日本の時計は安過ぎる!? それとも高い!?

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2020.01.18

ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信

2020年最初のコラムを執筆するにあたり、2019年の時計の取材で、いちばん気になった一言を紹介したい。それは、「日本の時計はまだまだ高過ぎる」という言葉だ。

ショールーム機能を備えたギャラリーショップのひとつ「Knot表参道」では、製品を自分の目と手で確認できる。
渋谷ヤスヒト:取材・文・写真 Text & Photographs by Yasuhito Shibuya


メイド・イン・ジャパンのクオリティを1万円台から

 発言の主は、2014年3月にスタートした新進時計ブランド「Knot(ノット)」の代表取締役社長、遠藤弘満(えんどう・ひろみつ)氏。

「メイド・イン・ジャパンのクオリティを1万円台から」というキャッチコピーで知られるKnotは、クラウドファンディング「Makuake(マクアケ)」の企画としてスタートし、わずか5年余りで確固たる地位を確立した。

 大成功の最大の理由は、メイド・イン・ジャパンの高品質な時計なのに「1万円台から」という魅力的な価格にある。そして、この価格が実現できた理由が、ファッション界のSPA(スペシャリティー・ストア・リテーラー・オブ・プライベート・レーベル・アパレル)の手法による製品開発と、オンライン通販をメインにした販売方法だ。

 時計は自社開発のオリジナル。卸売はせず、オンラインショップと自社店舗だけで販売。そしてケースやストラップなど主要パーツの製造会社と直接取引することで、大幅なコストダウンに成功。しかもオンラインで注文する際には、ケースや機能、文字盤、ブレスレットやストラップをそれぞれ選び、さらに名前を入れるなどのカスタマイズが細かくできる。だから「世界で唯一、自分だけのカスタムメイドウォッチ」がこの価格で実現できる。ベーシックなモデルでも、2万通り以上の選択肢が用意されているという。

オートマチック 2020 リミテッド エディション

2019年11月30日から発売中の「オートマチック 2020 リミテッド エディション」のクロノグラフと3針モデル。限定数は200本と300本。ケースはザラツ研磨を施した林精器製造製。ムーブメントも日本製の自動巻き。時計本体のみの価格はそれぞれ10万円(税別)と5万円(税別)。Knot史上最も高額なモデルだ。

 その上、パーツメーカーとタッグを組んで作ったケースやストラップには、素材や仕上げ、デザインなどに独自のこだわりが貫かれている。だから、お手頃価格なのに、メイド・イン・ジャパンの「こだわりの高品質で物語もある」時計に仕上がっている。また、ストラップは自分の手で簡単に交換できる仕様なので、その結果、1本でもシーンに合わせて使い回しができる。

 こうした点がウケて、日本国内はもちろん、世界中が注目。台湾やシンガポール、タイやベトナムにも直営店を出店。あちらでも快進撃を続けている。現在、同社の公式インスタグラムのフォロワーは約30万人。彼らはすでに顧客か、おそらく確実に顧客になってくれる人々だ。

Knot代表取締役社長の遠藤弘満氏。通販会社のバイヤーから時計の世界へ。北欧系の時計ブランドを日本でヒットさせたが、ブランドの買収で販売権を失い、独立起業した。

「でも、1万円台という価格でもアジアでは高過ぎる国があります。そんな人たちにもぜひ、メイド・イン・ジャパンの良質な時計を楽しんで欲しい。そのためにやるべきことはまだまだある」と遠藤氏は語った。

 そのひとつが、細かなカスタマイズまで望まない人のために、時計と2本のストラップを組み合わせた「セット」の発売だ。「選ぶことがストレスになってしまう、という人もいるので」。

 Knotの公式インスタグラムやオフィシャルサイトを眺めていると、機能や価格が高くなくても「時計は人を幸せにするアイテム」なのだと分かる。そして「時計の価値とは、価格とは、ブランドバリューとは何か」を、改めて考えさせられる。

 他方、2019年に個人的に気になった時計は、グランドセイコーのハイエンドモデルやセイコーの「プロスペックス LXライン」、カシオの「G-SHOCK」初の金無垢モデルのような、ラグジュアリー性を追求したジャパニーズ・ウォッチ。そして、機械式のCOSC認定クロノメーターを実現するなど、国産でも考えられないコストパフォーマンスを実現した手頃価格のスイス時計だった。

 だがKnotの時計は、これらともまったく別の世界にいる。

 Knotは、上記で挙げたジャンルの時計よりもさらに手頃な価格だが、それだけではない。別の価値観で企画・開発・製造され、別の世界観を持っている。これからは、この「別の世界観」を好ましく思う人が、確実に増えていくだろう。

 果たして、その人たちはどの程度、従来の時計に興味を持ってくれるのだろうか。これらの世界の間には、大きな隔たりがあるのでは、と思う。