ブレゲ/クラシック トゥールビヨン Part.3

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.12.26

1795年にアブラアン-ルイ・ブレゲが発明したトゥールビヨンは、時計師たちの夢の機構だった。しかし、ブレゲ本人は35個の懐中時計を製作したのみであり、それが腕時計に搭載されるまでには、実に2世紀近くの年月を要した。腕時計トゥールビヨンを実現させたのはスウォッチ グループである。当時の総帥だった故ニコラス G.ハイエックは、驚くべき情熱で、ブレゲにトゥールビヨンの伝統を取り戻したのである。

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2020年11月号初出]


CLASSIQUE TOURBILLON
EXTRA-PLAT AUTOMATIQUE 5367
ペリフェラルローターを備えた薄型自動巻きトゥールビヨン

クラシック トゥールビヨン エクストラフラット オートマティック 5367

クラシック トゥールビヨン エクストラフラット オートマティック 5367
2018年初出。2013年にリリースされた5377からパワーリザーブを外し、エナメル文字盤を加えた薄型トゥールビヨン。自動巻き(Cal.581)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KWG(直径41mm、厚さ7.45mm)。30m防水。1597万円。

 スウォッチ グループに参画して以降、ブレゲは審美性と実用性を両立した時計作りに舵を切った。より正しく言うと、アブラアン-ルイ・ブレゲの時代に回帰した、と言えるかもしれない。それはトゥールビヨンも例外ではなく、同社は毎年のように、ユニークで実用的なトゥールビヨンをラインナップに加えていった。

 現時点でのその象徴を挙げるならば、超薄型の「クラシック トゥールビヨン エクストラフラット オートマティック 5367」になるだろうか。シリコン製のヒゲゼンマイと脱進機がもたらす高い耐磁性と高精度に加えて、約80時間もの長いパワーリザーブを持つ本作は、ドレスウォッチと見紛う薄いケースと、非常に良くできたグラン・フー エナメルの文字盤を備えている。

 ペリフェラルローターを持つ自動巻きにもかかわらず、ロングパワーリザーブを持てた理由は、香箱の芯を細くし、可能な限り長い主ゼンマイを収めたため。また、香箱を垂直からではなく、水平方向から支える構造を採った結果、薄い香箱にもかかわらず、トルクの強い(=幅の広い)主ゼンマイを採用できた。技術部の責任者はこう語る。「薄い香箱というアイデアは、200年前にさかのぼるものだ。しかし、主ゼンマイのトルクは550g・㎟もあるため、一般的な2万1600振動/時ではなく、2万8800振動/時に、テンワの慣性モーメントも6.3mg・㎠に増やすことに成功した。日差は-1秒〜+3秒/日以内、パワーリザーブも約80時間ある」。超薄型トゥールビヨンとは思えない性能だ。

 かつて「2針に自動巻きトゥールビヨンを載せるなら厚さは4mmまで。それ以上薄くすることは無理がある」との見解を持っていたブレゲ。同社が長らく、薄型トゥールビヨンに距離を置いてきた理由だ。しかし技術の進歩は、その不可能さえ可能にしたのである。

クラシック トゥールビヨン エクストラフラット オートマティック 5367

(右)グループ内でエナメル文字盤も内製するようになったブレゲ。独特の質感を求めて、ブレゲは100年前に日本で作られた白い釉薬を採用した。わずかに表面の揺らぎを残すのがブレゲ流だ。3時位置には、ギヨシェ文字盤同様のシークレットサインが見える。(左)特徴的なキャリッジ部分。外周をシャンルベ状にしたうえで、釉薬を載せて焼成し、その上で、トゥールビヨンの受けをはめ込む部分をレーザーカットしている。薄さを追求するなら、受けを持たないフライングであるほうが望ましい。しかしブレゲは、オリジナルに忠実な、受けで支える構造をあえて採用した。

クラシック トゥールビヨン エクストラフラット オートマティック 5367

ケースサイド。ペリフェラルローターとオフセットした輪列の採用により、5367はわずか7.45mmのケース厚を実現した。にもかかわらず、普段使いできるスペックを備えているのは、さすが現代のブレゲだ。

クラシック トゥールビヨン エクストラフラット オートマティック 5367

(右)ブレゲらしい、コインエッジが刻まれたケースサイドと突き出したスクエアなラグ。(左)驚くべき性能を誇るCal.581。薄型ムーブメントの名機として知られるレマニア1210に範を取った設計を持っている。水平方向から支える香箱や、厚さが0.85mmしかない脱進機などは、このムーブメントに無理のない薄さをもたらすこととなった。


