世界を驚かせるグランドセイコー史上最高ムーブメント(前編)

FEATURE本誌記事
2020.08.05

初代グランドセイコー

1960年に発売された初代グランドセイコーは、クラウンを高度にチューンナップしたCal.3180を搭載していた。以降、多くのグランドセイコーは、信頼性の高い量産機を改良して高精度化するというアプローチを取り続けた。手巻き(Cal.3180)。25 石。1万8000振動/時。14K金張り(直径35mm)。参考商品。
奥山栄一、三田村優:写真 Photographs by Eiichi Okuyama, Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)

グランドセイコー60年の熟成が花開かせた大躍進

「世界に通用する高精度で高品質な腕時計を作り出す」をモットーに誕生した初代グランドセイコー。量産ムーブメントを改良して信頼性と高精度を与える手法は、グランドセイコーに大きな名声をもたらした。それから60年。新しくリリースされたふたつの専用機は、世界水準をはるかに超えた性能で、グランドセイコーをいっそう高い次元に導こうとしている。

Grand Seiko 60th Anniversary

 2020年3月、世界中の時計関係者は、セイコーからのプレスリリースに驚かされた。新作の「ヘリテージコレクション メカニカルハイビート36000 80 Hours」と「スポーツコレクション スプリングドライブ 5 Days」は、まったく新しい、そして世界水準をはるかに超えた新型ムーブメントを搭載していたのだ。

 1960年に発売された初代グランドセイコーは、クラウン用のムーブメントを改良したキャリバー3180を搭載していた。以降、グランドセイコー用のムーブメントは大きく進化を遂げたが、高精度、頑強、そして普段使いに向くという性格は不変だった。60年代から70年代にかけてのグランドセイコーが、好んで既存ムーブメントの改良版を載せ続けてきた理由である。

 グランドセイコーの在り方が大きく変わったのは93年のことだ。セイコーエプソンは、グランドセイコー専用の9Fクォーツムーブメントを開発。年差±10秒という超高精度に加えて、機械式腕時計並みの大きなトルクとクォーツの常識を覆す頑強な設計は、グランドセイコーを別の次元に引き上げることとなる。「実用腕時計の最高峰」という路線は、98年の9Sメカニカル、2004年の9Rスプリングドライブという専用機の追加で、いっそう明確になった。

Cal.9RA5

2020年に発表されたふたつのグランドセイコー専用新型ムーブメント。左はメカニカルのCal.9SA5、右はスプリングドライブを搭載したCal.9RA5である。既存の9S系や9R系ムーブメントとはまったく異なる設計により、さらなる高精度と長いパワーリザーブ、そして薄さと頑強さの両立に成功した。また、高級機に相応しくムーブメントの仕上げにも手が入れられている。世界水準をはるかに超えたムーブメントである。

 そういうグランドセイコーの在り方を、極限まで推し進めたのが2020年に発表されたメカニカルの9SA5とスプリングドライブの9RA5と言える。パワーリザーブはさらに延び、その性能は、市販されている量産ムーブメントの中で最も優れたもののひとつだ。加えて、このふたつの専用機は、グランドセイコーの哲学、つまり正確で使いやすいという在り方を守り続けている。 既存の9Sメカニカルと9Rスプリングドライブは、高精度で頑強だが、薄いムーブメントではない。対して、9SA5を開発したセイコーインスツル(現セイコーウオッチ)と9RA5を担当したセイコーエプソンの技術陣は、頑強さを損なうことなく、大幅な薄型化に成功した。

 地板の直径を広げ、自動巻き機構と輪列を同じ階層に置いてムーブメントを薄くする。このアプローチは、ムーブメント設計の世界的なトレンドだ。セイコーはこの手法を取り入れただけでなく、レイアウトを工夫することで、グランドセイコーに求められる頑強さをも両立してみせたのである。

 もっとも、いっそう見るべきは性能のさらなる向上だろう。既存の9Sと9Rは、量産機としては第一級の精度を誇っている。対して、メカニカルの9SA5とスプリングドライブの9RA5の性能はいっそう高い。前者は3万6000振動/時という高い振動数と、約80時間という長いパワーリザーブを両立させた。後者も、9F同様の温度補正機能をICに加えることで、月差を±15秒から±10秒以内に改良したほか、パワーリザーブを約120時間に延ばした。

 世界中を瞠目させた、ふたつの新しいグランドセイコーとそれらが搭載する新型ムーブメント。その驚くべき内容を、以降で見ていきたい。