ゼニス/エル・プリメロ

FEATUREアイコニックピースの肖像
2019.10.26

バリエーションを増やすエル・プリメロ派生機

1969年に開発されたエル・プリメロは、大躍進が期待されながらも70年代の“冬の時代”に翻弄されて、決して幸福ではなかった前半生を過ごす。何度も資本が移り変わるなかで、ようやく再生産への目処が立った時、ゼニスが擁していた機械式ムーブメントはエル・プリメロだけだった。ほとんど唯一の基幹キャリバーとなったエル・プリメロは、必然的にそのバリエーションを増やしていった。

(左)Cal.4047[“OPen El Primero”+Sun & Moon Disc]
オープン仕様のCal.4021をベースに、ビッグデイトカレンダーと、デイ&ナイト表示を受け持つサン&ムーンディスクを追加。パワーリザーブ表示はオミットされ、追加部分はモジュール構造となる。直径30mm。41石。パワーリザーブ約50時間。部品数332点。
(右)Cal.4021[“OPen El Primero”+Power Reserve Indicator]
クロノマスター オープンに搭載される、いわゆる“オープン・エル・プリメロ”。専用設計された地板は、脱進機周りがスケルトナイズされ、文字盤側からテンワの動きを見ることができる。パワーリザーブ表示付き。直径30mm。39石。パワーリザーブ約50時間。部品数248点。

(左)Cal.405B[Flyback ChronograPh]
2011年に再生産されたフライバック仕様のクロノグラフで、Cal.405の現行バージョン。Cal.400と同様のモディファイが施された他は、旧作と同スペック。なお末尾のBは、大径化されたカレンダーディスクを示す。直径30mm。31石。パワーリザーブ約50時間。部品数331点。
(右)Cal.400B[ChronograPh]
Cal.3019PHCの基本設計を受け継ぐ現行ムーブメント。Z仕様で盛り込まれた改修点の他、巻き芯のストッパーやリセットハンマー(規制バネも含む)の形状など、細かなモディファイが多数盛り込まれている。直径30mm。31石。パワーリザーブ約50時間。部品数326点。

 世界初の自動巻きクロノグラフの1機として、1969年に生を受けたエル・プリメロは、現在に至るまでゼニスの基幹キャリバーとして君臨し続けている。さらに言えば、3針自動巻きのエリートとともに、わずか2機種を雛形として、全ラインナップを支えているのだ。これは極めて特殊な事例であろう。基幹キャリバーとして派生機を増やし続けるエル・プリメロ。そのバックグラウンドを知るにはまず、エル・プリメロ誕生から再生の時期にあたる、ゼニスの社史を知ることが必要となる。


 創業者ジョルジュ・ファーブル=ジャコが経営を退いた1911年に、ゼニスは最初の社名変更を行い「ファブリック・ド・モントル・ゼニスSA」となった。マルテル・ウォッチ・カンパニーやモバードを吸収しながら、エル・プリメロ発表の日を迎えるのはすでに述べた通りだ。この際の名義はMZMグループだったが、これらは72年に、アメリカ資本のラジオメーカー(奇しくもゼニス社と言うが完全に無関係。ゼニスラジオは1918年にシカゴで創業した家電メーカー)に買収。新たに「ゼニス・タイムSA」となるが、親会社はクォーツウォッチにしか興味を示さず、75年には機械式ムーブメントの生産中止を指示。一説には全ての生産備品が破棄されたとされている。その後78年に、投資グループのディキシーに再買収されスイス資本に復帰(社名はゼニス-モバード ル・ロックルSA)。83年にアメリカ資本のノース・アメリカン・ウォッチがモバードを吸収したことで「ゼニス・スイス・ウォッチ・マニュファクチュール」として再び独立ブランドとなった。翌84年から再生産に着手し、87年に「キャリバー400」としてリローンチされるエル・プリメロだが、この時点でゼニスが生産可能な機械式ムーブメントは、実にこれ1機種しかなかったのだ。

Cal.4035D[ChronograPh+Tourbillon]
エル・プリメロの通常輪列と地板をそっくりコンバートしたトゥールビヨン・クロノグラフ。トゥールビヨンらしからぬ超ハイビート機である。なおエル・プリメロベースのムーブメントはすべて3万6000振動/時。直径37mm。35石。パワーリザーブ約50時間。部品数325点。

