ハリー・ウィンストン/レトログラード Part.3

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.05.23

ハイジュエリーだけでなく、高級時計の分野でも大きな存在感を見せるハリー・ウィンストン。時計好きが注目するのは複雑なオーパスだが、むしろ同社らしさを象徴するのは、「HW プルミエール・バイレトログラード パーペチュアルカレンダー」に始まるレトログラードシステムだろう。そもそもはジャン-マルク・ヴィダレッシュの個人的な好みによる機構だったが、同社はこのメカニズムに磨きをかけ続け、今やハリー・ウィンストンのアイコンにまで成長させたのである。

HW オーシャン・レトログラード オートマティック 42mm

広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
[クロノス日本版 2020年3月号初出]

HW OCEAN BIRETROGRADE PERPETUAL CALENDAR

永久カレンダーから始まったレトログラードの系譜

HW オーシャン・バイレトログラード パーペチュアル カレンダー オートマティック 42mm

HW オーシャン・バイレトログラード パーペチュアル カレンダー オートマティック 42mm
HW オーシャン20周年にリリースされた野心作。レトログラード表示は拡大された。自動巻き(Cal.HW3501)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KWG(直径42.2mm、厚さ11.92mm)。10気圧防水。645万円。

 長年、レトログラードの扱いに習熟してきたハリー・ウィンストン。現時点におけるその完成系が、2018年にリリースされた「HW オーシャン・バイレトログラード パーペチュアル カレンダーオートマティック42㎜」だろう。その基本構成は、1989年にリリースされた「HW プルミエール・バイレトログラード パーペチュアルカレンダー」にほぼ同じ。しかし、曜日と日付表示が拡大されたのが大きな違いとなる。

 1989年の第1作は、それぞれのレトログラードの軸を文字盤の外周に置いていた。対して本作は、軸を文字盤の中心に近づけ、針を伸ばし、またレトログラードの動く角度を大きく広げた。結果、ユニークさが強調されただけでなく、とりわけ日付表示が見やすくなった。技術的に見ると、曜日と日付を動かすためのラックの向きを外側から内側に変えればよいだけだ。しかし、話はそんなに簡単ではない。

 針を長くし、レトログラードの動く角度を増やすと、視認性は向上するが衝撃に弱くなる。針を動かすトルクを増やし、帰零バネを強くすると、理論上は問題をクリアできるが、ベースムーブメントのトルクを増やす必要がある。必然的に、ムーブメントは厚くなるだろう。

 しかし、ハリー・ウィンストンは、薄いムーブメントという特徴はそのままに、実用性を大きく高め、しかもスポーツウォッチに搭載してみせたのである。今でこそレトログラードの製作は容易になったが、視認性と耐衝撃性を高めることは容易でない。それを、スウォッチ グループの品質基準を満たすかたちで実現したのだから、確かにレトログラードは、ハリー・ウィンストンのお家芸である。

 この年ハリー・ウィンストンは、レトログラードをいっそう強調する。それが、時分針をレトログラードに改めた「HW オーシャン・レトログラード オートマティック42㎜」だ。

HW オーシャン・バイレトログラード パーペチュアル カレンダー オートマティック 42mm

(左)現行オーシャンに共通する、別体のリュウズガード。仕上げの良さは写真が示す通りだ。(右)技術的精度の追求と、立体感と表示スタイルの両立を目指した現行のHW オーシャン。定番のバイレトログラード パーペチュアルも例外ではなく、曜日と日付表示が拡大されたほか、文字盤の立体感が強調されている。現行のハリー・ウィンストンらしく、保護用のクリアラッカーを省いた文字盤は、極めて優れた発色を示す。なお、6時位置の立体的なムーンフェイズは18KWG製。

HW オーシャン・バイレトログラード パーペチュアル カレンダー オートマティック 42mm

イストワールやオーパスを例外として、ハリー・ウィンストンの時計は、薄いケースに特徴がある。10気圧防水を持つHWオーシャンも例外ではなく、実はケース厚は12mmを切っている。薄い外装をマッシブに見せるというのは、近年のハリー・ウィンストンの好む手法だ。やはり、すべてのHW オーシャン・コレクション同様、ベゼルとミドルケースは一体成形されている。

HW オーシャン・バイレトログラード パーペチュアル カレンダー オートマティック 42mm

(左)裏蓋からのぞくCal.HW3501。旧フレデリック・ピゲのCal.1150をベースにするこのムーブメントは、全面的な改良を施され、スポーツウォッチに相応しい携帯精度と耐衝撃性、そして耐磁性能を持つに至った。(右)文字盤同様、立体感を強調していたラグ。別体にすることで、再研磨が容易なのは超高級メーカーのモデルらしい。