼンマイと同様の取り扱いで済むというメンテナンス上のメリットもある。またこのことは、緩急針との組み合わせを可能にするという点でも、差別化ポイントとなっている。少なくとも現時点では、オメガのスピレート™システムを除くシリコン製ヒゲゼンマイは、フリースプラングテンプとの組み合わせが必要となる。なお、ティソのパワーマティック 80では、Nivachron™製ヒゲゼンマイでもフリースプラングテンプが採用され、組み立て時にレーザーによる精度調整が行われている。
さらにNivachron™製ヒゲゼンマイは、温度変化に強いという特徴を併せ持つ。金属から成るヒゲゼンマイは、高温時に膨張し弾性が弱まり、逆に低温時に収縮し弾性が強まるという特性がある。そのため、高温時には遅れ、低温時には進みやすくなるのだ。しかし、その組成から温度変化に強いNivachron™は、外部の環境に左右されにくく、季節を通して安定した精度を得やすいのである。
信頼性の高いロングセラームーブメントをベースとし、実用的なパワーリザーブと優れた耐磁性によって近代化を遂げたパワーマティック 80は、エントリークラスの腕時計に非凡な性能を与える画期的なエンジンなのだ。

3つのレベルに分けられる「パワーマティック 80」
ティソの多くのモデルが搭載するパワーマティック 80だが、その種類にはスタンダード、エラボレーテッド、COSCの3つのレベルが存在し、レベルに合わせた精度調整と仕上げが施されている。
スタンダードは、「クラシック ドリーム」に代表される、ティソの中でもより手頃な価格帯のモデルに採用されている。日差は-4秒〜+10秒で調整され、日常生活においては十分な精度を持つ。ブリッジにはサテン仕上げ、ローターにはブランドロゴをプリントするなど、控えめながら所有する満足感を高める装飾が与えられている。

ティソの中でもとりわけ手頃な価格設定が魅力の「クラシック ドリーム」。汎用性の高いシンプルなデザインとハイスペックなパワーマティック 80を搭載した、戦略的なコレクションだ。自動巻き(Cal.パワーマティック 80)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.23mm)。5気圧防水。7万2160円(税込み)。
エラボレーテッドは、「ル・ロックル」やPRXなどの主力コレクションが採用するムーブメントである。日差は-2秒〜+8秒と、スタンダードよりも一段高く調整され、仕上げに関してもさらに手が込んだものとなっている。特にローターには、スケルトン加工やヴァーグ・デュ・タンと呼ばれる波状の装飾などが施されているものが存在し、シースルーバックからの眺めを楽しむことができる。

ブレスレット一体型ケースを採用した、現在のティソを象徴するティソ PRX。ケース素材やダイアルカラー、ブレスレットの仕様など、豊富な選択肢が用意されていることも魅力である。自動巻き(Cal.パワーマティック 80)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。Tiケース(直径38mm)。10気圧防水。13万3540円(税込み)。
「ティソ バラード」に搭載されているCOSC認定仕様では、COSC認定クロノメーターに基づく、日差-4秒〜+6秒の高精度に調整され、上位仕様らしい仕上げが与えられていることが特徴だ。ダイアルには“CHRONOMETER”の文字が誇らしげに配されている。

ラグジュアリーな雰囲気が漂う「バラード」は、高精度に調整されたCOSC認定クロノメーター仕様のパワーマティック 80を搭載。ダイアル6時位置には、そのことを示す“CHRONOMETER”の文字がプリントされている。自動巻き(Cal.パワーマティック 80)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径39mm、厚さ10.98mm)。100m防水。17万500円(税込み)。
ティソの実力を示す最新の「ジェントルマン 38mm」とは?
そんなティソの現在地を示す好例が、2026年3月に発表された新作「ジェントルマン 38mm」だ。デイリーユースにふさわしいシンプルなデザインを特徴とする「ジェントルマン」は、10気圧の防水性能やサファイアクリスタル風防を備えた実用的なコレクションだ。パワーマティック 80を搭載した自動巻きモデルには、これまで直径40mmケースモデルがラインナップされていたが、今回小ぶりな直径38mmケースモデルが追加された。昨今の時計業界におけるトレンドのひとつ、小径化の流れをくんだ展開と言えるだろう。

