ロレックスの「認定中古ビジネス」【第1回/全4回】なぜ始めた? 日本でのサービス開始は!?

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2022.12.17

今、時計業界で最大の話題といえば、ヨーロッパで始まったロレックスの認定中古ビジネス。webChronosでも2022年12月5日に広田雅将編集長による「時計業界激震! ロレックスがヨーロッパ6カ国で認定中古時計の販売を開始」という記事が公開された。

今回はまず、この認定中古ロレックス(CPOロレックス)とは何か、そして、なぜこのようなかたちで始まったのか、について考察・解説したい。

時計業界激震! ロレックスがヨーロッパ6カ国で認定中古時計の販売を開始
https://www.webchronos.net/features/87672/

ロレックス

CPO(Certified Pre-Owned)ロレックスには新品のグリーンのタグとは違う、ベージュに中央がグリーンの専用タグが付いてくる。
渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
(2022年12月17日掲載記事)


中古時計ビジネスの激変必至!

 どんな時計ブランドよりも中古市場(二次流通市場)のニーズが高く、取引量が圧倒的に多いロレックスが、2022年12月1日発表のプレスリリースで同月上旬から、これまでまったく関与してこなかった中古市場に自ら関与することを発表した。スイスを拠点とする正規販売代理店のブヘラのブティックで、認定中古ウォッチ(Certified Pre-Owned watch、以下「CPOロレックス」と呼ぶ)の取り扱い開始をアナウンスしたのだ。

 まず事実を確認しておこう。このCPOロレックスの販売が始まるのはヨーロッパの6カ国(スイス、ドイツ、オーストリア、フランス、デンマーク、イギリス)にある老舗名門時計販売店、ブヘラのブティック。販売対象となるのは製造から3年以上が経過したロレックスの腕時計。ロレックスの正規サービスセンターでメンテナンスを受けることで、CPOロレックスとして認定され、ロレックスによる2年間の国際保証が付く。

 なぜブヘラ ブティックからなのか? その理由は、ブヘラとロレックスの特別な関係をご存じの方なら十分に納得できるだろう。時計宝飾店ブヘラの創業は1888年。つまり1905年創業のロレックスより古い。だが、それだけではない。理由は高い技術力。そして圧倒的な販売力だ。

ロレックス

ブヘラのCPOロレックスのウェブページ。残念ながら価格的にお得感はない。この点については後編でお届けする。
https://www.bucherer.com/rolex-certified-pre-owned

 2005年3月、筆者はある時計専門誌の取材でスイス・ルツェルンのブヘラ本社と修理部門を訪れたことがある。まず驚いたのは、修理部門で今の時計のメンテナンスやオーバーホールばかりでなく、博物館の収蔵品になる100年以上も前の複雑クロックのレストレーション(修復)が行われていたこと。つまり、ブヘラの技術力は時計店レベルではなく、時計メーカーレベルであるのだ。しかも、創業当時からオリジナルウォッチを製作・販売してきた。同社が2001年に独自の時計ブランド「カール F. ブヘラ」をスタートできたのも当然とも言える。

 しかも、その修理工房の取材では、責任者がロレックスとの深い絆について語ってくれた。「ロレックスのパーツのストックは、ロレックス本社よりも数多く、しかも古いパーツはウチにしかない。ロレックスの修理にかけて、我々の右に出る者はない。古いロレックスの修理ならぜひ我々に任せてほしい」と。

 さらにスイスに旅行に行った方、しかも昭和世代なら「スイスでロレックスを買うならブヘラ」というイメージを抱いているはず。ロレックスに関して、ブヘラのスイスやヨーロッパ圏での知名度と販売力は圧倒的なものがある。

 こうした事情を考えれば、ロレックスがヨーロッパ各国に販売店を展開するブヘラをまずパートナーに認定中古ビジネスを始めるのは当然のことだ。


正規販売店での下取り品が正規の整備で認定中古に

 ところで、今回ブヘラのブティックで販売がスタートしたCPOロレックスは、ロレックスの正規サービスセンターの手で新品同様のコンディションにメンテナンスされたもの。では、このCPOロレックスの所有者は誰なのか? 答えはブヘラだ。

 では、ロレックスの正規サービスセンターでメンテナンスされることでCPOロレックスとして販売されるこの時計は、どのような手段で入手されたものなのか?

 基本的には、ブヘラが新しい時計を販売する際に行っている「下取りサービス」で下取り品として、また「中古時計の買い取り部門」に持ち込まれ、顧客からブヘラが買い取ったロレックスだ。

 ロレックスに限らず、日本では正規販売代理店が扱うのは新品の時計のみ。新品と中古品の流通チャンネルはほぼ完全に分かれており、中古品を売却したり購入したりしたければ、中古品の専門店に足を運ぶことになる。そもそも、正規販売代理店での「下取り」や「買い取り」も一般的には行われていない。

 だが、ブヘラを筆頭にヨーロッパの老舗時計店では「下取りを行って新品を販売すること」や「中古時計の買い取り」は珍しくない。そして、こうした時計を社内でメンテナンスして、時計店独自の保証を付けて販売するビジネスを長年続けてきた。

ブヘラの公式サイト、ブヘラによる認定中古ウォッチのトップページ。ロレックス以外のブランドも、ブヘラの認定中古ウォッチとして販売している。
https://www.bucherer.com/buy-certifiedpreowned

