ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2022レポート【その3】 ジュネーブにあってバーゼルにないものとは?

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2022.07.10

ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信

2022年3月30日から4月5日にかけて開催された、今年最大にして唯一無二の時計フェア「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2022」。
そのレポート3回目は、現地で取材しないと分からない、ほとんど紹介されることのない、このフェアの「いちばんの魅力」と考えるふたつの主催者展示をご紹介する。

渋谷ヤスヒト:写真・文 Photographs & Text by Yasuhito Shibuya
(2022年7月10日掲載記事)
ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2022レポート【その1】 たどり着いたら「マスク・ゼロ」のスイス
https://www.webchronos.net/features/81065/


ウォッチズ&ワンダーズの主催者FHHとは?

「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2022」のふたつの展示を紹介する前に、まずは同フェアの主催者について知ってほしい。

 1991年から2019年まで開催されていたSIHH(Salon International de la Haute Horlogerie)と、その後継として2020年からまずバーチャルな時計フェアとしてスタートし、今年2022年にバーチャル&リアルの併催となった「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」(以下W&WG)。

FHH(Fondation de la Haute Horlogerie=高級時計財団)のオフィシャルウェブサイトのトップページ。フランス語と英語、中国語(簡体字)で読むことができる。英語ページはこちらから。
https://www.hautehorlogerie.org/en/

 1991年から2019年まで開催されていたSIHH(Salon International de la Haute Horlogerie)と、その後継として2020年からまずバーチャルな時計フェアとしてスタートし、今年2022年にバーチャル&リアルの併催となった「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」(以下W&WG)。

 1991年から2019年まで開催されたSIHHも、2020年からのW&WGも、どちらも主催者は同じFHH。正式名称を「The Fondation de la Haute Horlogerie」、日本語に直訳すれば「高級時計財団」だ。

 この組織は2005年にオーデマ ピゲ、ジラール・ペルゴ、リシュモン グループが設立した非営利財団で、時計製造という文化を世界に広め、促進することを目的としている。現在は40の時計ブランドがパートナープランドに名を連ねているが、それ以外の時計ブランドも、今回のW&WGに出展している。

 なお、数年前まではオブザーバー的な時計ブランドもFHHの名簿にはあり、ブランド数も多かった。なぜ減ったのか? これはFHHのトップ交代による体制、方針変更の結果だと思われる。このあたりの事情も気になるので、いつか調べてみたいと思う。

 すでに消滅したが、バーゼルワールドと比較すると展示の理由がよく分かるので触れておこう。バーゼルワールドの主催者はメッセバーゼルなどを運営するMCHを親会社とするバーゼルワールド事務局。なお、MCHは地元のバーゼル=シュタット準州やチューリヒ州が出資している半官半民企業だ。

 そして、このフェアの主催組織の違いが、ふたつのフェアの根本的な違い、「ジュネーブにあってバーゼルにないもの」を生み出してきた。


時計文化をキュレーションして発信

 その違いとは「時計は文化だ」という主催者側の明確な意識であり、「ジュネーブにあってバーゼルにないもの」とは、時計を文化として発信する主催者の展示だ。

FHHのオフィシャルウェブサイトに設けられた「WATCHES AND CLUTURE」のページ。

 筆者は1995年からジュネーブを取材しているが、当時から会場には主催者による時計文化の展示コーナーがあった。ほとんどの年、その展示内容は「歴史的なアンティークウォッチと、その歴史に連なるフェア出展ブランドの最新モデルを一緒に見せ、その継続性をアピールする」ものだった。

 正直なところ、その展示にいつも感心していたわけではない。訪れた当初はキュレーターと共に時計を文化として発信しようという姿勢は明快だった。

 主催者FHHに加えて出展ブランドも、カルティエが自社のブース内にミステリークロックの貴重なコレクションを一挙に展示した年があるように、時計文化を発信する文化的な企画を不定期に行っている。自社ブースの壁に埋め込まれたアート作品のような新作展示も、2017年から始まったプレスカンファレンスやトークショーのネット配信も、やはり時計を文化として発信するという姿勢の表れだ。

カルティエブースの壁面にあった新作「パシャ」のディスプレイ。月や太陽を彷彿させるモチーフと四角の枠が上下でスイングするムービングアート作品。

 一方、バーゼルワールドには見事なまでに、こうした文化的な展示はなかった。フェア事務局がやっていたのは、あくまで「場所を貸す」ビジネスだ。ただ2020年のバーゼルワールドは、開催されていればこのイメージを完全に克服した画期的なフェアになるはずだった。オークションハウス、フィリップスの協力で、同社がオークションにかける時計の中でもハイライトとなる貴重な傑作時計を会場で先行展示することになっていた。この件だけは残念だ。
なお、この件についての関連記事は下記から。

バーゼルワールドが時計コレクター垂涎のイベントに!? 「バーゼルワールド2020」にフィリップスが初出展!
https://www.webchronos.net/features/41614/