時計経済観測所/新型コロナの影響で猛烈な貿易縮小が始まった

LIFEIN THE LIFE
2020.06.24

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、発生源の中国は言うまでもなく、それ以上にコロナ禍に苦しむ欧米各国は次々と都市封鎖を断行。その結果、ヒト、モノ、カネの動きが一斉に停滞し、1929年の世界恐慌を凌駕するとも言われる甚大な影響を世界経済に与えるに至った。気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が最新の統計データから、その実態を考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト

新型コロナの影響で猛烈な貿易縮小が始まった

磯山友幸

 新型コロナウイルスの蔓延に伴う各国でのロックダウン(都市封鎖)や日本での営業自粛が、経済に深刻な影響を与えている。

 5月21日に財務省が発表した4月の貿易統計によると、日本からの輸出額が5兆2023億円と前年同月比で21.9%減となり、リーマンショック後の2009年10月以来の大幅な落ち込みとなった。また、輸入額も6兆1327億円と7.2%減り、貿易収支は9304億円の赤字になった。

貿易総量が激減

 貿易統計というと貿易収支を中心に報道される。つまり、貿易赤字か貿易黒字かが焦点になるのだが、この局面で注目すべきは、貿易総量が激減していること。経済活動が凍りついていることで、国境を越えたモノの動きが急減しているのだ。

 実は、この貿易量の収縮は新型コロナの蔓延前から始まっていた。米国と中国が関税の引き上げ合戦を繰り広げる「米中貿易戦争」が深刻化した2019年5月以降、輸出と輸入の合計額は対前年同月比でマイナスを続けている。日本の場合、2019年10月の消費税増税の影響が大きく、中国や韓国からの輸入減少が響いていた。

 そこに新型コロナが加わり、人の動きとともにモノの動きも一気に減少しているわけだ。輸出と輸入の合計額は、1月は対前年同月比で3.1%減だったものが、2月には7. 3%減、3月には8.4%減となり、4月はついに14.5%減となった。

世界的に影響

 時計の動きも例外ではない。この欄でしばしば取り上げているスイス時計協会の統計では、スイスから全世界向け輸出額は、2月は対前年同月比で9.2%減だったが、3月は21.9%減と大幅に落ち込んだ。上位30カ国・地域のうちプラスだったのは9カ国・地域だけで、軒並み3割から6割減となった。欧州で新型コロナの感染拡大が深刻化し、死者が急増したことで、ドイツなどが国境封鎖に踏み切ったことが大きい。

 ただ3月段階では米国向けは20. 9%増、日本向けが2.3%増など、新型コロナの影響がまだ現れていない地域もある。米国は3月中旬から一気に死者が増えたこともあり、経済収縮は4月の方がむしろ大きい。日本も緊急事態宣言が出されたのは4月に入ってからで、影響が経済統計に現れてくるのは4月以降になるとみられる。

 国境を越えた人の動きがほぼ「消えた」ことも明らかになっている。日本政府観光局(JNTO)が5月20日に発表した4月の訪日外客数調査によると、日本を訪れた外国人はわずかに2900人。昨年の4月は292万人あまりが訪れていたので、何と99.9%減となった。

 観光目的の訪日客は消え、やむを得ぬ事情でやって来る政府関係者や居住者の関係者などに限られた。各国の航空会社の国際線も大半が運休になっていることも大きい。

 観光客の激減は、高級時計や宝飾品などの販売にも深刻な影響を与える。さらに、4月はほとんどの百貨店が食料品売り場を除いて営業休止に踏み切ったため、高級時計の有力な販売チャネルが完全に止まった。

中国の経済活動が再開

 5月に入って各国で経済活動を再開する動きが強まっているが、高級品消費などは簡単には元に戻らないとみられており、貿易量の収縮は簡単には止まらない。 そんな中で、「異変」も起きている。発生源でありながら、その後の蔓延を抑え込んだ中国が経済活動をいち早く再開していることで、中国の存在感が高まっているのだ。

 前述の4月の貿易統計でも、中国からの輸入額は11.7%増え、9カ月ぶりにプラスに転じた。輸出と輸入の合計でも4.7%増と12カ月ぶりの増加になった。マスクを含む織物用糸・繊維製品の輸入が去年4月の3倍以上に増えるなど、製造が止まっている他国をよそに中国依存が強まっている。

 スイス時計の輸出でも2月は51.5%減と急減した中国向けは、3月は10.5%増となっている。今後、中国国内の消費回復が世界経済を牽引していく可能性もある。4月のスイス時計の中国向け輸出額の集計結果がどうなるかが注目点だ。

 そうは言っても、中国からの観光客が日本に戻ってくるにはかなりの時間がかかりそうで、日本国内での時計販売は中長期にわたって苦戦を強いられそうだ。長期戦の構えが必要になるだろう。


磯山友幸
経済ジャーナリスト。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末に独立。著書に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。現在、経済政策を中心に政・財・官界を幅広く取材中。
http://www.hatena.ne.jp/isoyant/