A.ランゲ&ゾーネ/ダトグラフ

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.01.18

ダトグラフ・ムーブメント
進化の足跡

1999年の発表から現時点まで、特に熱心な愛好家は、ダトグラフを4つの世代に分けてコレクションを楽しんでいる。愛好家それぞれによって論拠はさまざまだが、本誌では改めてその分類を見直し、独自に進化の足跡を検証してみた。その結果、ダトグラフの進化には明確なひとつの方向性が見出せた。実用性の向上である。

Cal.L951.1

Cal.L951.1 [第1世代] 1999年以前のモックアップ 部品数390点
1999年以前に製作された“第1世代”。造形的には最も筆者の好みである。99年のカタログにも掲載され、愛好家の多くが“最初期型”と認識している写真だが、実物は確認できず、この10倍モックアップしか存在しないと思われる。モックアップである証拠に、アウトサイズデイトの作動レバーが省かれている。

 ダトグラフの魅力の源であるキャリバーL951系。その改良の足跡を追うために、本誌ではまず、愛好家の間で言われている〝世代別の分類〟を再考してみた。まとめると、1999年以前に完成したプロトタイプを「第1世代」。各種レバーの規制ピンを加え、押さえバネ類を太くし、プレシジョン・ジャンピング・ミニッツ・カウンターを改良したバーゼル発表モデルから市販初期型を「第2世代」。ダブルスプリットに準じてプレシジョン・ジャンピング・ミニッツ・カウンターと作動レバー押さえバネを改良したものを「第3世代」とした。この流れを受けて、現行モデルのL951.6が「第4世代」。テンプがフリースプラング化された他、パワーリザーブが延び、6時位置にパワーリザーブ表示を加えた最新型である。細かな違いもあるが、改良の主眼は、積算計の挙動安定にあったとみて間違いない。

 ファーストモデルたる第1世代は、〝とりあえず作った習作〟という感が強い。これが審美性を重視したことは、細身に仕立てた押さえバネの形状からも窺えよう。筆者の好みをいうと、規制ピンが追加され、押さえバネが太くなった第2世代以降のムーブメントよりも、素っ気ない第1世代の意匠が最も望ましい。しかし第1世代ムーブメントは量産されず、それどころか実寸プロトタイプが作られたかどうかも疑わしい。その理由を少し述べたい。ここに掲載した第1世代のムーブメントは、直径30㎜の実寸プロトタイプですらなく、製品化を検討するために作られた10倍のモックアップなのである。しかもA.ランゲ&ゾーネではこのモックアップの写真を、製品カタログ(1999-2000年度版)などにも用いてきた。これを根拠に第1世代と第2世代の違いを仕上げに求める意見もあるが、確認できる第1世代機がモックアップしかない以上、この比較は決して妥当でない。

Cal.L951.1[第2世代]
1999〜2007年頃 部品数405点
1999年のバーゼルフェアに展示され、実際に市販化された最初期型がこの“第2世代”。押さえバネを太くし、レバーの動きを規制するピンを加えることでクロノグラフの挙動を大きく安定させた。ただしこれ以前に、各種の規制ピンを省略した“1.5世代”も存在する。
❶穴石の形状変更
❷作動レバー押さえバネの形状(直線→曲線)と取り付け位置変更
❸規制ピンの省略
❹プレシジョン・ジャンピング・ミニッツ・カウンター押さえバネの形状変更
❺プレシジョン・ジャンピング・ミニッツ・カウンター規制ピンの追加
❻リセットハンマー押さえバネの形状変更(細→太)
❼作動レバーの形状変更
❽リセットハンマーの形状変更
❾秒クロノグラフレバーとリセットハンマー連結部の形状変更
❿ブレーキレバー追加
⓫規制ピンの高さ変更
⓬ストップレバー押さえバネの形状変更
⓭キャリングアーム規制ピンの高さ変更
⓮段付きに変更
⓯キャリングアーム規制ピンの追加
⓰キャリングアーム押さえバネの噛み合わせ部変更
⓱シャトン追加
⓲面取り追加
⓳プレシジョン・ジャンピング・ミニッツ・カウンターにカウンターウェイト追加


 これを全面改良したのが、99年のバーゼルフェア(現バーゼルワールド)に展示された第2世代である。写真からも、習作である第1世代に比べると別物といってよいほど手が加えられたことが分かるだろう。その主な変更点は、リセットハンマー押さえバネが太くなり❻、秒クロノグラフ作動レバーの動きを規制する規制ピン⓯が追加された点にある。また押さえバネだけで支えられていたプレシジョン・ジャンピング・ミニッツ・カウンターには、挙動を安定させるカウンターウェイト⓳が加わった。ただしウェイトを加えると外乱には弱くなる。このため地板に、動きを規制する規制ピン❺も追加されている。

