ブレゲ / オリジンが革新する最先端トゥールビヨン

FEATURE本誌記事
2018.12.03

BREGUET

ブレゲの創始者アブラアン-ルイ・ブレゲが発明し、1801年にパリで特許を取得したトゥールビヨン・レギュレーター。重力の影響を排除し、姿勢差誤差を正すトゥールビヨンの原理と機構は今やスタンダードとして確立され、多くの時計メーカーが採用するまでになっているが、その本家本元たるブレゲは、真正ブレゲのスタイルを貫きながら、21世紀の先進技術を投入してトゥールビヨンの世界を塗り替える。鍵を握るのは、独自に開発された超薄型自動巻きトゥールビヨンムーブメントだ。




Classique Tourbillon Extra-Plat Automatique 5367

クラシック トゥールビヨン エクストラ︲フラット オートマティック 5367
グラン フーのエナメルダイアルにブレゲ数字とブレゲ針をシンプルに配し、懐中時計を彷彿とさせるクラシカルで優美な美観を演出する2018年発表モデル。厚さ3mmの自動巻きトゥールビヨンムーブメントを収める。自動巻き(Cal.581)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KRG(直径41mm)。3気圧防水。1597万円。

Classique Tourbillon Extra-Plat Automatique 5377

クラシック トゥールビヨン エクストラ︲フラット オートマティック 5377
ギヨシェ彫りを施したダイアルが真正ブレゲを演出するこのモデルは、超薄型やロングパワーリザーブ、シリコン製脱進機やヒゲゼンマイなどに現代ブレゲの先進技術が投入された自動巻きトゥールビヨンムーブメントを搭載して2013年に発表された。自動巻き(Cal.581DR)。42石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。P(t 直径41mm)。3気圧防水。1774万円。
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
菅原 茂:文 Text by Shigeru Sugawara


 トゥールビヨンは、永久カレンダーやミニッツリピーターとともに、伝統的な機械式時計における3大コンプリケーションと称されてきた。だが、これらの複雑機構の中で、ある意味で最も実感としてとらえにくいのがトゥールビヨンだ。なぜなら、カレンダー表示を実際に目で見て確認できる永久カレンダーや、時刻を音で聴くことができるミニッツリピーターは、機能が人間の知覚と具体的に結び付いているのに対し、トゥールビヨンの場合はそうはいかない。

 調速脱進機を収めたキャリッジがくるくる回る動作は視覚的に観察できるものの、一般向けに説明されてきたように、重力の影響に起因する姿勢差誤差を解消して時計に安定した精度をもたらすと言われる効果は、専門的な検査設備で検証でもしない限り分からないからだ。今から2世紀以上も前にトゥールビヨン・レギュレーターを発明した天才時計師のアブラアン-ルイ・ブレゲ自身が「マジカルな効果を生み出す装置」という表現をしているのは言い得て妙である。

 そのアブラアン-ルイ・ブレゲにオリジンを持つトゥールビヨン機構は、製作が極めて困難というだけでなく、そもそも懐中時計の精度に関する技術ということもあり、腕時計に搭載される例は1990年前後の頃まではごく限られていた。機械式時計の復活を受けて、技術力を誇る老舗時計メーカーや野心的な独立時計師が、次々とトゥールビヨンを搭載した腕時計を発表するようになったが、そのほとんどはトゥールビヨンキャリッジが中心軸で回る「ブレゲ型」である。他にサイクロイド曲線を描いて回る俗に言うブランパン型や、キャリッジが立体的に回転するアクロバティックな多軸トゥールビヨンもわずかに存在する中で、ブレゲ型のオリジナリティやオーセンティシティには揺るぎないものがある。


Marine Équation Marchante 5887

マリーン エクアシオン マルシャント 5887
581系ムーブメントの最新の進化形であるCal.581DPEを新生「マリーン」コレクションに導入したこのモデルは、薄型の自動巻きトゥールビヨンに、永久カレンダーと連動して常時動き続けて真太陽時を示す均時差表示が加わり、ブレゲの歴史に基づく重要なコンプリケーションをひとつの時計に集大成。自動巻き(Cal.581DPE)。57石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。
(左上)P(t 直径43.9mm)。10気圧防水。2494万円。(下)18KRG(直径43.9mm)。10気圧防水。2328万円。
(右上)透明なケースバックからは、プラチナ製のペリフェラルローターを組み込んだ自動巻き機構とともに、風配図が描かれた香箱やフランス王国海軍の一級戦艦ロワイヤル・ルイの雄姿を描いたブリッジが鑑賞でき、ダイアルの波模様とともに「海の時計」の雰囲気を演出する。


