巻き上げ機構 「自動巻き」

FEATURE時計機構論
2019.07.08

セイコー
1959年に発表されたセイコーのマジックレバーの原理はシンプルで機構もコンパクト。右/ローターの回転を伝える歯車が右回転ではレバーの爪が右の伝達車を引いて左回転させ、左回転では爪が押してやはり左回転させる。巧妙な切り替え動作で両方向巻き上げを効率よく行う。左/1998年発表の9S55のマジックレバー式自動巻き。

 さてもう一つは、日本のセイコーが1959年に開発した「マジックレバー」方式だ。こちらのほうは、切り替えに歯車を用いず、一方の先端に引き、もう一方に押し送りの爪が備わる二股のレバーで巻き上げの伝達車を挟み込み、レバーによる切り替え動作でローターからの力を一方向に整列し、香箱に伝わる力をコントロールするという仕組みである。切り替え車式よりシンプルな構造で部品数も少なく、故障しにくいというのが利点だ。ちなみに、このような利点が最近またスイスからも注目され、著名な大手ブランドの自社製自動巻きムーブメントなどに利用されるようになった。

 ちなみにセイコー自動巻きに関する余談を一つ。マジックレバー式の自動巻きムーブメントは1959年に「ジャイロマーベル」に初めて搭載されたのだが、センターローター自動巻きにつきものの厚さが出てしまった。セイコーは、そうした厚さを抑えるのと同時に、簡略な設計で量産を可能にするために、手巻き機構をあえて省略するという大胆な解決策を打って出た。初代「セイコーマチック」やベストセラーの「セイコー5」がそうであったように、1960年代から70年代初頭のセイコーの自動巻き腕時計の多くが、ゼンマイを手では巻けないタイプで、リュウズには針合わせやカレンダー修正機能しかなかった。

 現行品のセイコー製品の仕様に「自動巻き(手巻き付き)」とカッコに入れて「手巻き付き」とわざわざ添え書きされているのを見て、不思議に思う人もいるかもしれない。それは、かつて人気を博した手巻きなしの自動巻き専用モデルと、現在の自動巻きモデルとは、自動巻きでも別物であることを示しているのである。

ピアジェ 12P
超薄型と自動巻きの両立を目指して開発されたピアジェの自社ムーブメント12Pは1960年発表。マイクロローターを採用し、2.3mmという当時の自動巻き世界最薄記録を達成した。ローターに純金を用い(24の刻印がある)、その裏に大きな歯車を組み入れるなど、巻き上げ効率を高める工夫を凝らした。30石。直径28.1mm。1万9800振動/時。

ピアジェ 1208P
12Pの初出から50周年を迎えた2010年に、マイクロローター自動巻きの系譜を受け継ぐ超薄型ムーブメント1200Pを発表。同系の1208Pは、12Pとほぼ同じ厚さ2.35mmを実現し、スモールセコンド付き自動巻きムーブメントとしては2010年当時で世界最薄だった。マイクロローターは22Kゴールド製。27石。直径29.9mm。2万1600振動/時。

 自動巻きにとっての技術的な課題は、巻き上げ効率や機構の耐久性にとどまらない。腕時計の美的デザインにも影響してくる“厚さ”もまた課題になる。それは、時代の価値観とも大いに関係していた。主要な時計メーカー各社から自動巻き腕時計が出そろう1950年代から60年代にかけては、薄型の全盛期でもあり、薄くエレガントであることが高級時計の品格を語り、時計メーカーの技術力を証明する時代だった。自動巻きも例外なくそれに応える必要があったのだ。

 センターローターが備わる自動巻きムーブメントは、ローターと切り替え機構などが層を成し、それらがかさばる分だけ手巻きムーブメントよりは厚くなる。そこで考案されたのが「マイクロローター」式の自動巻きだ。ローターをムーブメントに重ねるのではなく、それを小型化してムーブメント内に格納するマイクロローター式の自動巻きがスイスのビューレンによって特許登録されたのは1954年のこと。同社では「ミニローター」と呼んでいたが、そのキャリバー1000は4.2mm(日付表示付き1001は4.8mm)と当時としては非常に薄く、搭載モデルには「スーパースレンダー」という名が付けられた。

 マイクロローター自動巻きムーブメントの最大の特色である薄さはさらに進化を続け、1960年にピアジェが開発したキャリバー12Pの2.3mmは、当時の世界最薄記録を樹立した。1957年にピアジェが発表した手巻きの超薄型キャリバー9Pが2mmジャストなので、自動巻きでも厚さがほとんど変わらなかった。マイクロローターによる超薄型自動巻きの伝統は今に引き継がれ、伝説の12Pの現代バージョンと呼べる1208Pにおいても、わずか2.35mmという驚異的な薄さを実現し、今のところ市場に出ている自動巻きムーブメントではやはり世界最薄である。