メイド・イン・ジャパンが到達した極北 グランドセイコー「ヘリテージコレクション メカニカルハイビート36000 80 Hours」

2020.06.07

今や、日本を代表するブランドとなったグランドセイコー。無類の頑強さや優れた外装仕上げ、安定した携帯精度を評価する人は少なくないが、ブランドとしての名声が高まるにつれ、より優れた中身を求める声も増えた。そういった声に応えるべく、セイコーが発表したのがまったく新しい自動巻きCal.9SA5である。その機構は掛け値なしに現行モデルの最高峰だ。

グランドセイコー ヘリテージコレクション メカニカルハイビート36000

奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)

薄さと高精度を両立させたまったく新しい設計思想

 毎春、日本の時計メーカーは「JWC」という新製品発表会を開催している。今年、セイコーの会場に足を踏み入れて、筆者はかつてない衝撃を受けた。グランドセイコーの60周年記念モデル「ヘリテージコレクション メカニカルハイビート36000 80Hours」に、途方もないムーブメントが載っていたのである。キャリバー名は9SA5。

 この新しい自動巻きは、日本製機械式ムーブメントの究極と言ってよい。振動数は3万6000振動/時。加えて、約80時間という長いパワーリザーブを持ち、緩急装置はフリースプラング、巻き上げヒゲゼンマイは外端曲線を最適化した新しいもので、スイスレバーとデテント脱進機の折衷型と言うべき、新しい脱進機を備えている。セイコーが新型ムーブメントを開発しているという噂は聞いていたが、お披露目された9SA5は想像以上のものだった。

ヘリテージコレクション メカニカルハイビート36000 80Hours

 このムーブメントで驚かされたのは、優れた性能以上に、まったく新しいその設計思想であった。1998年に機械式モデルを追加して以降、グランドセイコーのメカニカルモデルは、コンベンショナルな設計を採用してきた。それは無類の堅牢さを9Sキャリバーに与えてきたが、半面、ケースが厚くなったのは否めない。対して9SA5は、ムーブメントを薄くするため、スイスメーカーの高級自動巻きを思わせる、最新の設計を採用したのである。

 長らくセイコーは、ムーブメントの上に自動巻き機構を重ねる設計を好んできた。基幹キャリバーである9S65系はコンパクトなリバーサーを持つが、ムーブメント+自動巻き機構という構成は大きく変わらなかった。他方、9SA5は薄型化のため、地板を拡大し、自動巻き機構と輪列を同じレイヤーに置いたのである。

 多くの自動巻きが、ベースムーブメントの上に自動巻き機構を重ねるのは、効率を落とさずに配置するためのスペースを見いだすことが難しいことに起因するが、9S系でリバーサーのノウハウを蓄積したセイコーは、リバーサーに不具合が出ないと判断したに違いない。輪列と同じレイヤーに自動巻き機構を埋め込んでみせたのである。さらに、自動巻き機構をユニット化したことで整備性までも向上させている。まったく新しい薄型レイアウトが示すのは、メーカーとしての成熟と、グランドセイコーを実用時計には留めない、という意気込みではないか。

ヘリテージコレクション メカニカルハイビート36000 80Hours

 かといって、パフォーマンスに妥協しなかったのは、いかにもグランドセイコーだ。9SA5のムーブメントはふたつの香箱に加えて、輪列も5番車(ガンギ中間車)まである。これは既存の9S85と同じ構造であるが、本作が備えるデュアルインパルス脱進機は、機構の特性上、スイスレバー脱進機に比べ、ガンギ車とテンプが近く、ガンギ車と4番車が離れているため、直接嚙み合わせるのが難しいことから、ガンギ中間車を採用しているのだろう。さらに、輪列を大きくオフセットさせて、ムーブメントの厚みを減らしているのが目新しい。

 薄さと高精度の両立という狙いは、巻き上げヒゲとデュアルインパルス脱進機にいっそう顕著だ。今までのセイコーであれば、ヒゲゼンマイとテンプ受けのクリアランスが十分に取れない限り、巻き上げヒゲを採用しなかっただろう。しかし、セイコーの技術陣は、狭いスペースに、あえて巻き上げヒゲを採用した。約8万通りのシミュレーションから生まれた巻き上げヒゲは理論上、優れた等時性を持つはずだ。また、デュアルインパルス脱進機は、コーアクシャル脱進機に近いが、構成はよりシンプルだ。あくまで推測だが、同軸脱進機には付きものの組み立ての複雑さと、厚みが増すことを嫌ったのだろう。

 現行自動巻きムーブメントとしては掛け値なしに最高峰の9SA5。詳細は今後誌面で追っていくが、日本の時計メーカーがこれほどのムーブメントを作れたことを、素直に言祝ぎたい。日本の時計産業は、ついにここまで至ったのである。

ヘリテージコレクション メカニカルハイビート36000 80Hours

グランドセイコー/ヘリテージコレクション メカニカルハイビート36000 80 Hours
新規設計の自動巻きCal.9SA5を搭載した限定モデル。その設計は量産機というよりも精度と美しさを追求した高級機のものだ。巻き上げヒゲゼンマイやグランドセイコーフリースプラング、デュアルインパルス脱進機などを採用。自動巻き。47石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KYG(直径40mm、厚さ11.7mm)。10気圧防水。世界限定100本。セイコーフラッグシップサロン、グランドセイコーブティック限定モデル。450万円。8月1日発売予定。

Contact info: グランドセイコー専用ダイヤル Tel.0120-302-617


グランドセイコーの魅力はどこにある? 選び方やおすすめを紹介

https://www.webchronos.net/features/34257/
2020年 グランドセイコーの新作時計

https://www.webchronos.net/2020-new-watches/45416/