ブライトリング/クロノマット

FEATUREアイコニックピースの肖像
2019.06.01

クロノマットを支える、まったく別の設計思想を持つふたつのムーブメント

クロノマットが搭載するCal.13と01は、それぞれ高い評価を得たムーブメントである。両者の設計思想は真逆だが、13を語ると01に行き着くし、01を明かすためには、13に触れる必要がある。つまり、このふたつは不可分の関係にある、と言ってよい。そのために、まずはCal.13の原型となったETA7750から語ることにしよう。

Cal.13

Cal.13
25石仕様のETA7750をベースに手を加えたムーブメント。ダイアル上で320度(!)、6時上で250度(いずれも全巻き時)という高い振り角を誇る。これにより、クロノグラフの作動時に振り角が落ちやすいというETA7750の弱点をキャンセルできる。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。
Cal.7750

Cal.7750
Ref.81950が搭載した、ストックのETA7750。自動巻き機構とクロノグラフ機構に穴石を持たない、標準的な17石仕様である。緩急針は半微動型だが、調整幅の大きなエタクロンではない。ただし大きなテンワは、このムーブメントに優れた精度を与えた。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。

 1984年の初代クロノマット(Ref.81950)から94年まで、クロノマットは17石のETA7750を載せていた。94年(Ref.13048)以降は、25石仕様のETA7750を搭載。これをキャリバー13と称した。これらのムーブメントは優れた精度を持っていたが、ほとんどストックであった。もっとも、優れたエボーシュを採用するのはブライトリングの伝統であり、そういう点で、この会社は一貫して伝統を守っていた、と言えなくもない。

 大きな変化は、2000年の「クロノマット2000」を待たねばならない。「100%クロノメーター宣言」を実現するため、ブライトリングは、13の全面的な改良に着手したのである。そもそも13のベースとなったETA7750には、メリットとデメリットがあった。前者はテンワが大きいため、精度が出しやすい点。後者は、クロノグラフ作動時にテンプの振り角が大きく落ちこむ点と、姿勢差誤差が過大な点にあった。対してブライトリングは、振り角を上げることで、メリットを強調し、デメリットを小さくしようと考えた。まず手を付けたのが、香箱の全数検査である。ETA7750が採用するニバフレックスは優れたゼンマイだが、トルクのばらつきが大きい(最大20%もあるとされる)。これをはじくことで、13は高トルクを期待できるようになった。加えて脱進機を高品質なクロノメーター級のグレードに交換。爪石の位置を厳密にすることで、平均300度以上という高い振り角を得た。姿勢差誤差も、テンワの「片重り」を取ることで大きく改善された。高い振り角を持ち、姿勢差誤差を改良した「新しい」13は、ETA7750改良機で最も優れたもののひとつだろう。反面、13には弱点もあった。振り角が高すぎるため、しばしばテンプの「振り当たり」が見られたのである。

Cal.01

Cal.01
2009年発表の自社製ムーブメント。香箱車の歯数を増やして主ゼンマイのほどけを遅くし、約70時間という長いパワーリザーブを得た。短期的な精度ではまだCal.13に軍配が上がるものの、長期的な等時性では01が優る。Cal.13が短距離ランナーなら、01は長距離ランナーと言えるだろう。また、垂直クラッチにより、クロノグラフ作動時の振り角の落ち込みを低減した。自動巻き。2万8800振動/時。47石。

 こういった弱点を解消しようと試みたのが、自社製ムーブメントの01と言える。興味深いことに、キャリバー13と01の性格は正反対である。01はあえて振り角を抑え、パワーリザーブを延ばしたのである。キャリバー13を短距離ランナーとするなら、後者は長距離ランナーと言えるだろう。ただ振り角を抑えたクロノグラフの場合、クロノグラフ作動時の振り角が、精度に影響の出る水準まで落ちることがある。対してブライトリングは、振り角が落ちにくい垂直クラッチを採用し、落ち込みを最小限に留めた。

Cal.13(左)と01(右)の香箱。両者の主ゼンマイはほぼ同じトルクを持つ。しかしパワーリザーブは前者の42時間に対し、後者は70時間。理由は、歯車の歯数にある。Cal.13の102枚に対して、01の香箱の歯数は114枚。歯数を増やすことで、ゼンマイのほどけを遅くし、パワーリザーブを大幅に延ばしている。

ムーブメントの進化は、外装を後追いするように進んだ。参考として、回転ベゼルを例に外装の進化を見たい。左はクロノマット2000、中はクロノマット・エボリューション、そして右はクロノマット01。「溝」に着目すると、加工精度の大幅な向上が見て取れる


ETA7750(左)とCal.13(右)の脱進機。重量バランスを取るため、Cal.13のガンギ車とアンクルは鏡面状にポリッシュされている。またガンギ車の形状も異なる。爪石の深さも調整された結果、最新型のCal.13は全巻き時に平均300度以上という振り角と、安定した等時性を持つに至った。

 01の特徴は、すでに多くのメディアやブログで語られているので、あえて記さない。しかし、ここでふたつ語るべきポイントがある。ひとつはテンワの直径。そもそも13の高精度を支えたのは、極めて大きなテンワであった。その直径は10.3㎜、慣性モーメントは13㎎・㎠と現行自動巻きクロノグラフの中では、かなり大きい。対して01のそれは、10㎜と12㎎・㎠(以前9㎎・㎠と述べたが、最新の資料では12㎎・㎠である)。13とゼンマイのトルクがほぼ同じという条件の中で、パワーリザーブを大幅に延ばし、ほぼ同等の慣性モーメントを得たのである。

 さらに特筆すべきは、ヒゲゼンマイとテンワのマッチングだろう。個体差があるため、各メーカーは両者をいくつかの等級に分け、マッチングを行っている。最大でも20種類以下だが、01のそれは60種類。テンワとヒゲゼンマイのマッチングがより望ましいと、精度は大きく改善される。加えてブライトリングは設計をさらに熟成。自動巻き機構の素材を変更した他、振り角も向上した。結果、最新の01は性能をさらに上げた。ETA7750を改良したキャリバー13と、自社製ムーブメントの01。両者の性格は異なるが、どちらも明確な設計思想を持つ、現行クロノグラフの秀作と言えるだろう。