ARNOLD & SON GLOBETROTTER

2018.06.26

海と大地の立体ワールドタイマー

 大英帝国がまだ世界の時計産業の中心だった時代。クロノメーターの高精度化に捧げられた情熱は、すべて大海原へと向かっていった。そんな海洋航海時計の志を受け継ぐ「グローブトロッター」は、精緻に作り込まれた海と大地だけで、直感的に第2時間帯を把握させる立体ワールドタイマー。厳密な時間表示の機能を求めるよりも、迫力の造形美そのものを大らかに愉しみたい。

立体ワールドタイムディスプレイを収めるために、緩やかなアーチを描くブリッジや、かなりの曲率を持ったドームガラスが目を引く。全体では厚さ17.2mmに達するが、ケース部分の厚さは10.4mmと標準的なレベルに収まっている。ハンドラッカーで仕上げられる海洋部分は、3段階のトーンとされているが、実際にはさらに微妙なグラデーションの深みを見せてくれる
吉江正倫:写真 Photographs by Masanori Yoshie
鈴木裕之:文 Text by Hiroyuki Suzuki

アーノルド&サン グローブトロッター
盤上を横切るブリッジで、腕時計では世界最大級となる立体ワールドタイムディスプレイを保持。都市名による表示を行わず、精緻に作り込まれた世界地図によって、直感的な第2時間帯の把握が可能となっている。自動巻き(Cal.A&S6022)。29石。2万8800 振動/時。パワーリザーブ約45時間。SS(直径45mm、厚さ17.2mm)。3気圧防水。178万円(7月発売予定)

 スイスが世界の時計産業の中心地となる以前、その冠は大英帝国のものだった。トーマス・トンピオンやジョージ・グラハムといった黎明期の偉人たちから、ちょうどひと時代を経た18世紀の中頃、英国時計産業の発展期に活躍した時計師たちの中に、ジョン・アーノルドがいた。すでにH1〜H5の発明で著名なジョン・ハリソンによって、遠洋航海における超精密時計の有用性が実証されつつあったこの時代、ジョン・アーノルドもまた、優れた航海用クロノメーターの作り手として名を馳せた。同時代を生きた英国の時計職人たちと同様、まだまだ未完成だった機械式時計の根本的な熟成改良に取り組んだ彼は、マリンクロノメーターが搭載するデテント脱進機に用いられる〝提灯ヒゲゼンマイ〞に関する発明で特許を取得。同時にバイメタルを用いた温度補正テンワの開発にも尽力した。ピエール・ルロワが発明した軸デテント脱進機を発展させて、スプリングデテント脱進機を開発したのがジョン・アーノルドであったのか、もしくはトーマス・アーンショウであったのかは議論の分かれるところだが、ジョン・アーノルドの脱進機のほうが〝理論的には優れていた〞という評価は一致しているようだ。こうした高精度への希求は、すべて大航海時代を制するためである。

 現代にジョン・アーノルドが遺した工房の名を受け継ぐアーノルド&サンが今年発表した「グローブトロッター」は、こうした大航海時代の偉業をたたえる立体ワールドタイマー。機構的には副時針を備えたGMT用ムーブメントと同一だが、このモデルでは24時間表示を巨大な地球儀で行う。デイ&ナイトを示す乳白ガラス製のチャプターリングをガイドに回転する立体的な世界地図を頼りに、直感的に現在時刻を読み取れる仕組みだ。3段階の濃淡で仕上げられた海はハンドラッカー仕上げ。陸地部分はエッチング加工により、山岳部と平野部とに分けた陰影が付けられている。非常に小さいながらも、ハワイ諸島と日本だけはしっかりと作り込まれている点も我々には嬉しい。機構的には特殊な部分はないものの、これだけ巨大なディスクを安定して回転させるには、ベースムーブメントにもしっかりとした設えが必要だ。A&S自社製となる自動巻きムーブメントには大きめの受け石が配され、各部にかかるストレスに対応している。たしかにアーチ状のブリッジ下にそびえる腕時計で最大級となるワールドタイムディスプレイモジュールが最大の見せ場だろう。しかしそれを支えるベースエボーシュ部分にも、アーノルド&サンならではの設計の堅実さや、仕上げの美しさが垣間見えるのだ。

Cal.A&S 6022
巨大なワールドタイムモジュールを支えるベース部分は、DSTBなどにも用いられるA&S自動巻きのスタンダード。重いモジュールを駆動するためパワーリザーブは約45時間とされているが、ベース部のみでは約50時間以上のパフォーマンスを持つとのこと。各部の受け石も大きめだ。
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