 独立ブランドに返り咲いたゼニスの命運を一身に背負った新生エル・プリメロ。その最初の派生機は、92年に発表されたキャリバー420、通称プライムと呼ばれたモデルだった。これはエル・プリメロから巻き上げ機構を取り除いた手巻き仕様で、02年までに1万6100個が生産された。94年には、旧3019PHFと同じフルカレンダー仕様のキャリバー410が追加(03年まで生産。3万5800個)。そして97年に「レインボー・フライバック」に搭載されて一時代を築く、フライバック仕様のキャリバー405が登場する(02年まで。生産数1万850個)。キャリバー400を合わせたこの4機種が、第2世代のエル・プリメロと言える。

 なお98年以降、これら第2世代エル・プリメロは、前項で述べたような基本設計の見直しを受けて、キャリバー400Zへと進化するが、実際に「400Z」というムーブメントナンバーが存在する訳ではないので、少し補足しておこう。まず、98年以前に生産された400系であっても、一度でも正規のオーバーホールを受けた個体は、間違いなく400Z仕様となっている。これは歯数自体の異なるガンギ車が「交換指定部品」となっている関係で、4番車とアンクル(クワガタの形状が異なる)もパッケージでZ仕様に交換されるためだ。なおZ仕様への移行期には、現場の混乱を避けるために「400Z」と刻印された交換用の受けがあったが、市場に出回った大多数がZ仕様への刷新を終えた現在では、このパーツも見られなくなった。

(左)Cal.4057B[Striking 10th Flyback ChronograPh]
2011年に発表された、エル・プリメロ派生クロノグラフの最新バリエーション。基本的にはCal.4052Bと同一の高速運針モデルだが、フライバック機構(リスターティング機構)が追加されている。直径30mm。31石。パワーリザーブ約50時間。部品数326点。
(右)Cal.4052B[Striking 10th ChronograPh]
脱進機パーツに軽量なシリコン素材を用いることで、1周10秒というクロノグラフ秒針の高速運針化を実現。目盛りの間隔を広くとることで、エル・プリメロの特性である1/10秒計測の判読性を大きく向上させた。直径30mm。31石。パワーリザーブ約50時間。部品数326点。

 交換指定部品に関連して、注油の件にも触れておこう。高振動のエル・プリメロでは、ツメ石に飛散防止のモリブデンを混ぜた油を使うという話をよく聞くが、これは決して正規の手法ではない。ガンギ車が交換指定部品とされているのは、特殊なコーティングが施されているためで、3019PHCから現行機まで全ての整備マニュアルを確認したが、ここには注油指定自体がされていなかったのである。繰り返しになるが、エル・プリメロというムーブメントは、他のクロノグラフと比べても、オーバーホールには特に気を遣うべきだろう。こうした理由からも、定期的な正規オーバーホールを強く推奨したい。

Cal.4026

Cal.4026[SPlit Second ChronograPh]
エル・プリメロをベースとしたスプリットセコンド仕様。スプリット機構を納める受けが厚いため、一見モジュール構造に見えるが、通常輪列から上をすべて新規設計したインテグレート構造のムーブメント。直径30mm。32石。パワーリザーブ約50時間。部品数370点。

 第2世代のエル・プリメロと同時期に開発されたエリートについても軽く述べておく。94年に発表されたこの3針自動巻きについて、エル・プリメロから積算輪列をオミットした派生機との説明がされることがあるが、これも事実誤認だ。エリートはコンセンユレイで開発された新規設計のムーブメントであり、基本構成は旧2522P系に近い。


 99年以降、ゼニスはLVMHグループの傘下となり、正式な社名も「ゼニス・インターナショナルSA」に変更(現ゼニス・ブランチ・オブ・LVMH・スイス・マニュファクチュールSA)。01年にティエリー・ナタフがCEOに就任して以降は、ブランドイメージをハイラグジュアリーな方向へとシフトさせている。この時代を象徴するのは〝オープン・エル・プリメロ〟と呼ばれたキャリバー4021などだろう。文字盤側からテンワの動きを可視化させたモデルだが、単なるスケルトナイズ仕様ではなく、地板まで新規設計されていた。グランド・コンプリケーションもエル・プリメロベースで製作され、一気に派生機の数を増やしている。これらの多くがモジュール構造ではなく、専用設計のインテグレート構造だったことも特筆すべき点だ。

 現在のゼニスは、ムーブメント開発にもより堅実なスタンスをとっている。ジャン-フレデリック・デュフール時代の幕開けを飾ったのは、脱進機部品の軽量化で高速運針を実現させたキャリバー4052B。計測性能というクロノグラフの基本に立ち返った新しい派生機は、原点回帰の方向性をテクニカルな面から示した実例だろう。