ロレックスの「認定中古ビジネス」【最終回/全4回】ロレックスの価値を再定義し、大きく変え得る壮大な実験

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2023.01.14

正規販売店が新品でも中古でも流通の主役に

 さて、前にも述べたが、ロレックス本社はこうした異常な中古ロレックス相場がブランド自体の価値を傷付け、自分たちがいわれなき非難や中傷を受けていることをこれ以上放置するわけにはいかないと考えたのだろう。そして2019年11月1日以降、対象モデルについて同一モデルを5年間再購入できないようにして転売を抑制するなど、販売の現場から考え得る対策を打った。だが、事態は改善しなかった。そこで、中古市場に関わらないというこれまでの方針を一気に転換。正規販売店をパートナーに認定中古ビジネスへの参入を決断したのだ。

 2022年12月1日からヨーロッパ6カ国(スイス、ドイツ、オーストリア、フランス、デンマーク、イギリス)の高級時計店ブヘラでまずスタートしたロレックスの認定中古(CPO)プログラムは、こうした異常な中古ロレックスの市場を正常化するために、おそらく何年も前から検討されてきたものだろう。イギリスの時計業界情報専門サイト「WATCHPRO」のロブ・コーダーは「情報筋の話」として、この認定中古ビジネスが「プロジェクト・タイムレス」と呼ばれて準備されていた、と自身の12月1日のコラムで書いている。

 CPOロレックスは、正規のアフターサービスを受けて付与される2年間の国際保証付きの中古ロレックスで、中古時計につきまとう品質面での不安がない。そして、CPOロレックスのプログラムを開始したブヘラは今後、中古ロレックスをすべてロレックスの正規アフターサービスで整備し、CPOロレックスの認証を得たものだけを販売していくという。これは同様に2023年春以降、ブヘラに続いてCPOロレックスを取り扱う正規販売店も同様となるはずだ。

 こうして2023年春以降は、正規販売店で販売されるCPOロレックスの、中古ロレックス市場における割合は徐々に増えていくことになる。海外では大規模な正規販売店のほぼすべてがこのプログラムを導入するだろう。こうしてCPOロレックスの中古市場における割合が高まるにつれて、CPOロレックスはプライスリーダーとして中古ロレックス市場の「信頼できる価格基準」になる。それとともに中古ロレックスの価格も適正化されていくだろう。

 とはいえ、CPOロレックスの登場が「現行モデルの新品より中古品が高いという異常な状態」の即改善につながるとは、当面はあまり期待できない。中古ロレックスの市場価格が高止まりしている現状が続く限り、残念ながらCPOロレックスの価格も非CPOロレックスに連動して高止まりしたままだろう。

 ただ、過去の「バブルバック」ブームが終わって価格崩壊が起きたように、現在の異常なブームも、10年後、20年後には必ず終わりが来る。そうなれば、現在「右から左にロレックスを転がすだけで大きな利益を得ている」転売ヤーや中古時計販売業者は退場し、その活動の結果であるブームとバブル的な状況も一段落する。そして、一般の中古ロレックスより2年保証付きの分だけ高価なCPOロレックスの価格も徐々に今より納得できる、身近なものになっていくはずだ。


CPOプログラムは時代の要請でもある

国連が定めたSDGs「17の目標」達成への積極的な対応は、あらゆる企業にとって企業価値を高め、守るために必要条件になっている。時計業界も例外ではない。

 また、これまでは指摘してこなかったが、ロレックスにとってこのCPOプログラムはSDGs的な(持続可能な事業を目指す)取り組みとして欠かせないものでもある。このプログラムが正規販売店に普及すれば、すでに販売したロレックスの「買い取り→再整備→再販売」というサイクルが、すなわちロレックスのリサイクルとリユースが、時計コレクターが求める歴史的なアンティークモデルを除けば、正規販売店を中心にして理想的なかたちで実現できる。

 他の一流時計ブランドも、ロレックスと同様にブランド価値の永続的な保全とSDGsの観点から、このCPOプログラムの成否に注目しているはずだ。様子を見て有効だと判断すれば、早ければ2023年中から、「認定中古ウォッチ」のビジネスをスタートさせる時計ブランドも出てくるだろう。


日本市場への導入時期とその影響は?

 最後に、日本市場へのロレックスの認定中古(CPO)プログラムの導入はあるのか? またあるとしたら、どんな影響があるのか?について筆者の考えをお伝えしたい。

 ロレックス本社はこのプログラムを「どこよりも、ぜひ日本に導入したい」と考えている、と筆者は思う。なぜなら、このプログラムについてのプレスリリースが、当初から日本語でも公開されたからだ。

 1980年代の最初の“ロレックスバブル”であった「バブルバック・ブーム」の頃を振り返ってみると、日本は、中古ロレックスに関して最も無法な市場のひとつだったと思う。当時は法外な値付けや無責任な修理、リダン(主に文字盤の書き換え)がごく当たり前のように横行していた。筆者は1990年代前半にモノ情報誌の編集者として、このバブル、ブームが去った直後のアンティークウォッチショップを取材し、その暗部を何人もの中古時計販売業者から聞いている。筆者は、もしかしたらこのプログラムはどこよりも、新品、中古ロレックスのどちらも「好ましくない」異常な状況にある日本のために生まれたのではないかとすら思っている。

 ただ、この認定中古プログラムの日本への導入には、他の国にはない大きな課題、障害がある。それは正規販売店と中古時計販売業者が完全に分かれてしまっていること。正規販売店には中古のロレックスを適切に査定して買い取る部門もなければ、人材も現時点では社内にいないことだ。だが「社内での査定と買い取り体制の確立」は、CPOロレックスというプログラムにとって不可欠である。

 この体制を確立するためには、正規販売店はそのための投資と人材のスカウトを行う必要がある。しかし、今の高級時計の史上空前の好景気を考えれば、そのハードルは高くはないだろう。

 ロレックスが日本にこそこの導入が必要だと考えているのであれば、正規販売店に強く働きかけるはずだ。その結果、日本でも意外に早くこの体制が一気に確立されるかもしれない。

 ただそれでも、中古ロレックス市場をCPOロレックスがすべて支配するという事態にはならないだろう。「新品同様の2年間の品質保証を付ける」というCPOプログラムの性格上、過去のモデルすべてをCPO認証することは不可能だからだ。そして最終的に日本の、そして世界のロレックスの中古市場は、時計コレクターにとって価値のあるアンティークモデルと、どんな人にとっても価値のある限りなく新品に近いCPOロレックスのふたつに分かれて構成されることになるだろう。

 これはあなたの持つロレックスはもちろん、高級時計の価値を再定義し、大きく変える可能性のある壮大な実験である。引き続き、その動向に大いに注目していきたい。


ロレックスの「認定中古ビジネス」【第2回/全4回】狙いは二次流通市場におけるロレックスの品質と価格の適正化と安定化

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