ティソの「ジェントルマン」に、直径38mmのコンパクトなケースを採用した自動巻きモデルが登場。4つの面で構成されるピラミッド型ダイアルには上品なサンレイ仕上げが施されている。自動巻き(Cal.パワーマティック 80)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径38mm、厚さ11.53mm)。10気圧防水。各11万5500円(税込み)。
ジェントルマンを象徴するのが、くさび型のアプライドインデックスと先端に向かって絞られたペンシル型の時分針、3時位置の日付表示など、奇をてらった要素のない正統派なデザインのダイアルだ。上品なサンレイ仕上げのダイアルには、シルバー、ブラック、ブルー、グリーンの4種類のバリエーションが用意され、ユーザーはビジネスからカジュアルまで、着用シーンあるいは好みに合わせたカラーを選ぶことができる。
直径38mmケースモデルならではの特徴が、光の反射によって浮かび上がる、4つの面を持つピラミッド型ダイアルを採用していることだ。直径40mmケースモデルでもセンターにクロスラインを取り入れたモデルが存在していたが、新作モデルではその要素が取り入れられつつ、より表情の変化を楽しめる仕様へと改められている。


ケースは、ポリッシュ仕上げとヘアライン仕上げを組み合わせた、上品さの中にスポーティーさを忍ばせたデザイン。スムーズなベゼルにはポリッシュ仕上げ、ミドルケースにはヘアライン仕上げを与えることでメリハリを利かせている。3連タイプのステンレススティールブレスレットも同様に、中央をポリッシュ、両端をヘアラインとすることで、ケースとの調和を図っている。
また、本作のブレスレットには、バネ棒に取り付けられたレバーを指先で引くことで、簡単にケースから取り外すことが可能なインターチェンジャブルシステムが搭載されている。ブランド純正の別売りのストラップも豊富に用意されているため、ラバーやレザーストラップ、メッシュブレスレットなどに付け替えて、自分好みの仕様に変更することも可能だ。

搭載するパワーマティック 80は、エラボレーテッド。シースルーバックからは、スケルトン加工されたローターやテンプの動きを楽しむことができる。直径40mmケースのモデルではシリコン製ヒゲゼンマイを採用していたが、直径38mmケースのモデルではNivachron™製ヒゲゼンマイへ変更されている。このことも手伝ってか、一段階求めやすい価格となっていることも魅力である。

価格を超えた価値がティソの強み
ティソが多くの時計愛好家から支持される理由は、単に手頃な価格だけではない。昨今の時計業界では世界中でマイクロブランドが勃興しており、その中には数万〜十数万円の価格帯を主力とするブランドも存在する。むしろ価格だけで生き残るのは難しい時代なのだ。それを考えれば、ティソの腕時計が同価格帯のライバルに比べ、高い価値を備えていると評価されていることが、同社が長年にわたってエントリークラスの覇権を握っていることの要因なのだろう。
ではその価値とは何か。価格と価値の違いについて投資家ウォーレン・バフェットの言葉を借りるならば、「価格は支払うものであり、価値は得るもの」である。装飾品かつ時刻を知る実用品、さらにはコレクションの対象ともなる腕時計には、感性的な価値と実用的な価値が求められる。ティソにおいては、1853年から続く長い歴史の中で時計業界の進歩発展に貢献してきたブランドとしての歴史や功績、人類の叡智が結集した伝統的な機械式ムーブメントの搭載がオーナーにロマンを感じさせ、ハイスペックなパワーマティック 80や堅牢な設計のケース、巨大グループ傘下ゆえの万全なアフターサービス体制などが、時刻を知る道具としての信頼性を高める。
腕時計としての価値を多方面に備えることによって、多くの人々にとって魅力的なプロダクトを作り出し、さらにそれを手頃な価格帯で市場に供給する。一言で表せばコストパフォーマンスが高いことがティソの強みであるが、その背景には時流をつかんだ商品開発力と価格帯を維持するためのブランドの不断の努力があることを忘れてはならない。
商品ページ:https://www.tissotwatches.com/ja-jp/men/main-collections/tissot-gentleman.html