 第1世代のモックアップを作ってみたものの、A.ランゲ&ゾーネでは、積算計とフライバック機構の挙動に自信が持てなかったのかもしれない。その結果が、第2世代に反映されている。押さえバネを太くし、規制ピンを立てて過剰な動きを押さえるという、実用的な改良からは、量産化への配慮が窺える。なお筆者が確認した限りでいうと、規制ピン❺と⓯がなく、⓲の面取りが施されていない〝1.5世代〟も存在する。断言はできないが、これが市販された本当の最初期型だろう。

Cal.L951.1[第3世代]
2008〜2011年頃 部品数405点
ダブルスプリット(Cal.L001)に盛り込まれた改良をそっくり転用した“第3世代”。その結果、クロノグラフの挙動はより安定した。とりわけプレシジョン・ジャンピング・ミニッツ・カウンターは、このモデルで完成したと言えるだろう。
❶作動レバー押さえバネのピン位置変更
❷作動レバー押さえバネの形状と支点変更
❸リセットハンマー押さえバネの形状変更
❹30分積算車押さえバネの省略
❺秒クロノグラフレバーと
 リセットハンマー連結部押さえバネの形状、支点変更
❻秒クロノグラフレバーとリセットハンマー連結部の形状変更

 ようやく実用クロノグラフとして完成をみた第2世代。続く第3世代は、2004年に発表された「ダブルスプリット」での改良を転用したものである。具体的には、30分積算車に噛み合う押さえバネを省き、作動ツメ押さえバネが強化されている。

 第2世代までのL951.1は、分積算車の動きを直接押さえバネで規制していた。しかしダブルスプリットには分積算車が2枚ある。押さえバネを追加すると抵抗は増えるだろう。おそらく、A.ランゲ&ゾーネはそれを嫌って押さえバネを外したのではないか。また重いダブルスプリットをフライバックさせるためには、作動レバー押さえバネをより頑強にする必要がある。その結果バネの支点は、レバーの支点に近い位置から4時位置にあるプッシュボタンの隣、つまり力点の近くに移された。写真を見ると、バネを支えるために強固なピン❶が打ち込まれているのが分かる。

Cal.L951.6[第4世代]
2012年〜 部品数451点
L951系の最新型。意匠上の大きな変更点は、フリースプラングテンプと、2枚重ねに改められたリセットハンマーである。リセットハンマーの重量増に対応して、作動ピン❷が太くなったほか、一体型の押さえバネが追加された。
❶ネジ形状の変更
❷連結部作動ピンの形状変更
❸リセットハンマーに突起追加
❹香箱の高さ、主ゼンマイの幅、厚さ変更
 (巻き止め機構省略、パワーリザーブ延長)
❺リセットハンマーに一体型規制バネを追加
❻リセットハンマーを2層に変更
❼秒クロノグラフレバーとリセットハンマー連結部の形状、厚さ変更
❽フリースプラングテンプに変更

 L951系の現時点での完成型が、第4世代にあたるL951.6である。香箱から巻き止め機構が省略され、主ゼンマイはより薄く、厚いものに変更された。その結果、パワーリザーブは約36時間から約60時間に延びている。ロングパワーリザーブ化の結果、6時位置にはパワーリザーブ表示が加わった。併せてテンプも、等時性の高いフリースプラングとなった。ムーブメントの意匠もわずかに変更され、リセットハンマーが、1枚板ではなく2枚重ねに改められた。リセットハンマーの重量増に対応するため、押さえバネ❺を追加したのは同社らしい物堅さといえる。

 先述した通り、最も造形的に完成されているのはプロトタイプというべき第1世代である。第2世代以降になると、太い押さえバネと、複数打ち込まれた規制ピンが、ムーブメントの意匠をいささか煩雑に見せるようになったと感じる。ただし、こういった改良を確実に加えていかなければ、L951が実用性を得られなかったことも事実だろう。

 審美性と実用性を満たすべく、改良を重ねてきたL951系。筆者自身は、正直このムーブメントの設計にはあまり感心しない。仮にクロノグラフ機構を収めるスペースがもう少し大きければ、このムーブメントはより機能的になったかもしれず、またはもっと審美的な意匠を得たかもしれない。それにもかかわらず、筆者はこのムーブメントを大変に好む。レイアウト上の制約を受け、またこれほどの改良を受けながら、なおも美しい。こんなクロノグラフムーブメントが他に存在するだろうか? 残念ながら答えは否である。