 日本でも実はこうしたビジネススタイルは、スイス時計が輸入され始めた江戸時代末期から15年戦争(1931年9月18日の柳条湖事件勃発から1945年のポツダム宣言受諾までの15年にわたる日本の対外戦争=満洲事変、日中戦争、太平洋戦争の全期間を一括する呼称のこと)を経て1970年代まで、主要都市の老舗時計店では中古時計も扱っていたのだ。だが、1980年代にこの新品&中古を並行させて扱うビジネスを展開する時計店はほぼなくなる。

 なぜそうなったか。それは高級時計がラグジュアリービジネスになり、時計店が時計ブランドのブティック化したから。そして主要都市の老舗時計店の一部はその波の中で衰退・廃業して消えた。そのため、今の日本では正規時計販売店は基本的に新品しか扱わない。

 だが、海外では違う。特に老舗時計店では、正規の新品を定価で販売するビジネスに加えて、中古時計をオーナーから買い取り、自社でメンテナンスして販売するビジネスも並行で行うビジネススタイルが一般的だ。

 しかもブヘラは前にも述べたように、素晴らしくハイレベルな修理サービス部門を持っている。以下のブヘラの認定中古ページでは、ロレックス以外にもさまざまなブランドの認定中古ウォッチが販売されている。ただし、この場合の「認定」は、ロレックス以外はブヘラが責任を持って品質を保証するという意味だ。

 このCOPロレックスがまず海外、ヨーロッパでスタートし、2023年春以降にブヘラ以外にも、取り扱いを希望する正規販売代理店に拡大される予定だ。だが、現時点で日本ではまだ検討中だと言われているのは、この正規販売店の新品&中古品を並行に扱うビジネススタイルの国内外の違いにある。まずはこのことを押さえておきたい。


CPOロレックスのメリットとは?

 では、このCPOロレックスというサービスプログラムを、なぜロレックスはスタートさせたのか? その大きな理由や課題についてはさまざまな複雑なものがあるため、後編で考察することにしたい。

 今回は、このプログラムは誰にとってどんなメリットがあるかを確認しておこう。それで、この認定中古ロレックスのプログラムの意味と価値がかなり理解いただけると思うからだ。

 まずこのプログラムの実施でメリットを得るのは、このCPOロレックスを取り扱う正規販売店だ。「下取りしたロレックス」を、ロレックスの正規のメンテナンスサービスで整備することで、専用のタグと専用パッケージに収められ、自社ではなく、本家本元のロレックスによる2年間の国際正規保証を付けて販売することができる。

認定中古ロレックスの保証書

認定中古ロレックスの保証書。こちらもベージュ地にグリーンの文字という色使いだ。

 そしてCPOロレックスは、新品とほとんど同等の品質がロレックスにより保証されているので、全世界的に需要が供給をはるかに上回っている現状の解決策になる。つまり、CPOロレックスは正規販売店にとって「入荷待ちで売りたくても売れない」新品に代わって販売できる腕時計になる。つまり、絶望的な商品不足を補完する「切り札」のひとつになる。これは在庫不足に常に悩む正規販売店にとって大きな朗報だろう。

 そのためにはもちろん、顧客がCPOウォッチに新品同様の魅力と価値を認め、「新品でなくても、品質的には同様のCPOウォッチなら購入しよう」と思ってくれることが前提条件になる。これは他の時計ブランドにとってはとてつもなく高いハードル。だが、時計のプロの誰もが認めるロレックスの正規のメンテナンスサービスの圧倒的なクォリティの高さ、一部だがロレックスのアンティークに新品以上の特別な価値を認める人々の存在を考えれば、この価値観の転換は、他の時計ブランドには難しいかもしれないが、ロレックスなら可能だと筆者は考える。

 次に大きなメリットを得るのは、もちろんロレックスだ。このプログラムの実施で、ロレックスは正規のメンテナンスサービスを受ける時計の数を増やすことができる。これはメンテナンスサービス事業の拡張と安定化に役立つ。

 加えて、新品ばかりでなく、これまでは不可能だった中古品でも流通量の一部ではあるが徹底した品質の管理も実現できる。

 さらに「良いものを永く使う」このプログラムは、SDGsという全世界的な目標にも合致しているし、製品の供給不足から一部で囁かれている「生産数をわざと抑えている」といった類の悪意ある中傷への良きカウンターであり、こうした製品の新たな循環サイクルの確立は、ロレックスというブランドの先進的でエコロジカルなイメージの、さらなる向上に大きく役立つ取り組みでもある。

 また、さまざまな障害があり、紆余曲折が予測されるものの、将来的には二次流通市場における中古ロレックスの価格と価値の、良い方向での安定化にもつながるだろう。この認定中古時計のビジネス展開についてイギリスの時計業界専門ウェブメディアの「ウォッチプロ」は関係者から聞いた話として「プロジェクト・タイムレス」と呼ばれていたと述べているが、確かにこのプログラムはロレックスを「タイムレスな価値のある腕時計」にする取り組みだ。

 さらにこのプログラムは、ロレックスを購入したいが供給不足でいつ手にできるか分からない消費者にとっても大きなメリットがある。ロレックス本社の品質保証付きという、これ以上はないほど安心できる新たな選択肢が加わることになるからだ。

 ここまで、かなり長い原稿になってしまったので、第1回はここまでとさせていただきたい。

 次回の後編では、時計の二次流通市場で最も人気が高く、流通量も多いロレックスの認定中古ビジネスへの参入が時計業界と二次流通市場にどんな激変をもたらすのか? また、この決断の大きな理由。さらに日本での今後の展開について筆者の予測をお伝えしたい。


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