CLASSIQUE DOUBLE TOURBILLON 5345
12時間で輪列そのものを回転させる
カルーセル式のダブルトゥールビヨン

クラシック ダブルトゥールビヨン 5345 ケ・ド・ロルロージュ

クラシック ダブルトゥールビヨン 5345 ケ・ド・ロルロージュ
2020年9月に発売された、ブレゲ製トゥールビヨンの極北。既存モデルをベースに、見せるための装飾が全面に施された。手巻き(Cal.588N)。81石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約50時間。Pt(直径46mm、厚さ16.8mm)。30m防水。7060万円。

 ブレゲが2006年に発表した「クラシック ダブルトゥールビヨン 5347」は、ふたつの香箱とふたつのトゥールビヨンを載せた土台が、12時間で1回転するトゥールビヨンだった。ブレゲはこのモデルの開発のためにさまざまな特許(CH697523B1、CH695797A5など)を取得したため、現時点で、他社が模倣しようと思っても不可能である。発表から14年たった今なお、このモデルはブレゲ・トゥールビヨンの極北だ。

 2020年9月に新しく発表された「クラシック ダブルトゥールビヨン 5345 ケ・ド・ロルロージュ」は、このモデルから文字盤を外し、ムーブメントをスケルトナイズしたものだ。そもそも、ムーブメント自体が回転するダブルトゥールビヨンは、重さのバランスを取るのが極めて難しい。加えてブレゲは、そこに彫金を加え、肉抜きしたのである。104ページ掲載の5367が、審美性と実用性の高度な両立とするならば、こちらは、トゥールビヨンでできることを極限まで追求したモデルとなるだろう。

 トゥールビヨンを載せたムーブメント自体が正確に時間を示せるよう、ブレゲは回転体の重さのバランスを完全に整えただけでなく、歯車の遊びを最小限に抑える機構を加えた。さらに、ふたつの香箱には、巻き上がるまでひとつの香箱の巻き上げをストップする機構を採用したのである。

 筆者の見る限りで言うと、スケルトナイズしたダブルトゥールビヨンは、仕上げを含めてブレゲの頂点と言って良い。滑らかに回る12時間トゥールビヨンと、傑出した仕上げ。その過剰とも言える存在感は、トゥールビヨンの発明者たる、ブレゲのフラッグシップに相応しい。ブレゲがスウォッチ グループに加わって今年で20年以上が経つ。本作は、大きく変わった現代のブレゲの象徴なのである。

クラシック ダブルトゥールビヨン 5345 ケ・ド・ロルロージュ

(右)スウォッチ グループによる買収以降、ブレゲは装飾技法も改善してきた。その集大成が本作。深く切れ込んだ、手作業によるエッジや、目の浅い筋目仕上げ、そして回転する地板に施された彫金など、ムーブメント自体が見どころになっている。香箱を押さえる受けも、ブラックポリッシュだ。なお、1分間に1回転するふたつのトゥールビヨンは、それ自体が回転する地板の上に据え付けられ、時針の役目を果たしている。時分針はスティール製。非常に肉厚にもかかわらず、均一に焼き入れが施されている。(左)バランスを取るべく、時針の反対側にもキャリッジが置かれている。5347では金メッキを施されていた輪列は、おそらくロジウムメッキ仕上げに変更された。仕上げに関しては文句の付けようがない。

クラシック ダブルトゥールビヨン 5345 ケ・ド・ロルロージュ

ケースサイド。飛び出したキャリッジをカバーすべく、極端なボックスサファイアが与えられた。なお、前作と比較して、ケースは2mm大きくなったが、厚さはわずかに薄くなった。

クラシック ダブルトゥールビヨン 5345 ケ・ド・ロルロージュ

(右)。重いケースを支えるべく、厚さを増したラグ。裏側からはさらに小さなネジで支えることで、ストラップが外れないようになっている。(左)裏蓋には、かつてパリのケ・ド・ロルロージュに存在していたブレゲ工房の建物が彫金された。



Contact info: ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211


ブレゲという時計ブランドの魅力。その来歴やコレクションを知ろう


https://www.webchronos.net/features/37041/
ブレゲ トゥールビヨン傑作選 (前編)


https://www.webchronos.net/features/34185/
ブレゲを極める Timeless Style of Breguet(前編)


https://www.webchronos.net/features/50600/