 自他ともに認めるトゥールビヨンの本家本元のブレゲは、シンプルなタイプから複雑機構を組み合わせたハイエンドのグランドコンプリケーションまで多彩なトゥールビヨン搭載モデルを展開しているが、近年特に興味深いのは、独創的な超薄型の自動巻きキャリバー581に基づいて開発された一連の新作である。

 この581は、数ある現代のトゥールビヨンムーブメントの中で、ブレゲの技術革新が盛り込まれた先進的なキャリバーとして注目に値する。まず自動巻きについては、センターローターもマイクロローターも使わず、ムーブメント外周にペリフェラルローターを置いて、厚さ3㎜強の超薄型と手巻き同様の外観を実現している点だ。テンプの振動数は毎時2万8800振動で、パワーリザーブも約80時間と長い。テンプは高速振動、単一の香箱でパワーリザーブがかくも長時間のトゥールビヨンは、従来の常識に照らしても型破りと言える。それは、香箱に収納する主ゼンマイのコイル数の増大と軸の小径化で動力をより多く蓄えられるように改良した特許取得のハイエナジー香箱、ボールベアリングで滑らかに回る香箱真、摩擦軽減に有効なシリコン素材を採用した脱進機とヒゲゼンマイ、軽量なチタン製キャリッジなどによる相乗効果の結果である。動力を供給する香箱から精度を司る調速脱進機に至る随所に基礎的パフォーマンスを向上させる新技術が導入され、トゥールビヨン機構自体は古典的でも、未来を見据えたハイテクノロジーが投入されているのである。

 ブレゲの技術革新を語るこの最新の自動巻きキャリバー581は、まずパワーリザーブ表示を加えた581DRが2013年の「クラシック トゥールビヨン エクストラ-フラット オートマティック 5377」に搭載された。続いて2018年の「クラシック トゥールビヨン エクストラ-フラット オートマティック 5367」では、逆にパワーリザーブ表示のない581がそのまま搭載される。前者はギヨシェ彫り、後者はグラン フー エナメル仕上げと、ダイアルの違いはあれど、いずれもデザイン美学においては懐中時計の時代に起源を持つ純粋なブレゲスタイルを忠実に表現している。

 そして、このキャリバー581の躍進の場はクラシックからマリーンへと移り、2017年に発表された「マリーン エクアシオン マルシャント 5887」でさらに技術革新を更新する。このモデルに搭載されたキャリバー581DPEでは、超薄型自動巻きトゥールビヨンに、永久カレンダー連動型の均時差表示が加わった。これらの複雑機構はすべて、約2世紀の時を超えてアブラアン-ルイ・ブレゲの歴史的な発明と密接に結び付き、現代における最先端の設計製造技術をもって特別なコンプリケーションへと仕上げられている。常に針が動きながら真太陽時を表示する精巧な均時差表示、トゥールビヨンキャリッジに均時差カムを重ねた斬新な多層構造も絶妙というほかない。

 仮にこれと同じ複雑時計をブレゲ以外の者が製作したとしても、それには意味がないだろう。識者からは「まるでブレゲのようだ」と評されるに違いないからだ。「マリーン エクアシオン マルシャント 5887」は、まさに他に比すべきものがない真正ブレゲの個性を完璧に表現する傑作ゆえに価値も絶大なのだ。


右ページの「マリーン エクアシオン マルシャント 5887」には巧妙な機構が随所に盛り込まれていて非常に興味深い。Cal.581DPEにセットされた比較的大型のトゥールビヨンキャリッジ(左)は軽量なチタン製で、均時差カム(右)がキャリッジの上に重ね合わされているのが他にはない特色だ。均時差カムを載せたサファイアクリスタルのディスクは、外周に12カ月のイニシャルを記し、永久カレンダーの構成部品として1年で1回転する。均時差カムのソラマメ状の形状は2世紀前と変わりなく、縁をなぞるピンからの情報が真太陽時を示す分針の動きを制御する。


永久カレンダーは、10時と11時の間の窓で曜日、1時と2時の間の窓で月を示し、日付はダイアル上半分の半円の反復表示するレトログラード式。この3つの表示の作動を1本の多機能レバーで(右)で制御するコンパクトなシステムを採用する。左はCal.581DPEの外周に置かれた自動巻きのペリフェラルローター。比重の重いプラチナを使って巻き上げ効率を高めたリング状のローターは、可能な限り細く作られているため、手巻きの場合と同じように、ムーブメントの隅々まで遮られずに見渡せるばかりでなく、複雑時計のケースの薄型化にも威力を発揮する。



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